59.幼子のようにはしゃいでしまった

 ふわふわした気持ちのまま、大公家の屋敷に戻る。精霊も当然のように付いてきたけど、もう気にならなかった。馬車から降りるときにエスコートされるのは、まだ照れ臭い。経験がないせいね。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 微笑んで迎えるアンネに抱き着き、興奮を抑えきれないまま「やったわ」と何度も繰り返す。それだけで通じた。私の立場が公式に侯爵として認めらえたこと、リヒテンシュタイン公爵に勝ったこと。話したいことが溢れる私に、アンネは黙って背中を叩いて頷いた。


「ローザ、部屋で話した方がいいんじゃないか? 今日はアンネと休むといい」


 まだ口調の固いヴィルの気遣いに甘えることにした。彼と二人きりで夜を過ごすには、覚悟が足りないから。それに興奮してしまって、きっと朝まで話し続けてしまうわ。聞き上手なアンネでも根を上げそうなほど、たくさん言葉と感情が溢れていた。


「ありがとう、ヴィル。そうさせていただくわ」


「失礼いたします。旦那様」


 アンネの呼び方に、執事が満足げに頷くのを見て悟る。そうよね、リヒテンシュタイン公爵家から引き取られたアンネの雇い主は、現在大公家なんだもの。旦那様で間違いないわ。私の侍女でもあるけれど。


 部屋に向かう途中で思い出し、足を止めた。振り返ると、玄関ホールに入って来たヴィルと目が合う。どうしたのかと問う瞳に微笑み、駆け寄って抱き着いた。


「今日は本当にありがとうございました。必ずお礼をします」


「……お礼なら今の抱擁で十分です」


 ヴィルの柔らかい声と温かい腕に、胸が熱くなる。こんな気持ちは前世も含めて覚えがないわ。すべての重石が消えて軽くなった私を、さらなる高みへ舞い上がらせようとする。何度もお礼を言って、与えてもらった部屋へ帰った。


「聞かせてください」


 ドレスを緩めて着替えたところで、アンネの一言。もう止まらなかった。我慢してきた過去の愚痴も、夜会でどれだけスッキリしたか。元家族が消えて、本当に気持ちが楽になったことも。王妃様と親しくなったことまで。夜空が濃紺から紫になり、白くなって赤く染まる頃、ようやく私は落ち着いた。


 寝不足の目を擦り、一緒にベッドへ横たわる。過去が清算されて、これから先へ進めるの。私とアンネの記憶を合わせて、前世を整理したいわ。私が何度死んだのか、それも確かめなくちゃ。死に方が違うのは、何度も時間を戻った影響だと思う。


 精霊って、そういう事例を知ってるかも知れないから尋ねてみたい。侯爵の地位を得て離婚すれば終わり、と考えた過去の私に教えてあげたいわ。ここからが本当に忙しくなるのよって。


 朝日が沁みるベッドで手を繋いで眠る。私が手を離さなければ、アンネが寝坊しても怒られることはないはず。徹夜したのは私のせいだから、叱られるなら一緒に……。

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