第5話

 龍は雨音で目を覚ました。

 身体を起こす。

 隣には田代がうつ伏せの状態で寝ていた。

 その姿に少し笑い、田代の頭を軽く撫でた後、ベッドから立ち上がる。

 部屋には脱ぎ捨てたままの二人の衣服が散乱していた。

 それらを掻き集め、種類ごとで洗濯ネットに入れ、洗濯機に放り込んだ。

 他にも洗濯物がないか確認した所で、龍は浴室に入る。


「昨日買った食材、結局朝ご飯になるな」


 そう呟きながらシャワーを出す。

 昨日は自室の扉が閉まるなりすぐに田代は龍を抱き寄せて唇を重ねてきた。

 スーパーのレジ袋を守りながら、とりあえず一度落ち着かせて、何とか食材を冷蔵庫へ。

 しかし、その冷蔵庫の扉が閉まるや否や、再び龍は田代に抱き寄せられる。


「嫌な事でもあった?」


 キスの合間に龍が聞くのだが田代は答えない。

 まぁ、嫌な客でも来たのだろう、そういう時はいつもこうだ。

 恐らく、駅から自宅までいつも以上に上機嫌だったのも、原因はこれだとすぐに理解した。

 田代は龍に喋る暇を与えない様にキスで口を塞ぎながら、龍の服を脱がせていく。

 このままやられるのも癪な龍は、田代を無理矢理ベッドへ押し倒した。

 そこからは二人が眠りに落ちる夜中まで事は続いたのだった。


「今日は二限からだから楽だ」


 頭を洗いながら龍が呟く。

 今は朝の七時半、二限目の講義は十時五十分から開始なので、朝食を作って洗濯物を干す時間もあるだろう。

 そんな事を考えながらシャワーでシャンプーを流す。

 すると、急に後ろから抱き締められた。


「起きたの、美穂」

「うん、おはよ」


 田代はそう言って龍の首筋に口付けをする。


「今日のシフトは?」

「昼前から。だからまだ時間あるの」


 そう言って田代は龍を振り向かせて唇を重ねてくる。

 熱いシャワーを浴びながらのキスはすぐに酸欠になる。

 それでも田代は辞めない。

 流石に酸素を求めて龍は唇を話す。


「死ぬって!」


 龍の訴えをフフフと軽く鼻で笑い飛ばした田代は、そのまま跪いて龍の陰茎を咥えた。


「ぁっ……」


 このままだと朝食を作る時間が無くなるなと、少し冷静に考える龍であった。



「あれ?龍ちゃん、なんか一晩で痩せた?」


 登校してきた龍の姿を見て藤原が言う。


「気のせいだよ」

「さては、搾り取られましたね?お兄さん」


 同じクラスの別の男子が茶化す様に言う。


「下世話な話は辞めろ」


 あながち間違いではない為、龍のツッコミにもキレがない。

 それを見ている周りに集まっていた男子数人がケラケラと笑っていた。

 龍は溜息を吐きながら缶コーヒーのブラックを飲んだ。

 結局あの後は時間いっぱいまで肌を重ねていた。

 お陰で、講義にギリギリの時間の電車に乗る羽目になったのだが、間に合っただけまだマシだと考える事にする。

 龍は自分が話題の中心になるのが苦手だ。

 なのでこの様に囲まれて自分に関する話で盛り上がられるとテンションが下がる。

 というか朝の事もあり、既に眠気が襲ってきていた。


「まぁ、今日は講義が楽だから良かったじゃん?」

「講義が楽な日を選んでんの……」

「ほほぉ~、つまり昨日はヤル気満々で帰った訳だ!」

「つか、お前の方はどうなんだよ」


 龍は一人の男子に反撃する。

 コイツは同じクラスの女子を付き合っているのだ。

 この事もクラス全員にとっては周知の事実。

 クラスで最も可愛いと男子内で噂される女子が相手なので、その噂は龍の話と同じくらい高速で広がった。

 既に教授陣にも知られているようで、一部の教授はわざわざ二人を近付ける様なグループ分けをする事もあるくらいだ。


「俺?まぁ、普通じゃね?」

「お互い実家通いだっけ?いっそ、二人で部屋借りて同棲したら?」

「出来たら苦労しねーって」

「何ならさっさと婚約すれば?」


 何気なく龍は言う。


「早過ぎない?」

「学生でも結婚は出来るからな。まぁ、卒業まではセーフティでだけど」

「他人事だと思って適当言ってるだろー」

「お前等だって適当言うだろうがー」


 男子達がケラケラと笑っていると、教授が教室へ入ってきた。


「いつも賑やかだなー」


 ぼやくようにそう言った教授は、そのまま講義を開始したのだった。

 特に何もない講義。

 中学や高校の時と変わり映えなどない。

 龍は大学にはある種の期待をしていた。

 一浪して大学に入ったのはいい。

 高校よりも高度なものが学べると思っていた。

 確かに、高校よりも高度なのは確かだが、何かが違うと思った。

 簡単に言ってしまえば、幻滅したのだ。

 眠くなる講義、単位のための試験、ただの詰め込みで創造性のない内容。

 龍は、自分がありもしない夢を見ていた事に気付かされたのだ。

 それがちょうど一年前の事。

 大学への幻滅からやる気が消え失せ、講義を休みがちになった。

 ただでさえ時間を持て余しているのに、講義すらも休むとなると暇というレベルを超えた時間がだぶついてくる。

 龍はその時間の殆どをゲームとSNSに浪費した。

 そのSNSでオフで飲む事になったのだ。

 ネット上のみで顔も本名も知らない人との飲み会。

 龍にとっては新しい刺激だった。

 最初は二十人弱の人間が集まったが、その中でもいくつかのグループが出来上がり、少人数での飲み会の回数が増えて行った。

 田代と出会ったのはその飲み会だ。

 SNS上でよく話をしていても、相手の性別など全く気にしていなかった龍だが、飲み会で会ってしまえばそうはいかない。

 何より、田代は美人だった。

 正直、圧倒された。

 そんな田代も龍の事を一目で気に入ったようだった。

 良く聞く音楽や昔見ていたお笑い番組など共通点が多く、SNSでよく話していた事もあり開始数分で意気投合した。

 LINEで直接連絡を取る様になり、二人で飲みに行く事も増えた。

 そんなある日、大学へのやる気がなくなっている事を笑うながら話すと、田代は真面目に龍の事を叱ったのだ。


「龍ちゃんが望んでるレベルが高過ぎてるんだよ。けど、今の大学のレベルをクリアしないとその高いレベルには到達出来ないんじゃない?」


 田代の言葉はやけに響いた。

 その後にこう言われた。


「私と付き合ってよ、龍ちゃん。一緒に頑張ろ?」


 それから龍は再び大学へちゃんと通い始めた。

 大学へ全く行かなかったのはそこ一週間程だったが、クラスメイトは体調不良だと思ってくれていたらしく、優しく迎えられた。

 地方出身だから仕方ないと教授にも言われた。

 今では真面目に講義を受け、成績もいい。

 だが、龍本人は知らない。

 久々に登校した龍は、右手薬指に田代とのペアリングをしていたのだが、それが原因でクラスの女子のLINEグループが荒廃した事を。

 『看病に行けばワンチャンあった』などと言う都市伝説まで出回ったのは、クラスの女子だけの秘密である。

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