悩める整形女子!

靣音:Monet

梨奈の目

梨奈りなちゃんの目怖いよ。じっと見ないで」


 私の目は怖いらしい。


 小学生の頃、私がよく言われたセリフだ。いつしかそれがコンプレックスになり、人の顔を真っ直ぐ見ることが出来なくなっていた。



 そんな私は、22歳の誕生日をキッカケに目の整形をした。


 自分で言うのも何だけど、凄く良い出来だと思う。いわゆる、整形した感が無いのだ。時間を見つけては、ネットで整形外科医を検索していた甲斐があったと思う。


 そして、その日から私は随分と変わった。


 今までは形だけだった化粧が、本当に楽しくなった。頑張れば頑張るほどに可愛くなる。そして、連鎖反応を起こしたように、ファッションにも拘るようになった。別に派手になったわけでは無い。私が考える、『イケてる女性』ってやつに近づいたのだと思う。



***



 カランとドアのベルが鳴り、一人の男性客が入ってきた。常連の大崎おおさきさんだ。


 私は今、カフェバーで働いている。昼は主にカフェ、そして夜はバー。雑居ビルに入っているにも関わらず、欧風のインテリアやのぞめる夜景が綺麗な事もあり、そこそこ人気がある。私がこの店を知ったキッカケも、雑誌で紹介されていたからだった。


「こんばんは、大崎さん。今日もお仕事ですか? 遅くまでお疲れ様でした」


「こんばんは。仕事なんてとっくに終わってたのに、クライアントの返事待ちだけで1時間も居残りだったよ。とりあえず、ビールお願い」


 時計は21時を回っていた。広告代理店っていうのは大変な仕事らしい。見るからにモテそうなのに、友人や恋人と来ている所は見たことが無い。


「それはそれは、お疲れ様でした……その1時間の間って何やってるんですか?」


「その時間帯は、疲れちゃってるからね。ボーッとスマホ見たり、そんな感じ。まあ、陽キャ達はキャッキャやってたりもするけど」


「大崎さんは後者ですよね? キャッキャやってる方の……」


「ええーっ? 俺ってそんな風に見える? そりゃ仕事柄、小綺麗な格好はしてるけどさあ。趣味はテレビゲームとか、そっち系だし」


 大崎さんはそう言って、カラカラと笑った。


 私は、大崎さんの自分を飾らない所が好きだ。「友達なんて殆どいない」、なんて話しも聞いた事があるが、それは嘘だと思っている。


「そうなんですね! でも、趣味があるだけいいじゃないですか。私なんて趣味なんて言えるものさえ無いですし……あ、いらっしゃいませ」


 新しいお一人様が入ってきた。あの方もカウンターに座られるだろうから、大崎さんとのツーショットはここで終了だろう。その後はテーブル席の客も増え、ホール担当のサポートにも回った。大崎さんと次に会話をしたのは、お会計の時だった。


「じゃ、そろそろお会計お願いします。今日は平日なのに混んだね」


「すみません、バタバタしてしまいまして。今日も有り難うございました。えーと……2,200円になります」


 大崎さんは、千円札3枚と、1枚のメモを渡してきた。


「メモは……恥ずかしいから後で読んで。またお邪魔します、ご馳走様でした」


 そのメモには、『気が向いたらで結構です』という文字と共に、メッセージアプリのIDが書かれていた。



 その日の夜から、私たちはメッセージアプリでのやりとりを始めた。


 地元はどこで、大学生の時にこの街に出てきて、そしてそのまま就職した話しとか。ビックリした事に、大崎さんの自宅の最寄り駅は私と一緒だった。


 私の事はどこまで話そうか迷った。


 今は実家住まいのフリーターだ。ただ、今の仕事を始めてからは、欧風インテリアや飲食店に興味も出てきている。以前のように、ただ働いてお金を貰っているだけ、という自分からは大きく成長したように思う。そんな事をフワリと大崎さんには伝えた。


「凄いじゃん! もし飲食店なんか始めるなら、全力で応援するよ。仕事柄、SNSでの展開や、安くでチラシを作る方法なんかも知ってるしね!」


 フワリと言ったつもりだったが、大崎さんの頭の中では大きく膨らんでしまったようだ。しかし、そう言われたからか「目標にしてもいいのかな?」なんて思い始めている私もいる。



 そんな感じで始まった、私と大崎さんとのメッセージアプリでのやりとりは、毎日毎夜続いた。


 恋愛経験が少ない私でも分かる。そろそろ、次の展開に移ってもおかしくないんじゃないだろうか。大崎さんが好意を抱いてくれている事を感じるし、私も隠していない。


 でも、そうなった場合、整形してる事は言ってしまった方がいいのだろうか。


 そんな悩みを持ち始めた頃、事件は起きた。




 今日は、カウンターに大崎さん一人と、テーブル席には2組のお客さんだけ。夜の10時にしては珍しく、テーブル席はホール担当だけで私が動くまでも無かった。


「今日は珍しく暇だね。給料日前だからかな?」


 大崎さんが声を掛けてくれた時、ドアが開いた。女性二人組のお客さんだ。


 ホール担当がテーブル席を勧めたが、その女性達はカウンター席へとやってきた。誰だろう? 二人とも私の顔をジッと見ている。


「梨奈? 梨奈だよね!? 覚えてる、私たちの事?」


 あ……


 高校生の時に同じクラスだった、ひとみ優香ゆうかだ……特別仲良くもなかった二人が、わざわざカウンター席にやってきた事に嫌な予感しかしなかった。


「あ、ああ……お久しぶり……です……」


「いいよいいよ、敬語なんて使わなくて! 同級生じゃない! それよりさ、やっちゃったの!? 目?」


 私はその場で固まってしまった。


 二人は少し酔っていたようだった。どこかで私の事を知り、勢いで聞いてしまえ、とでも思ったのだろうか。


「いやいや、梨奈、勘違いしないでよ! 凄く綺麗になったって聞いたから、ちょっとね、見てみたかっただけなのよ、ね? 優香」


「そうそう! 本当に綺麗になったじゃない! 私もちょっと本気で考えてるのよ、整形の事」


 どう返事しようか考えている内、体は震えだし、涙が溢れ出した。そして、「すみません」と一言残し、カウンターを飛び出してしまった。



 避難先は重い扉を開けたその先の、非常階段だった。


 大崎さんの前で言われた事と、冬空の下の非常階段という事もあり、私の体はガタガタと震えが止まらなかった。涙が溢れて止まらない。こんな事になるくらいなら、自分から言えば良かった。大崎さんに、私は整形してる女ですよって……


「こっ……ここに居たのか……エレベーターで1階まで降りちゃったよ」


 振り返ると、非常扉を開けた大崎さんが立っていた。


「ご、ごめんなさい……なんか大崎さんの事、騙してたみたいで……」


「なっ、何言ってんの、謝る事なんて何も無いでしょ。ちょ、ちょっと待ってて、すぐ戻るから」


 大崎さんはそう言うと、非常扉を締めてしまった。そして、戻ってきた時には右手に大崎さんの上着があった。


「とりあえず、これ着て。風邪引いちゃうから」


「お、大崎さんだって、寒いじゃないですか……私だけ着れません……」


 止まりかかっていた涙が、またあふれ出した。


「俺は大丈夫。お酒入ってるから体はポカポカだよ。ほら、まだ加齢臭とか無いはずだから安心して」


「も、もうっ! 大崎さんは!」


 私は泣きながら大崎さんの上着を羽織った。店内の暖房に当てられていたからか、その上着はとても暖かかった。


「——実はさ、謝らなきゃいけないのは、俺かもしれないって思ってる」


「ど、どういう事ですか……?」


「梨奈さんってさ、俺たちの地元のコンビニでバイトしてた事あるよね? この店に初めて来た時、小さくペコッペコッて頭を下げるのみて、すぐに思い出したんだ」


 そう。私は整形する直前までそのコンビニで働いていた。まさか、大崎さんがお客さんで来ていたなんて……


「その時から気になってたんだ、梨奈さんの事。ただ、コンビニで働いてた頃って、一度も目を合わせてくれなかったでしょ? この店に来て、初めて目が合ったとき凄く嬉しかったんだ、俺」


 私はただただ、黙って大崎さんの話を聞いていた。


 あの頃の私を気に掛けてくれていた人が居たなんて……


「だから、言うべきだったのは俺の方だったんだよ。『あのコンビニで働いてた梨奈さんですよね?』って。……俺が変に気を使ったせいかもしれない。ごめん……梨奈さん」


 頭を下げる大崎さんの前で、私はしゃがみ込んでしまった。溢れ出る涙の理由は、もはや分からなくなっていた。多分、今の涙は大崎さんの優しさに対しての涙なのだろう。



 私が落ち着きを取り戻して店に戻ると、瞳と優香は居なかった。


 店を飛び出した事を、他のスタッフに謝って回ったが、だれ一人怒る人は居なかった。その後、大崎さんは店が閉まるまでカウンターで飲み、二人一緒に店を出た。お客さんと退店するなんて、初めての事だ。


「私、いつかは言おうって思ってたんです、大崎さんに。もし……ほら、昔の写真見せて! とかなったら困るなって……」


「じゃあさ、もし俺が実はヅラだったとしたら、告白してもフラれたりする?」


「ハハハ。そうだとしても、大崎さんならオッケーです」


 答えた瞬間、私はめられたと思った。大崎さんがヅラであろうとなかろうと、告白されたら付き合うと言ってしまったようなものだ。


 だけど、私以上に驚いていたのは大崎さんだった。


「じゃ、じゃあ、俺と付き合ってくれるって事……?」


「は、はい。……え? 今の、そういう意味じゃなかったんですか……?」


「全然そんなつもりじゃ無かった……まさか、こんな形で告白しちゃうなんて……」


 そう言うと、大崎さんは両手を上げて「よっしゃーーー!!」と大声を出した。ここ数日、いつ私に告白しようかと悩んでいたらしい。



「最悪な一日だって思ってたのに、最高の一日になっちゃったかもしれません。——瞳と優香には、感謝しなくちゃいけないかもしれませんね」


「本当だね。あ、そうそう。一応言っておくけど、俺の頭は地毛だから。今の所は……」


「ハハハ、どちらでも構わないですよ。どうせ年老いたら、みんな薄くなるんですから」


 そんな会話の中、大崎さんは自然に私の手を握ってきた。夜空の下、一緒に手を繋いで歩くなんて初めての事だ。

 

 この道をずっと行けば、私たちの地元。距離的にはタクシーを使うべきなんだろうけど、少なくとも私はこのままがいい。大崎さんもそのつもりでいてくれている気がする。



 大崎さんが、握っていた手に少し力を入れてから言った。


「実はさ……バーで梨奈さんに会った時に運命を感じたんだ。ああ、やっぱりこの人には再び出会う運命だったんだなって」


 前を向きながら話す大崎さんの横顔を、私はじっと見つめる。大崎さんはその視線に気付いたのか、慌てて言った。


「……い、言っておくけど、ストーカーじゃ無いからね! それは絶対に!!」


 そのセリフに、私は思わず吹き出した。釣られて大崎さんも腹を抱えて笑う。


 二人の笑い声は静まりかえった寒い夜空を、少しだけ賑やかにした。





〈悩める整形女子! 了〉

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