84.そんな生ぬるい死は許さない

 ウーリヒ王国の貴族階級の区別は、他国に比べて厳しい。イザベルの件がいい例だった。他国なら、公爵令嬢は公爵に準じて扱われる。だがウーリヒなら、はっきり決められていた。子爵家当主と同等、貴族名鑑にも記載がある。


 侯爵の地位は、この国で重要な高位貴族だった。大公と公爵を合わせても、4人しか上位者がいないのだ。王族は別格として、王家に連なる公爵家に次ぐ貴族は事実上の頂点だった。実力で勝ち得る最高の地位である。


 そんな侯爵家の中でも由緒正しく歴史の古いアウエンミュラー侯爵家は、王家より歴史が古いことで知られていた。家系を辿れば、建国より以前から領主として地域を治めた記録が残る。


「アウエンミュラーは特別だ」


 国王陛下のお言葉に、ただ微笑んだ。母を含め、祖父や先祖全員が肯定されたのだ。生きて紡いできた歴史が、王家により認められた。誇り高くあれと願った母の思いが、報われた気がする。


 父は私と血が繋がった存在だ。否定できない事実であり、周囲も承知していた。だから「侯爵代理」として扱った経緯がある。あくまでも代理だ。後見人としての立場であり、家を継いだり継承者を変更する権利はなかった。


 自ら侯爵を名乗った以上、後見人としての地位は消滅する。その上で肩書きを詐称し、周囲の貴族を騙した罪が重なった。正当な次期侯爵の身柄を金貨を引き換えに売り渡した罪、家の財産を横領した罪、使用人を入れ替えた越権行為も含め、数えきれない罪状が並んだ。


 これらをすべて纏め、父の死刑が確定する。貴族それも侯爵家当主を人身売買した罪が、裁ききれないほど大きかったという。その判決が会議で報告された。決定事項として話す国王陛下が、気遣わしげに言葉を切る。


「平気ですわ、お続けになってください」


 本来、血の繋がる父親の死刑を告げられ、泣くのが正しいのかしら。まったくそんな気にならない。それどころか、すぐ死刑だなんて楽な方法でよかったわねと思った。前世の私は、あの男が使う金のために何年も苦しんで……何度も死んで。


「ラインハルト、その判決を変更できるか?」


 ヴィルが口を挟んだ。驚いた私と違い、国王陛下は肩を竦め「言うと思った」と苦笑いする。


「何をしたい?」


「2年生かしてくれ。濁り腐った水と、カビの生えたパンだけ与える。その後は食料を断ち、餓死させたらいいさ」


「君の怒りはそこまで深い、か。アウエンミュラー侯爵はどう思う?」


「ヴィルの言う通りでお願いします。ただ、最後の死は火炙りにしてください」


 首を切り落とされて死んだ記憶もあるけれど、火事の中を逃げ回り苦しんだ死の記憶が強い。餓死なんて生ぬるい。私と同じ、いいえ、それ以上の苦しみを味わって死ねばいいわ。握り締めた拳がスカートのひだの間で揺れた。強く握りすぎた拳を、ヴィルが包む。


 この温もりがなければ、私は狂っていたでしょう。復讐も報復も諦め、取り返した権利をただ行使するだけの抜け殻。深呼吸して拳を解き、ヴィルの手を握った。あと少しだけ、復讐に染まることを許して。その後はあなたのために生きるわ。アンネやエルマと共に、幸せに微笑んで暮らすの。


「そうだな、それがいい」


 ヴィルは私を肯定した。その悲しそうに寄せられた眉に何を思ったか。国王陛下は刑の内容の変更に同意した。

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