鈍感少年[The insensitive boy]

靣音:Monet

前編

「小田せんぱーい、一緒に写真撮って貰って大丈夫ですか?」


 ランニングに向かう途中、小田が1年生の女子に声をかけられた。


「おう、いいよ! えーと、ハルカちゃんだったよね? えーと、隣の子も一緒に?」

 

「はい、この子も! あと、佐山先輩もいいですか? 出来れば4人一緒で……」


 俺も!?

 急に俺の名前も出てきてビックリした。


 撮影はハルカのスマホだった。自撮りの枠から外れないよう、顔を寄せる。ディスプレイに映っていたハルカの友人に目が行った。


 黒目の大きな、笑顔が可愛い女の子だった。


 角度やポーズを変えて、3枚ほど撮る。女子はホントに自撮りが上手だ。


「先輩ありがとうございました、小田先輩、写真送るんでLINE教えてください!」


 なるほど、写真も撮れて、LINEも交換出来る。一石二鳥だな。


「もちろん! ……で、ハルカちゃんさあ、やっぱマネージャーにはなってくれない? テニス部の1年生マネージャー、一人しか居ないから大変なんだよ」


 2ヶ月前、新入生の下校時間に合わせて、毎日のように新入部員の勧誘をしていた。部員は少しずつ増えるものの、マネージャーは一向に希望者が見つからなかったのだ。


 その時、もう一押しで入ってくれそうだったのが、このハルカだった。


「んー、バイトしてるから無理だなー。バイト辞めることあったらまた考えます!」


 ハルカと友人は「ありがとうございました!」と言って、校門の方へ駆けていった。



「ハルカちゃんもだけど、友達も可愛かったな。俺たちに気があるよ、あれは」


 後輩女子に声をかけられて、小田は得意げだ。まあ、確かにコイツはそこそこのイケメンだし、一緒にいて楽しい。モテる理由も分かる。


「俺たちってか、目当ては小田でしょ。ハルカちゃんは完全にお前って感じだし、もう一人の子だって、一度も俺と視線合わなかったし」


「じゃあ、なんで佐山も一緒に撮ろうってなるんだよ」


「あのさぁ……一緒にいるのに、俺だけスルーとか可哀想だからでしょ。……ってかさ、ハルカちゃんに付き合ってください。とか言われたらどうする?」


「ハルカちゃんなら、OKに決まってんじゃん。って言うかすまんな、お前の高2の目標サラッとクリアしちゃって、ハハハ」



 高2の目標か……


 高2になってすぐの頃、部活終わりのファミレスで俺たちはそれぞれの抱負を語り合った。

 「ダブルフォルトを減らす」「まずは地区予選を勝ち抜く!」そんなテニスの話で盛り上がったのも最初の内だけだった。やっぱり彼女欲しいな、それも下級生なんかに告られたりしたら最高だな! なんて話題に自然と移っていったのだ。


 その時に言った俺の抱負が——


「えー。テニスの方は、試合中に緊張しない。恋愛の方は……後輩からLINE交換してください。って言われたい。以上」


 皆に「目標ちっさ」と笑われたのは言うまでもない。



******



 スマホが机の上で震えている。小田からだ。字を打つのが面倒だからと、電話してくることが多い。何でもLINEで済ませる俺とは正反対だ。


「佐山? 来週末、遊園地行かね?」


「まあ、空いてるけど。誰と?」


「ハルカちゃんと、こないだのもう一人の子。藤崎さんって言うんだって。俺ら4人で」


「俺、付録感半端ないんですけど」


「まあまあ。ハルカちゃんタダ券持ってるんだって、ちょうど4枚。タダだし付き合ってよ。俺の為だと思って」


 結局、小田に押し切られて俺も行くことになった。

 さて……どんな服を着ていこう。テニス部の奴らとカラオケに行くのとはちょっと違う。4人とはいえ、デートらしいデートは生まれて初めてかもしれない。



******



 俺と小田は遊園地の入り口に、約束の15分前には着いていた。白い雲はチラホラあるものの、カラッとした気持ちの良い晴天だ。


「お待たせしましたー! 先輩達、待ちました?」


 ハルカと藤崎さんは、約束のちょうど5分前にやってきた。


「ぜ、全然全然。さっき来たところ」


 小田が答える。ん? なんだこいつ、珍しく緊張してるのか?


 ハルカも藤崎さんも制服の時よりずっと大人っぽく見えた。かと言って背伸びしている感じでもなく、なんというかオシャレと言うか……


 二人には申し訳ないが、高2男子のファッションに対する理解なんてこんなレベルだ。


 俺はと言えば、ファストファッションで固めた上下にアディダスのスニーカー、小田は「これ高いんだぜ」といつも自慢しているブランド物のティーシャツを着ていた。

 小田が気合いを入れている時はいつもこのティーシャツだ。俺たちは何枚も服を買えるほど金に余裕は無い。


「じゃ、これチケット。ほらここに『優待券』って書いてるでしょ。本当にタダだから気にしないでくださいね」


「なんだよそれ、余計気にしちゃうじゃん。気にする気にするぅ」


 いつもの小田に戻ってた。さっきは私服のハルカにドギマギしていたのかもしれない。



 最初は俺と小田、ハルカと藤崎さんのペアで歩いていたが、気付けば俺と藤崎さんが一緒に歩く形になっていた。


「そういや、ハルカちゃんにカノンって呼ばれてるけど、あだ名なの?」


「違います、名前ですよ。『花の音』って書いて、カノンです」


「ええっ! めっちゃ可愛い名前じゃん! 芸名とか?」


「モデルやってる女子高生ならともかく、芸名なんて無いです! すみません、ちょっとウケます」


 そう言って藤崎——いや、カノンちゃんはクスクスと笑い出した。


 なんだろう、やっぱり笑顔が可愛い。


「そっか、マジで芸名かと思っちゃった、ハハ。俺はソウタ……」


「知ってますよ、『蒼い』のソウに『太い』のタですよね」


 思わずカノンちゃんを横目に見る。


 俺の視線に気付いてるはずなのに、こっちを見てくれない。


「なんで知ってるの?」


「んー……秘密です」


 そう言うと、彼女は俺を見ていたずらっぽく笑った。




「なあ小田、絶叫系はいつ乗るのよ」


 次はこっち! その次はあっち! と先導する小田だが、大人しいアトラクションばかりで絶叫系は今の所一つも乗っていない。


「え……? 小田先輩、もしかして絶叫系苦手なんですか?」


 ハルカが意地悪そうな笑顔を浮かべて小田を覗き込む。


「……な、ワケねーじゃん! 最初から飛ばすと、大人しいアトラクション乗っても刺激無くなっちゃうだろ。ちゃんと考えてるの俺は」


「私は絶叫系エンドレスでも全然構わないですけど? とりあえず、これ乗っちゃいましょうよ」


 ハルカが指さしたのは、園内一の絶叫マシンだった。

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