74.後悔なら死ぬほどしているわ――SIDEユリアーナ

 リヒテンシュタイン公爵家の分家筆頭、リースレ伯爵家。その長女に生まれた私は、本家のレオナルド様と一緒に育った。母は現公爵閣下の妹で、私にとってレオナルド様は従兄弟。結婚できる範囲の血縁関係だ。


 王家の血を絶やさぬために、伯父様は王女殿下を妻に娶った。ならば、レオナルド様の代は血を濃くしすぎないために、王家以外から妻を娶る必要がある。分家で最も優れた令嬢は私、家柄も容姿も問題なかった。選ばれるに違いない。そう確信していた私は、思わぬ横やりに青ざめた。


 アウエンミュラー侯爵令嬢だ。古参である家柄はもとより、その愛らしい姿も評判だった。お茶会で傷跡があると噂になったが、それでも嫁に望む家は後を立たない。炎のように見事な赤毛と、冬の透き通った湖の氷を思わせる薄水色の瞳。どちらも魅力的で、顔立ちも美しい。


 申し分ないご令嬢と、レオナルド様の婚約者に決まった。その時の悔しさは言葉にならない。婚約式は欠席し、落ち込む私に知恵を授けたのは、本家の執事だった。


「あなた様こそ、次期リヒテンシュタイン公爵夫人に相応しい。レオナルド様の隣には、あなた様のような女性が似合います」


 そう囁かれると気分が良かった。レオナルド様が爵位を継承し、結婚して少し。ほんの数ヵ月でチャンスは巡ってきた。領地で疫病が流行ったのだ。留守を任せる、信じていると言われて微笑んで頷く。見送った彼が戻るまでに、あの女を追い出そう。


 屋敷を取りしきる執事が味方なら、なんでもうまくいく。ローザリンデに好意的な侍女に嫌がらせをして辞職に追い込んだり、離れに追いやったりした。そこで彼女の妊娠が発覚する。私は流産を望んだが、執事から思わぬ話を聞いた。


 アウエンミュラーの正当な血を引くのは、ローザリンデ一人。だからレオナルド様は彼女を娶った。それにより、アウエンミュラーが手に入るのだと。ならば、男女関係なく赤子が生まれれば……ローザリンデは用無しだった。やはりレオナルド様は、あの女を愛しているわけじゃなかったのね。


 リヒテンシュタインの女主人のように過ごし、生まれた子を取り上げた。ローザリンデに似た髪色は気に入らないけど、この色を受け継ぐ子ならアウエンミュラーの後継者として申し分ない。そう考えたら可愛く思えた。


 子を取り上げてしまえば価値はない。この家に来てから与えた毒で衰弱した女を放置し、死ぬ日を指折り数えて待った。心を折るために、レオナルド様との恋話を聞かせる。絶望に染まるその瞳が輝きを失うたび、愉悦に浸った。


 求め続けた大好きなレオナルド様。私はあなたを手に入れたわ。牢の中でも構わない。大切なあなた……腐ってしまっても、その肉が爛れ落ちても大好きよ。白骨が覗く指先で頬を撫ぜる。最初から私を選んでくれたら良かったのに。


 冷たい石造りの牢で、彼を求めた。嫌がるフリをしても、あなたも私を求めているんでしょう? 睦み合う時間は幸せだった。


 向かいの牢で両親が泣き叫ぶ。近くには親族が繋がれ、中には犯罪奴隷として売られた者もいると聞いた。国王陛下に助命嘆願もしたらしい。爵位を返上し、財産をすべて捧げるから、と。国王陛下の返答は「すべてを大公の権限に委ねたゆえ、知らぬ」の一文だったとか。


 目の前で腐るレオナルド様の上に跨り、今日も腰を振る。でも愛情なんて、いつしか冷めてしまった。この人は私を見ないし愛さないから。それでも義務のように繋がりを求める。これが呪術なのね。


「死ぬまで後悔し続けるがいい」


 吐き捨てられた大公の言葉が、当時は理解できなかった。愛する人と一緒なら牢も幸せだと思ったのに、今は分かる。これが地獄なのね。ローザリンデに毒を盛って命を奪い、心を折った罪。母から赤子を奪った罰。後悔なら、死ぬほどしているわ。こんなはずじゃなかった。


 私は公爵夫人になって、愛するレオナルドに愛されたかっただけ。腐臭のするレオナルドを貪り、牢の中で途方に暮れる。暗い牢内に救いはなかった。きっとあの女も離れで同じように思ったのでしょうね。悪いことをしたわ。

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