第七話 バイトの後輩

PV3000記念

―――――――

 食器を返して、食堂の人に今日も美味しかったですと言ってからその足で用務員さんを探しに行く。

 トイレの掃除が終わったばかりの用務員さんに声をかけて、食堂に連れていくと、そこに広がる惨状を目にして昨日の記憶と俺の顔が一致したのか、俺の方を見て『またお前か……』という顔をする。

 しかし、これは断じて俺のせいではない。いや、一割くらいは担っているかもしれないが、ほとんど俺のせいではないのにそんな顔をされるのは心外だ。


 数也達は俺が用務員さんを呼びに行っている間に席を離れたようで、机には三澪と四姫だけしか残っていない。

 用務員さんはこの大学の用務員をやっているだけあって、ほとんど動揺せずにこいつらが犯人かという目で三澪たちを見る。

 三澪達は流石にそんな目で見られたら居心地が悪いのか、もじもじしている。

 そして、それを見た用務員さんがさらに視線を鋭くする。

 悪循環だ。


 今日はもう講義が終わったのに、いつまでもここで時間をつぶしたくはないので、三澪達を連れてこの場を立ち去ることにする。

 昨日のことがあるので、体には触れないように注意して、声だけを掛ける。


「三澪、四姫。行くぞ」


 彼女らも早くここから離れたいと思っていたのか、食い気味に返答する。


「わかったわ」

「了解」


 そして、早歩きで俺を追い抜かし、部室の方へ向かっていく。

 俺は、あいつらと同じ集団だと思われないように、一定の距離を保ちながら、後ろをついていく。

 部活棟が近づき、彼女らが部室の前に着くと扉を開けて四姫が中に入る。

 三澪は何故か、扉の前で立ち止まったままだ。

 俺は何となく嫌な予感がして、じりじりと後ずさりながら、顔はそのままで少しずつ体の向きを反転させていく。

 彼女は、俺の体が半分ほど捻れたあたりでバッと後ろを振り向く。

 そのまま、一目散に俺に向かって走ってくる。


 俺はその予兆を視認した瞬間、勢いよく体を反転させ、脱兎のごとく逃げる。

 廊下を歩いている人達の間をすり抜け、周りに女を侍らせてる迷惑な男は壁を思いっきり蹴って、飛び越え、速度を緩めることなく逃げ去る。

 途中でチラリと後ろを窺うと、俺に勝るとも劣らない速度で追いかけてくる三澪の姿。

 俺はそれを確認すると、このままだと追いつかれる! と思い、全速力で走り始める。

 大学を出て、昼だからか若干人通りが多い、飲食店の通りを人混みにぶつからないように避けつつ、駅までたどり着く。

 そして、ぎりぎり発射直前の電車に滑り込み、ホッと一息を吐く。

 その後、家につき、ようやく安心する。


 外出すると、思わぬところで彼女らに遭遇してしまいそうで恐ろしいから、出来るだけ家にいたい。

 しかし、いつまでも家に籠っているわけにはいかない。

 今日はバイトが入っているので、着替えをする時間なんかも考えると大した時間の猶予はない。


 窓からマンションの下の方を恐る恐る覗き込み、彼女らの姿がないか入念に確認する。

 誰もいないことを確認した後、部屋を出て、さも自然そうにエレベーターに乗る。

 勿論、廊下を歩いている間も周囲に目を走らせ、彼女らの影すらも見逃さないように、慎重に進む。

 道を歩いている間も、どこから彼女らがやってきても逃げることができるように警戒しながら進む。


 彼女らに大学がバレてしまった以上、もう安寧の地はバイト先だけだ。

 俺がどこでバイトをしているのか、この情報だけは死守しないといけない。

 それに、最近周りの部屋の人達が引っ越しの準備をし始めたのが非常に気になっている。

 最悪の場合は引っ越しも視野に入れないといけないが……。


 そうこう考えている間にバイト先の店舗に辿り着く。

 超有名ハンバーガーチェーン店だ。

 WcDonald'sと書かれた看板の下に立ち、自動ドアをくぐる。


「いらっしゃいま――先輩すか」


 同期のくせに、俺を先輩扱いしたがる女がそう言ってくる。

 俺はその態度に文句を言う。


「その態度は何だよ。別に俺でもいいだろ」


 すると、彼女はニヤニヤしながら楽しそうに俺を揶揄おうとしてくる。


「なんですか~? 挨拶してもらえなくて、すねてるんすか?」


 俺は若干うぜえと思いながらも、後ろを指さして忠告してやる。


「お前、後ろ後ろ。チーフのこと忘れてるだろ」


 そう言うと、彼女は仕事中だという事に気付いたのか、ギ、ギ、ギとブリキ人形のようにぎこちない動きで後ろを振り返り、顔を青くさせる。

 チーフはゴゴゴゴという擬音でも背負っていそうな圧をまき散らしている。

 持ち帰りの商品を受け取るカウンターに立っているので、誰も近づけず、商品が少しずつ冷めていっている。

 このままだと不味いなと思った俺は、彼女の肩を叩いて、向こうに行くように促す。


「おい。さっさとチーフのところに行ったほうがいいぞ」


 彼女はチーフの雰囲気が怖いのか、俺の方を振り向き、若干の上目遣いで言う。


「で…でも……怒られそうっすよ……」


 それを聞いた俺は、はあと溜息を吐き、励ましの言葉をかける。


「回転率的にすぐには怒られないから。それに、怒られるときは俺も一緒に怒られてやる」


 そこまで言うと、ようやく彼女はゆっくりとした動きでチーフの元へ向かう。

 チーフは女性が発しているとは思えないほどの怒気を収めて、彼女に一言告げると、仕事に戻っていった。

 張り詰めていた空気が弛緩し、ようやく金縛りにあったように動かなかったお客さんたちも硬直が解け始める。

 俺も動き出し、スタッフルームに行く。


 ピークの時間が過ぎ、4時くらいになったころ、俺と彼女は同時に休憩に入った。

 いや、正しくは俺が休憩に入ると、彼女がついてきた、か。

 いつも俺の後を、雛鳥かと突っ込みたくなるほど付いてくるので、もう誰も違和感を覚えない。

 それに、不思議な縁もあるものだが、俺が入っているシフトには必ずと言っていいほど彼女のシフトが重なっている。

 というか、彼女の方が働いている量が多いから、俺が彼女のシフトに重なっていると言った方がいいのか。


 ともかく、それだけ関わりが多く、同期で、彼女のフレンドリーで誰とでも仲良くなれそうな質が相まって、よく話すようになり、たまに相談に乗ってもらったりしている。

 今日も、一夏達のことをどうしようか、判断を仰いでみようと思って、俺は話し始める。


「なあ。ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれるか?」


 彼女はいつの間に買っていたのか、ストローでちゅーと飲み物を飲みながら、俺のことを見つめる。

 ストローから口を離し、目を愉快そうなものにしながら俺に向かって話しかけてくる。


「なんすか? 彼女が欲しいとかっすか?」


 彼女が割と俺の話に近いことを言ったことに若干驚きながら、返答する。


「まあ、似たような話だな」


 それを聞いた彼女は、少し声を弾ませ、上ずったように提案をしてくる。


「それなら~……私がなってあげてもいいっすよ…?」


 後ろの方の声が小さくなり、聞きにくかったが一応全部聞き取れたので、彼女の勘違いを正す。


「違う違う。俺の元カノの話なんだけどさ」


 俺が本題に入ろうとすると、その言葉に被せてくるように彼女は驚きの声を上げる。


「え! せ、先輩……彼女いたんですか……? 嘘!?」


 ちょっと、ここまで驚かれるとなかなかにグサッとくるので、対応がおざなりになる。


「そうだよ。それで、本題に入るぞ」


 彼女はまだ詳しい話を聞きたそうにしながらも、しぶしぶ俺の話を聞く体勢をとる。


「実はだな……カクカク、シカジカなんだよ」

「先輩。寒いジョークはいらないっす」


 俺が円滑に話を進めようと、発した冗談が躊躇なく切って捨てられる。

 心なしか、彼女の俺を見る目が冷たい。

 これは早めに話を始めないと、どんどん視線が冷えていくぞと思った俺は慌てて、真面目に話し始める。


「いや、実はな……俺の通ってる大学に元カノが大量に押しかけてきたんだよ。一年の時に影すら見えなかったから、大丈夫だと思ってたんだけどな」


 彼女はその俺の言葉を聞いて、はあと溜息を吐く。


「先輩は調子に乗りやすいし、すぐに油断するっすからね」


 そんなことはない! と言いたいところだが、心当たりがチラホラと記憶から出てくるので、何も言えない。

 かろうじて、おっしゃる通りですとだけ言い、項垂れる。

 そのまましばらく沈黙していると、彼女が焦りだしたような気配を感じる。

 彼女は、あの言葉で俺がここまで落ち込むと思わず、あたふたとしている。

 あまり黙っていても、彼女を困らせるだけだと思ったので、意識を切り替えて顔を上げる。


「あ、あの……先輩のそういう所、私は好――」

「よし。話の続きをするぞ!」


 と、彼女が俺に言葉を遮られて、ピキと固まっている。

 そのまま、段々と顔が赤くなり、ほっぺを膨らませ、プイと横を向いて目を合わせてくれなくなった。

 何度か声をかけてみたものの、完全にむくれてしまった彼女は俺の言葉に一切反応せず、休憩の時間は終わってしまった。

 仕事に戻っても、彼女は俺と視線を合わせようとしない。

 見られているような気配を感じて振り向いても、慌てて顔を逸らす。

 完全に俺と会話する気が無くなってしまったみたいだ。

 そんな状態で、仕事が終わり、一応駅まで一緒に帰るか誘ってみようと彼女の近くに行くと……チーフに捕まった。

 ここで俺と彼女の視線は交わり、俺たちの内心は完全に一致した。


『お説教のこと、忘れてた……』


 幸いにも、それなりに遅い時間だったからか、割と早めに解放された。

 店長とチーフはまだ仕事があるから、残るみたいだ。

 夫婦仲がよろしくて、羨ましい限りだな。


 説教から解放されると、俺と彼女は、というか彼女は昼のことを忘れたように、俺に話しかけてきて、一緒に帰ることになった。

 まあ、俺も昼の相談のことをすっかり忘れて、雑談しながら帰ったわけだが。


 駅について、彼女と同じホームに向かっている途中、はたと気づく。


「なあ。そういえば、お前がこんな時間まで残ってるのって珍しくないか?」


 俺の言葉を聞いて、彼女は驚きと呆れが半分ずつ内包された顔で、俺に返答してくる。


「今気付いたんすか? 私、もう大学生っすよ」


 マジで? という言葉が口から出かかったが、グッと堪える。

 ここでその言葉を発すれば、さらなる呆れた目で見られるだろう。

 しかも、あの口ぶりからして、今年に大学生になったと思われる。


 今の今まで、同い年だと思っていた……。

 まさか、本当に年下だったとは……。


 続々と明かされる新事実に驚愕しっぱなしだ。

 ここは年上として、これ以上侮られるわけにはいかないと考えて、虚勢を張る。


「いや? 別に知ってたし……」


 彼女は俺の言葉を聞くと、ふ~んと言って疑わしげな眼で見てきた。

 そして、何か思いついたようにパッと顔を明るくすると、ムカつく笑顔で俺のことを小突いてくる。


「いや~…先輩がそんなに私のことを知ってくれてたなんてねえ? 私、先輩に年齢言ったことないはずなんすけどねえ?」


 グッとむせる。

 まさか、そんな切り返しをしてくるとは……と驚き、なんとか返そうとするが、上手い言い訳が思いつかない。

 俺が悩んでいるのを、彼女は楽しそうに眺めている。

 ほらほら~どうなんすか? と言って、俺の脇腹をツンツンしたりもしてくる。


 そんな風に彼女が俺を揶揄って楽しんでいると、ようやく電車がやってきた。

 俺がドアの前からズレると彼女も一旦手を止めて、同じく横に動く。

 仕事帰りのサラリーマンと思しき姿がいなくなった後、電車に乗り込み、席に座る。

 彼女はわざわざ俺の真横に少し隙間を開けて座る。

 さっきの話を蒸し返されては都合が悪いので、俺は話題を変えるように提案をする。


「今日は時間も遅いし、送ってくぞ」


 すると、彼女は手を顔の前で振って、遠慮する。


「いや、大丈夫っすよ。私ももう大人なんですよ」


 俺は彼女のデコをズビシと指で弾き、警告する。


「お前なあ……可愛いんだから、こんな時間に一人でいると襲われちまうぞ。ただでさえ、無防備な恰好なのに……」


 彼女は俺のデコピンで赤くなったおでこを手で押さえ、何故かほっぺを赤くして上ずった声で反応する。


「か、かわいいって………ごほん、大丈夫だって言ってるじゃないっすか。あ、それともあれっすか? そんなに私と帰りたいんすか?」


 俺を揶揄うふりをして断ろうとしているのだろうが、笑顔がうまいこと作れていない。

 口の端がヒクヒクしていて無理しているのが丸わかりだ。

 俺は彼女の頭をポンポンと叩いて、無理すんなよと声をかける。


「はあ~!? 無理なんてしてないですし! どうしても私と帰りたい先輩に付き合ってあげてるだけっすし!」


 おい! 声、声でかいって! と小声で言うと、彼女は周りを見回して、若干俺たちのことを目を細めてみている人達を見て、あうと小さな声を出して俯いてしまった。

 ここまで嫌がるなら付いていかないほうがいいかと思って、丁度俺が降りる駅に着いたので、彼女に一声を掛けてから電車を降りることにする。


「おい。俺、この駅で降りるから。ちゃんと気をつけて帰れよ」


 そう言うと、彼女は不思議そうな顔をして俺に疑問を投げかけてくる。


「あれ? 先輩、なんでここで降りるんすか? ここは私が降りる駅っすよ」


 二人して首を捻る。

 そして……。


『あ! お前先輩! 同じ駅なのかなんすか!』


 という結論に到達する。

 そして、電車が出そうになっていたので、慌てて降りて、二人で顔を合わせて、危なかったなと笑う。


 そのまま、改札を出て別れようとしたが――なぜか彼女は付いてくる。

 なのに、彼女は俺に文句をつけてくる。


「先輩! 一人で帰れるって言ったじゃないっすか!」


 だが、俺からすれば単なる言いがかりでしかない。


「いや、俺の家、あっちの方だし。むしろ、お前が付いてきてんだよ」


 そんな俺の言葉に、彼女は憤慨し、さらなる言葉を重ねる。


「一緒に帰りたいならそう言ったらどうっすか!? 先輩がどうしてもって言うなら、私だって一緒に帰るのはやぶさかではないんすけどね!」


 と、そこまで言ってから、赤面する。

 こんなに情緒不安定だったかな? と不安になりつつも、マンションが見えてきたので、俺の言い分こそが正しいと証明するために指をさす。


「「ほら、あれがの家です」」


 彼女と俺の言葉が完全にハモった。

 横を見ると、彼女も同じマンションを指さしている。

 もしかして……と思った俺は恐る恐る、彼女に部屋番号を聞く。


「なあ……お前の部屋って、何階?」

「先輩こそ何階なんですか?」


 と、俺と同じ予想をしてそうなのに、目を輝かせているように見える彼女がそう聞き返してくる。

 じゃあ、せーので言うかと俺が提案すると、彼女はいいっすねと同意する。


「せーの!」


『五階!』


 一緒だ……と若干、落ち込んだ風の俺を見て、彼女は心外だと言った様子で話しかけてくる。


「こんな可愛い後輩と同じマンションだったって言うのに、ずいぶんな反応っすね、先輩」


 このままだとまた、むくれそうなので、いや嬉しいよとだけ言って、黙る。

 俺は彼女が何か言ってくるものだと思っていたが、何も言ってこない。

 不思議に思って、少し後ろの彼女を見ようとすると――。


「だ、ダメっすよ! 後ろ、振り向いたらダメっす!」


 と言われたので、釈然としないものを感じつつも従う。


 その後は、しばらくして俺の横に並んだ彼女と軽い雑談だけして、エレベーターに乗って、真正面の部屋が彼女のものだったと判明して、凄い偶然にまた、笑って、別れた。


――――――――

ヤバイ。後輩ちゃんがヒロインの貫録を出してきている。

元カノと部長! 頑張りなさい!


追伸

なろうの方で投稿している作品が、毎週日曜に更新しているんですが、来週分の更新が結構こっちの作風に近いので、おすすめしておきます。


https://ncode.syosetu.com/n7424hf/

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