62.もうやり直しはきかない――SIDEヴィル

 ローザは夫レオナルドに惚れてなどいなかった。父と義母に家を乗っ取られ、大金と引き換えに売られたのだ。その事実をようやく掴み、魔力と右目を代償とした巻き戻しを行う。だが……結婚式当日までが限界だった。


 足りない力を悔やむ。一度目の巻き戻しで知っていたら、彼女を逃がしてやれたのに。彼女をリヒテンシュタインから引き離し、陰から援助しようと決めた。その覚悟が間違っている、僕が自分で幸せにするべきだと助言した精霊がいなければ……僕はまた間違っただろう。


 もうやり直しなどきかないのに。


 ベルントが淹れた紅茶を飲み干し、カップを置いた。穏やかに無言で紅茶を追加する執事は、余計なことを尋ねない。この沈黙が心地よいと思いながら、自ら崩した。


「ローザを愛している」


 相槌も否定もない。だが目元を和らげたベルントは、ゆっくりと瞬きで肯定した。


「幸せにしたいんだ」


「あなた様も幸せにおなりください。ぜひ、ご一緒に」


 執事は穏やかにそう告げた。父や母がいたら、同じように認めてくれただろうか。僕はこれから、この手を血に汚す。過去の復讐を遂げるために、ローザの無念を晴らすために。それは正しいのか自問自答する時間は終わった。


 正しくなくても構わない。どれほどの貴族や王族が僕を批判しても受けて立とう。僕はずっとローザの生死を見続けてきた。理不尽な目に遭わされ失われる彼女を、この手で救いたかった。それが叶うなら、僕の魂の一滴まで支払うほど恋焦がれている。


「いいと思うよ、僕は君が幸せなら消滅したっていいんだ」


 親友として心を支えてくれた精霊の声が、ふわりと耳を擽った。彼はいつもそうだ。僕が弱気になると助けの手を差し出す。背中を押した。ラインハルトもそういうところがあったな。友人に恵まれた分、僕自身も奮起しなくては。


「明日、妻になってくれるよう頼もうと……」


「今晩、の間違いですよね。旦那様」


 執事は容赦なく切り込む。だがここは頷けない。今夜は疲れたローザを休ませてやりたいし、アンネと話す時間を与えてやりたかった。何より、準備が間に合わない物がある。


「ダメだ。指輪がまだ届いていない」


「……注文はなさったのですか?」


「ああ」


 夜会のドレスを注文する際、一緒に手配した。今日届くと思ったが、残念ながら間に合わなかった。婚約は成立しているが、彼女に妻になって欲しいと願うのに指輪は絶対に不可欠だ。形から入るタイプで申し訳ないが、ここは譲れなかった。


「かしこまりました、では指輪は私が自ら出向いて受け取ってまいります」


 差し出す執事ベルントの手に、受取証を渡す。にっこり笑う彼は「大公妃殿下になったお嬢様にお仕えする日が待ち遠しくてなりません」と釘を刺した。逃げるなと、誰も彼もが僕に向けて言い放つ。どうやら僕は相当ダメらしい。


 精霊、国王ラインハルト、執事ベルント……ここまで続けば、いい加減自覚も出る。明日、指輪をもって愛を告げよう。笑って受け取ってくれるローザを想像しながら、報告書に目を通した。嫌なことを今晩のうちに済ませてしまうために。









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 ヴィル視点、一段落です。この先、告白を経てざまぁ部分に入ります。

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