外伝1−2.私も幸せを掴みたい――SIDEアンネ

 当然、三日間お部屋に籠る予定の奥様に相談できるはずはなく……同僚のエルマにそっと打ち明けた。


「え? 騎士のアルノルト様って……伯爵家のご当主でしょ」


 エルマが驚いた顔で呟く。


「ええ、シュトルツ伯爵様だったわ」


 奥様の服を仕立てに行ったマダム・カサンドラの店で、愚かな公爵令嬢相手に名乗るのを聞いた。肩書きで嘘をつくはずがないから、伯爵家のご当主様よね。私みたいな侍女が婚約するお相手じゃないと思うわ。


「素敵! 見初めたってやつね。次はアンネかぁ……私にも誰かいないかしら。伯爵夫人になったら、未婚のいい男を紹介してね」


 どうしようか相談するつもりだったのに、結婚相談されてしまった。じゃなくて、私が伯爵夫人なんて似合わない。


「どうしてそう思うの? アンネは男爵令嬢だったから、普通じゃないかしら。伯爵家に男爵令嬢が嫁ぐ。ぎりぎり一般常識の範囲よ」


 貴族の一般常識で、爵位の差は2つまでとされている。それ以上違うと、生活や考え方、学習内容に至るまですべてが異なる。単純に目上に求められて結婚しても、気を病んでしまうこともあるとか。だから私が結婚できるとしたら、男爵家、子爵家、伯爵家になる。理屈ではそうだけど、普通は子爵家までよ。


「生活習慣や礼儀作法も違うから、ひとつ上なら頑張れるけど。伯爵家は無理じゃない?」


「ああ、そこに引っかかってるのね。でも私に譲ってくれる気はないでしょ? アルノルト様に対して前向きみたい。ふふっ、恋愛って素敵ね」


「そうじゃないってば」


 照れて赤くなる顔を手で覆いながら、私はエルマに反論しようとした。でもいい言葉が出てこなくて。アルノルト様が剣を抜いた時はカッコよかったし、正直……好みのタイプなのよね。


「公爵家の侍女の教育水準って高いわよ。そこで奥方様の専属侍女を任されたなら、礼儀作法は……ああ、でも逆に謙りすぎて直されるかも」


「気をつけるわ」


 なんだ、結婚する気あるんじゃない。そう言われて、相談を持ちかけた私が逃げ出した。今の答え方って、伯爵夫人になったら気をつけるって意味よね。自分でも恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気持ちで庭へ出た。


 奥様と旦那様の結婚後は、初夜を含む3日間の休みがある。専属侍女なので、奥様達が籠っている間の仕事はない。一応交代で、お飾りやドレスの確認と手入れをする程度だった。だから今日の服は仕事着じゃなく、私服のワンピースだ。


 浮かれているのか、ずっと仕舞い込んでいたミント色を着ていた。


「森の妖精のようですね」


 聞こえたアルノルト様の声に振り返り、微笑む彼の姿に一瞬で赤くなる。顔や手はもちろん、首まで赤くなったはず。


「素敵ですね、あなたの目の色と同じ優しい色です。婚約のお約束をいただいたので、ご両親に挨拶をしたいのですが」


 首を傾げて待つアルノルト様に、こくこくと頷く。両親に挨拶って、あの挨拶よね。娘さんをくださいってやつ……私が、伯爵で騎士のアルノルト様に。喜ぶだろう家族の顔が浮かび、私は涙ぐんだ。


「明後日までお休みと伺いましたので、急ですが……明日はどうでしょうか」


「はい、お願いします」


 この人の妻になる。その覚悟はまだ揺れるけど、誰かに取られたくないと思う気持ちは本物だった。エルマに譲る? そんなこと考えられないもの。


 視線を空へ向けて、前世を含むあれこれを思い出す。奥様はもう大丈夫。旦那様の愛に包まれ、新たな幸せを掴んだ。私も掴んでいいですか?


 目の前に差し出された手をたどった視線が、彼の微笑みに届く。鍛えた手はごつごつと硬くて、私より大きかった。その手を握り返す。


「ご両親はどんな方ですか」


「父は小心者で、母は豪気ですわ。私は三女で……」


 私の話が終わると、彼の家族について教えてもらう。庭を回り終える頃には、私も気持ちが固まっていた。


「これから末長く、お願いしますわね」


「もちろんです。大切な妻になる方を守れるのは、夫である私の役目ですから」


 彼の顔が近づいて、逞しい腕に引き寄せられる。素直に身を任せ、目を閉じた。前髪が触れて、すぐに唇が重なる。もう逃しませんからね! その意味を込めて、彼の首に手を回した。






 ***お幸せに***

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