片思いの苦難
片思いをしているとき起こる、一番大きな事件は何だろう?
フラられること?
違う。
片思いがばれること?
それも違う。
一番大きな事件は、
「委員長は、初めて会うよね。私の恋人で先輩の先輩さん!」
「おい後輩、他人に先輩って言っても通じないだろう」
「そう言う先輩だって私のこと後輩って呼んでるじゃないですか」
「慣れだ」
「じゃあ私も慣れです」
片思い相手の彼氏と会うことだ。
これほど気まずい場面もないと思う。まあ、気まずいのは僕だけだけど。涙にも、先輩さんにも、僕の片思いは知られていないから。
「イチャイチャするなら、帰っていい?」
「わわわ、待って委員長。お願いだから帰らないで!」
涙が僕の腕を掴んで、離してくれない。
「わかった、帰らない。でも正直なこと言うと場違いなんだけど」
すると涙は先輩さんに聞こえないように、小さな声で話し始めた。
「(初めてのデートらしいデートで助けが欲しいの!)」
「(え?)」
今涙はなんて言った?
デートって言った?
待て待て。涙から今まで気化された惚気話の中に、デートしたって話は何回も出てきたはず。だから、今更デートなんて慣れてるはずなんだよ。
「(本当に帰っていいかな?)」
「(だめ、お願い帰らないで。いつもはデートと称して写真撮ってるだけだったの。でも今日は水族館デートなの、デートらしいデートで、私どうしていいかわからないの!)」
ただただ、惚気話を聞かされてるだけなんだけど。涙が嬉しい話は僕も嬉しい。涙が幸せなら僕も嬉しい。
でも、それとこれとは別だよ。なんで片思いの相手がデートするところに、ついて行かなきゃ行けないんだろう。
一番の事件は彼氏に会うことじゃなくて。その彼氏とのデートについて行かないといけないことだとは思いもよらなかったよ。
「(お願い頼れるのは委員長だけなの!)」
「(はぁ)」
片思い相手からのお願いを断れる人が居るだろうか。
僕はいないと思う。だって僕は毎回、
「(わかった)」
「(やった!)」
僕は彼女のお願いを断れた事はなかったのだから。
「(とりあえず、何をすればいいの)」
「(一緒に水族館を回ってくれればいいだけだから。大丈夫、簡単でしょ?)」
涙からの返答は、予想の斜め上だった。少し離れたところから携帯を使ってサポートして欲しいとかだと思ったのに。一緒に回って欲しいって何だろう。
それってもうデートじゃない気がするんだけど。
「(少し後ろにいる感じでいい?)」
さすがに真横を歩くわけにもいかないから、妥協点として後ろの方を歩くことにした。後ろなら二人の様子を眺めていられるしね。
「(ありがとう委員長、大好き!)」
「(ほら早く行きなよ)」
「(うん)」
ほんとに君ってやつは。そう簡単に大好きとか言っちゃだめだよ。
たったそれだけの言葉で、僕の心は荒れるんだから。その言葉が愛ではなく親愛なのを知っているから。愛の言葉は目の前の、先輩に言ってるのを知っているから。
まあでも、ポーカーフェイスは得意なんだ。涙はよく、不意打ちで大好きだって言うから。
「おまたせしました先輩。それでこの子が私の幼なじみの委員長です」
「委員長です」
「先輩です」
何だろうね、この雰囲気は。互いの名前すら知らない。涙が付けた、あだ名で呼び合う関係。勿論僕は学級委員長で、彼は先輩に間違いないんだろうけど。
でも、それでいいのかもしれない。名前を知らない方が記憶に残りにくいだろうから。
「それじゃあ、行きましょう。先輩、委員長!」
涙の見せるその笑顔は、どれに向けられた笑顔なのか。僕なのか、先輩なのか。それとも両方?
答えは、涙しか知らないけど。
できることなら、その笑顔が僕に向けられたものだと信じたいな。
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