第7話 救出作戦

 降り出した雨が木の葉にはじかれ霧になり、視界を悪くする。

 事前の話し合い通り、優と春樹は境界線付近まで引き返し、雨に打たれていた。

 現状、森にとどまるのはリスクが大きく、一度、境界線まで戻ろうというセルが多かった。


 こういう時も〈探査〉の魔法は役に立つ。

 方向を見失っていても、境界線となっているコンクリートブロックが効果範囲内にあれば発見し、戻ってくることが出来る。

 あとは外地という緊張状態で、冷静にそのことに気付けるか、ということだった。


 とはいえ、〈探査〉はその性質上、視覚的にも感覚的にも範囲内にいれば使用されたことがわかる。

 そして、誰かが使用すれば、それに気づいた全員が、遅かれ早かれ〈探査〉を使って帰還する方法を思いつくだろう。


 雨の日に演習を行なっていること。

 また、境界線から100m内に人を密集させていることから、そのあたりに気付いて欲しいという授業の意図があると、優はその時になって気付いた。


 と、すぐに状況は動いた。

 たわわに実った稲穂が揺れる田んぼにも似た、黄金色の濃密なマナが森の広範囲を駆け抜けていく。

 適切な魔力を、適切な強さで放出する、繊細なマナの操作。波に触れると心地よさすら感じるその魔法は、優のよく知る人物――妹の天による〈探査〉だった。


 同じ〈探査〉でも、攻撃ともいえる力任せなザスタのものと同じとは思えない。

 その点、天人であるザスタが特別なのかもしれなかった。


 「天。結構広めに〈探査〉を使ったみたいだな。わざと……だろうな」

 「多分。そうした方がいいって、思ったんだろ。わざわざ魔法を使わなくても、天なら『なんとなくこっち』って言ってここまで来られるだろうし。そもそも、迷ってないだろうしな」

 「なんとなく……か。あり得そうで怖いな」


 優の仮説に、春樹が苦笑する。

 天の〈探査〉を皮切りに、気づいた学生たちが〈探査〉を次々に使用していく。

 互いに反発し合うマナがそれぞれの〈探査〉の精度を落とすことになる。

 しかし、境界線との距離が近いこともあって、すぐにほとんどの学生が境界線付近に戻ってくることが出来たのだった。




 「ここから残りの時間は、森の中にいる学生をここまで連れて来てやれ」


 外地演習の開始を告げて以降、コンクリートブロックの上に立ち、沈黙を保っていた進藤だったが、そこでようやく口を開いた。


 ここにいるのは7割から8割程度の学生。残りはあえて森に残ったか、あるいは方向を見失ったまま〈探査〉を使う方法を思いつかず、不用意に動かなった人たちだと思われた。

 目立つところではザスタとシア。天人の2人がそれぞれ所属しているセルがいない。天と首里朱音しゅりあかね、魔法持ち両名は戻ってきているようだ。


 「二次遭難が発生しないよう、注意して行動するように」


 そう学生たちに言って、進藤は口をつぐむ。

 彼の様子を見るに、何かが起きているのかもしれない。それにどう対処するのか。優は進藤がそのあたりを見ているように見えた。


 こんな時、皆が話し合うことが出来る状況を作り出す必要性に気付いている。しかし、集団心理として誰かにやってほしいと願ってしまうもの。

 互いに互いを当てにして、いわゆるお見合い状態が続くこと数秒。


 「みんな聞いてくれ」


 そんな時でも、動くことが出来る人もいるものだ。これこそ、リーダーシップと呼ばれる特派員に求められる素養の1つだった。


 声を上げて、注目を集めたのは明るい髪色をした優男風の男子学生。


 「俺は刈谷一。とりあえず話を進めようと思う。代わりにやってくれる奴がいたら、言ってくれ。音頭取りを任せるけど……」


 そう言って声を上げられるなら、最初からやっていただろう。


 「じゃあ、とりあえず救出作戦と銘打って、任務について話し合っていきたいと思う。俺を呼ぶときは刈谷でもハジメでもどっちでもいいから呼んでくれ。まずは――」


 そうして救出作戦の内容が詰められていく。

 今回捜索する範囲はごく小さいもの。1人が広範囲を〈探査〉し、森に残っている人々の位置を特定。迷わないよう策を講じて向かい、戻ってくるだけ。

 あとはその人員を整理する。魔法の練習等で魔力が低くなっているものは待機。

 マナを多く残しているものが、連れ戻す救出部隊の役割を負うことになった。


 意外にも多くの学生がマナを減らしていた。マナの量を見る感応石があるわけではないため、あくまで自己申告。

 しかし、特派員を目指す学生がここで嘘をつくとは思えない。

 それでも、学年最低レベルの魔力しかない優が、救出部隊に選出される程度には、魔力を損耗させていたようだ。


 こうした事態も想定し、魔力を残していた優。

 だからこそ、不安が残る。

 特派員として、特に魔力面での実力不足は、優自身が知っている。そんな自分が出向かなければならないほどの状況なのか、と。


 だからと言って、断る理由は無い。これからもこうした事態は幾度となくあるだろう。

 その度に足踏みしていては、成長は望めないし、何より優にとってそれはあまりにも格好悪い行動に思えた。


 役割が決まったところで、作戦開始の運びとなる。


 「〈探査〉を定期的に使ってもらうから、魔法を使う時は各自、そのあたりを気を付けて」


 優が緊張の面持ちで見つめる先。刈谷が陣頭指揮を執って、注意事項などを確認している。


 そして、それが終わると索敵を行なう人物に目配せをした。


 「じゃあ、いくよっ。〈探査〉! と、〈誘導〉」


 広範囲に黄金色のマナの波紋が2重、3重になって森を駆けて行く。マナの色から分かるように優の妹、魔力持ちの天が索敵を任されることになっていた。

 天が行なった〈探査〉は通常の円状ではなく、扇状。内地側の安全は目視で確認できるため、不要と判断したようだ。具体的な指向性を持った魔力の波は、円状に広がる〈探査〉に比べてより遠くまでのびやかに進んでいく。


 「ここから大体300mくらいかな? を調べて、最短で行ける道筋を矢印で示しています! 調べた感じ、魔獣はいないから安心してください!」


 天が情報をまとめ、その場にいた学生たちに届くように声を張る。その様子、声はその場にいた学生たち全員に届き、


 「まじか、さすが魔力持ちだな。今の規模の魔法使って、まだまだ余裕そうだな」

 「しかもあれじゃん。迷わないようにってやつ、やってくれてるじゃん?」

 「神代さん、マジ神……」

 「ていうか、俺らがいる意味なくね……」


 あまりの魔法の規模の違いに、無力感さえ覚える者もいる。


 「でも、〈誘導〉……えっと、矢印のやつ維持するの大変なので、動ける皆さんで、急いで助けに行ってあげてください!」


 天が使った魔法は〈探査〉と〈誘導〉の2つ。

〈誘導〉はマナを凝集して光る線や矢印などを木の幹や地面に記す魔法。〈ナビ〉などとも呼ばれる。

 武器や物を手元に創り出す〈創造〉を、特定の地点に行なうようなもの。〈探査〉による空間把握と、それをもとに正確な座標に自身が放出したマナを凝集して矢印を創る。ある種の才能と、高い集中力が求められる魔法だった。


 優には到底できない芸当。妹との差を改めて確認することになる。

 とはいえ、今回は複数の道筋を、広い範囲で示しているため、天のマナの減り方は尋常ではないと思われた。


 「神代さんが頑張ってくれてるうちに、急ごう!」

 刈谷を中心にした救出部隊が黄金色に光る矢印に従って森に入って行く。

 「オレ達も早くいこうぜ、優」

 「ああ」


 なかなか追いつかせてくれない天の背に食らいつくためにも、優は優で与えられた役割を全うする必要がある。

 振り分けられた矢印の先で待っているはずの救助者を助けるために、優も白く霞む森へ踏み入るのだった。


………

●次回予告(あらすじ)

 救出作戦の要である神代天は、作戦がうまく行くよう、丁寧なサポートを続けていた。途中までは順調に進んでいた作戦だったが、しかし、その鋭敏な〈探査〉の魔法は明らかな異常を捉えることになる。

(読了目安/5分)

………

※次回は神代天の目線です。天の人柄を少し掘り下げる話ですが、サイド○○が苦手な方は流し読み程度でも大丈夫です。

………

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