ピアノの旋律、それが始まりだった

藍沙

本編

学校の都市伝説


       (一)


 学校には、都市伝説が多く存在する。


 例えば、誰もいないのに弾む体育館のボール、理科室の動く骸骨模型、そして、怪談の定番、トイレの花子さん。


 どれもこれもほとんどすべての小学生が知っている内容ばかりで、もし自分の学校でそれらがうわさされても、皆あまり気にかけないでいる。


 そもそも、小学六年生にもなれば、サンタクロースの存在さえ、信じていない人が大半だ。都市伝説となっては、もう少し身近に感じる人もいるかもしれないが、娯楽程度として扱っている人も多い。


 K県のY市にある市立の学校・友利ともり小学校には、七不思議がありそうで存在していなかった。


 今年小学六年生の西野にしの理恋りこは、大のオカルトマニアだったが、この学校で知っている都市伝説は、たったの二つだけだった。一つ目は、学校のプールの下は、昔お墓だったと言うこと。二つ目は、三階の西側女子トイレには、トイレの花子さんが出ると言うことだけだった。


 理恋は一年生の時トイレの花子さんのうわさに興味を持ったことがあった。気になったし、怖いもの見たさという性分も手伝って、近くの教室にいた仲の良い六年生を誘って、噂のトイレに向かったことがあった。


『はーなこさーん。遊びましょー』


 理恋は今でも、かすかにふるえた自分の声を覚えている。


 あの時の胸のドキドキ。いったい何が出てくるのだろうという怖さ。


 結局何も出てこず、六年生を連れて、理恋はまた、自分の教室のある二階に戻った。理恋は口では「なーんだ、なにもでてこないじゃん」と言いながらも、内心けっこう安心していたのだった。


 理恋がオカルトを信じているのは、ただ単に好きだからというだけではない。


 小学四年生の時、理恋は一年の間に二回も、不可解な体験をしているからだ。


 一度目は、音楽室のうしろの肖像画のことだ。ふつうにみても何の変哲もなく見えるのに、壁に取り付けられた鏡越しに見ると、白いもやがかかって見えたのだ。友達も見ていたため、決して理恋の気のせいではない。しかも今年、音楽室の掃除担当になったときにみても白い靄などかかっていなかったことから、理恋は未だに「あの時は何者かがきっと、私たちに何かを見せたんだ」と思い込んでいる。


 二度目は、トイレの個室に入っていると、一つ前のトイレの個室から友達の上履きがのぞいた。なので友達のいたずらだと思って気づかぬふりして外に出ると、いたずらどころかその子はトイレにさえ来ていなかったと、待っていた友達に知らされたのだ。


 決して見間違いではなかった。


 はっきりと、その上履きには、その友達の名前が書かれていたのだ――



 理恋は今、友利小学校の七不思議に関してとっくに諦めていた。


 ないものはない。しょうがない。あったら多少興味は沸くけれど、仕方ないものは仕方ない。


 理恋は、学校の怪談について、とっくに興味を失っていた。関係ない、自分には無縁と言っても過言ではないとさえ思っていた――あの都市伝説を知るまでは。


「ねぇねぇ知ってる?――」。


 一人で登校しているとき、前で話している知らない女子たち二人の会話から漏れ聞いたあの都市伝説。


 理恋はいまだに忘れられない。


 あの時の恐怖を、悲しみを、怒りを。


 そして沸いた、笑いと、友情を。


 あの出来事は、ピアノの旋律から始まった。


      (二)


 理恋は今まで、一つ学年が上の女の子たち二人と登校していた。


 なのでその二人が卒業して自分が最高学年の小六になった今、やむを得ず一人で登校していた。


 最初の方は、友達がいないとこんなにさみしいんだ、そう痛感し、とても悲しかった。


 でも途中から、友達のうち一人と、その子が中学へ向かう通学路と自分の通学路がかぶる地点で再会を果たしたこともあり、一人の自由さに気づけたこともあって、それに慣れてきたつもりでいる。


 一人でいると、おのずと人の会話も聞こえてくるものだ。


 今断っておくが、理恋が聞いたのは、自分からわざと聞いたんじゃない。偶然聞こえて来ただけだ。


 理恋の耳に、知らない女の子の声が聞こえる。どうせ、理恋には興味のない無縁な話題。


 理恋はそう思い、二人を抜かそうとした。


 しかし、女の子のうち一人の発言に、思わず足が止まる。


「ねぇ知ってる?」

「何を?」


「友利小の音楽室の前を、午後三時に通りかかるとね、ピアノの音が聞こえてくるんだって――」


「ふーん」


 初めは一人の話を興味津々で聞いていたもう一人は、都市伝説に興味があるのかないのか、生返事に近い。


 理恋は再び足を動かす。


 なんだか、得体のしれない軽い怒りがぴりりっと走った。


 そんなこと、噓に決まってるじゃん。なんか、腹立つ。よくわかんないけど、腹立つ。


 ピアノの音が聞こえるだけでしょ?どうしてそんなに怖がらなくちゃいけないのよ。


 歩みを進めようとする。


 しかし再び、女の子の一言に阻まれた。


「聞こえるだけじゃないの」

「どういうこと?」


「聞こえた人はみんなね――、霊の怨霊によって呪い殺されちゃうんだってさ」


「はぁ?そんなこと信じてんの。小五にもなって、もうあんただけだと思うよー」


 からからと笑った女の子にも、語った女の子にも、なんだか言い知れぬ嫌悪感を募らせた理恋。


 そんなの、どこにだってある話じゃん。こんな話、聞かなきゃよかった。


 言い知れぬわがままな怒りが体内で暴走しかけた時、肩をたたかれた。


 ハッとした気分でふりかえると、理恋の親友の大川おおかわ砂代さよがいた。


「砂代」


「もー、理恋ったら、こっちが追いかけてるのにどんどん行っちゃうんだもん。追いつくのが大変だったよ」

「ごめんごめん」


 砂代と話しながら学校へ向かう理恋。

 理恋はフードをかぶった。

 今は十二月。雪が降ってもおかしくないくらい、とても寒い日だった。


 理恋たちとさほど離れていないところを歩いて学校に向かっているのは、理恋の近所で幼馴染みの竹山たけやま育海いくみ雲田くもた夢太ゆめた、理恋と昨年同じクラスで昨年ごろに理恋たちが住んでいる二丁目に引っ越してきたという村本むらもと礼音れおんの三人だ。


「今日は寒いのに、あいつら半袖だよ、バカだね」


 砂代が三人を見て、笑い半分につぶやいた。

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