18.臣下でも兄弟でもない友――SIDEヴィル
リヒテンシュタイン公爵家――代々、王家の血筋を受け継ぎ、細く長く王家の予備として存在してきた。数代ごとに王家から王女や王子を迎え入れ、薄まりすぎないよう血を残す。
王家からの信頼は厚く、同時に警戒される一族だった。分家としての忠誠を求め、いつ寝首を掻かれるかと監視対象になる。そんな一族の騒動が、国王の耳に入らぬわけもなく……。
「愚かなことだ」
国王ラインハルトの呟きに、嘲笑の色が浮かんだ。艶のある黒髪をかき上げ、彼は葡萄の芳醇な香りを楽しみながらワインを飲み干す。褐色の肌は磨き上げられ、細めた瞳は黄金の輝きを宿していた。
「お前の執着する女を傷つけたのか。ならば滅びるしかあるまい」
「それは許可と取っていいのかな? 僕が動くと、リヒテンシュタインの名と血は大地に呑まれて消えるけど」
事前に根回しするのは、有能さの証だ。そう教えたのは、目の前の国王ラインハルトだった。じっと見つめ返した後、彼は王らしい傲慢な答えを口にする。
「この程度で潰れる王家の控えなど、役に立たん。いくらでも作れるから気にするな。あの家名は長くて気に食わん」
古い家名を誇るリヒテンシュタインの命運は、この瞬間に決まった。由緒ある……と形容するには、王族に必要とされる能力が足りない。唯々諾々と従うだけの臣下は、無能な王の下で価値を発揮する。しかし当代国王は眠れる獅子だった。
滅ぼして構わない。国王の承諾は短く冷たかった。だが僕には都合がいい。にっこりと笑った僕を手招きし、ラインハルトが指先を頬に添わせた。
「右目はどうした」
「対価にしたよ」
「呪術の研究とやらもいい加減にしておけ、ヴィル」
叱るより、心配する響きが擽ったい。ごめんと謝れば、ラインハルトは泣きそうな顔をするのだろう。わかっているから、謝ることも出来なかった。
「わかってる」
君の心配は理解してるし、僕の気持ちを優先させてくれる優しさも嬉しい。だから謝罪じゃなく、この言葉にした。
「ありがとう、ラインハルト」
兄弟ではない。主従関係もなかった。血の繋がりで言えば、赤の他人だ。それでも地位に関係なく、僕達は互いを尊称なしで呼び合う。
「これを渡しておく。問題が起きれば使え」
大きな耳飾りを片方外し、僕の手に置いたラインハルトは肩を竦める。王家の紋章が入った装飾品は、国王以外身につけることを許されない。例外は国王自ら手渡した場合だった。精緻な装飾品を眺めてポケットにしまおうとした僕に、彼は手を出して止める。
耳飾りを無造作に掴み、僕の左耳に当てた。促されて、呪術用の耳飾りを外す。当然のように奪われてしまった。
「大切に保管してくれ、それは呪術に必要な道具で……」
「俺の耳に着ける。なくす心配は不要だ」
お揃いなのも複雑な気分だった。だがこれ以上文句を並べたら、本気で怒り出しそうだ。左耳の穴に針を通して手を離す。呪術用の飾りより重い気がした。
「これでいい。リヒテンシュタインが耳飾りに気付かず、お前に危害を加えたら滅ぼせ。素直に従えば、そうだな……数年は寿命を延ばしてやる」
どちらにしろ滅ぼす。言い切った国王ラインハルトに、僕はゆったりと足を引いて礼をした。それは最敬礼であるが、臣下の挨拶ではない。満足そうに彼は笑った。
「それでいい。お前は俺の臣下ではないし、縛り付ける気はないのだからな」
寛大な国王に見送られ、窓から空へ身を投げ出す。親友である精霊達に囲まれて飛ぶ僕が見えなくなるまで、彼はテラスに立ち尽くしていた。
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