解体作業の見学


「副団長!」

「どうしたの、リオ……って、なんでセイディまで……」


 十数分後。セイディは騎士団の寄宿舎の裏手にある庭にやってきていた。そこでは、ベテランと思わしき騎士たちがワイワイとしながらドラゴンの解体作業に当たっている。解体作業の全体的な指揮を執っているのは、どうやらアシェルのようであり、アシェルは遠目から大声で指示を出していた。


「……こんなの、女の子が見ていていいものじゃないよ」


 アシェルはセイディがやってきたことに対して、顔をしかめる。確かに、ドラゴンの解体作業は大変なものであるし、少々グロテスくなところもある。血になれていない令嬢ならば卒倒ものだ。……まぁ、セイディは元聖女ということもあり血には慣れていたのだが。神殿には大怪我をした人間が運ばれることもあり、その治癒に当たるのが聖女だった為だ。


「いえ、私が見てみたいと言ったのです。少々、興味がありまして……」

「興味って……セイディ、変人?」

「関わった人の大体半分以上にはそう言われます」


 セイディは端的にそう答えながら、ドラゴンの羽の部分を見つめる。綺麗に切り取られた羽は、売りさばけばかなりの額になりそうだ。ドラゴンは肉こそ食べられるものの、羽などの一部の部位は食べられない。そのため、専門の業者に売ったりする。そうすれば、観賞用の品として加工され、貴族が買い取ってくれるのだ。……まぁ、ドラゴンを狩ってくる人間はそう簡単にはいないのだが。


「セイディは、血とか平気なんだね」

「まぁ、元聖女ですから」

「そう言えばそうだっけ。……新米の騎士とかも、こういうのを見ると卒倒する奴がいるんだよ。全く、軟弱なもんだよ」

「……卒倒して、ある意味当然なのでは……?」


 アシェルの言葉にそう返しながら、セイディは解体作業をしているベテラン騎士たちに近づいていく。その中心部にはミリウスがおり、何やら近くで指示を出しているようだ。大方、アシェルが全体を見て指示を出す係であり、ミリウスは至近距離で指示を出す係なのだろう。


「あれ? セイディ?」

「はい、セイディです」


 ミリウスに声をかけられ、セイディは静かに言葉を返す。ふと後ろを振り返れば、ルディやオーティス、クリストファーはドラゴンの解体作業に軽く引いているようだ。……この場合、若い三人の少年騎士たちの反応が正しいのである。決して、セイディの反応が普通ではない。セイディが逞しいだけだ。


「なんでこっちに来たの?」

「いえ、ドラゴンの生態を私も知りたいと思いまして」


 それは、セイディの心の底からの気持ちだった。セイディは魔物やドラゴンの部類に昔から興味があるのだ。まぁ、それは「食べたら美味しいのかな……?」という好奇心からなのだが。その好奇心の感情は、決して口には出さない。


「そっかそっか。セイディは逞しいな」


 ミリウスはセイディの回答に満足したのか、セイディの肩を軽くパンっとたたく。それはかなり手加減をしてくれたらしく、特に痛みはなかった。そして、ミリウスはセイディの肩に軽く腕を乗せると「……ドラゴンってさ、狩るの大変なんだよ」なんて至極当然のことを教えてくれる。


「いえ、それは知っています」

「まぁ、一般常識だしな。俺は一人で行くけれど、普通は百人以上で狩りに行く獲物だ」


 そんなミリウスの言葉に眉一つ動かさず、セイディは「そうなんですか」とだけ返す。ドラゴンを狩るのは大変だとセイディだって知っている。しかし、そんな事細かい事情までは知らなかった。そう思いながら、セイディは心の中の辞書に新しいこととしてその情報を刻み込む。セイディは学ぶことが比較的好きなのだ。


「……殿下は、何故そう言うことをされるのですか?」

「……こういう話に食いついてきた女は初めてだわ。あと、殿下って呼ぶな。ここでは団長だから。……せいぜい、様付けでいい」

「では、ミリウス様」


 ミリウスの提案を素直に受け止めながら、セイディはそんなことを問いかける。そうすれば、ミリウスは「自分の限界を試したいから」などという王族らしからぬ回答をしてきた。普通、王族とはこういう泥臭いことを嫌うのではないだろうか? そう思ったものの、セイディの方を見たミリウスの瞳に濁りなどなく。ただ、それが真実だとでも言いたげだった。


「俺は兄と十歳年が離れている。だから、比較的過保護に育てられてきた。けどさ……いつしか、これじゃあダメだって思った。……セイディも、そう言うところあるだろ?」

「……まぁ、そうですね」


 実家で虐げられていた時、このままではダメだとセイディは確かに思っていた。しかし、行動に移さなかったのはいろいろな役割がセイディにはあったから。いつしかその役割を捨て、自由になりたい。そう、願い続けてきた。そのため、レイラがジャレッドと聖女の座を奪ったのは、セイディにとってある意味ラッキーなことだったのだ。


「けど、私は自ら行動しませんでした。その場に、居座り続けていました」

「まぁ、自ら行動するのって難しいもんな」


 ミリウスはまるでセイディの気持ちを見透かしたような言葉を投げかけてくる。それに、徐々に居心地が悪くなり始めたころ。不意に「殿下!」という声が、セイディたちの後ろから聞こえてきた。


「……げぇ、ジャック」


 その声を聞いて、ミリウスは心底嫌だとでも言いたげな声を上げていた。その後、ミリウスの頭に……軽いげんこつが降ってくる。


「またドラゴンを狩ったとか、勘弁してくれ! 魔法騎士たちが訓練に集中できないじゃないか!」


 そんな声に驚き、セイディが声の方に視線を向ければ――そこには、騎士団とは少し違う制服に身を包んだ、どこか気難しそうな顔立ちをした青年が、いた。

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