第4話
「龍さんって彼女いるんですか?」
荒川は藤原に聞いた。
新歓の時期も過ぎ、関東は早々に梅雨入り。
夜に雨が降る事も多く、ジメジメとした日が続いていた。
雨が降れば観測は出来ない。
必然的に観測活動は少なくなるが、時間の余っている部員達は観測がないと分かっていても部室に集まって来る。
今日は梅雨の中休みらしく、久々に晴れ間が覗いていた。
「え?俺に聞くの?」
藤原は驚きの声を上げた。
龍と藤原が同じクラスなのは部員全員が知っているのだが、彼女がいるかどうかなど龍の性格を考えれば直接聞いて問題ない話である。
恐らく、気さくに答えてくれる筈だ。
それなのに藤原に聞くというのは、龍を好きな後輩が荒川に頼んで聞き出している可能性もある。
いや、荒川に聞いてもらうのであれば、それこそ龍本人に聞くのが早い。
藤原に聞くのは非効率的である。
「だって、龍さんと同じクラスでしょ、藤原さん」
「そうだけど、俺より本人に聞いた方が早いよ?」
「そうなんですけど、今思い付いたんで」
「荒川さんって、結構面白いよね」
「え?どういう意味ですか?」
「いや、そのままだけど。てか、龍ちゃんの彼女は社会人だよ?」
「やっぱり!」
藤原のその言葉に、荒川と清原の2人がキャーキャーとはしゃぎ始めた。
「やっぱりって?」
「だって、龍さんって何か同年代から見ても落ち着いてるっていうか」
「それじゃ俺達がガキみたいじゃん……。つか、龍ちゃんは一浪だから年齢的は3年の
「いやいや!田崎さんと北野さんよりも落ち着いてるじゃないですか!」
「さり気なく上の代をディスっちゃダメだって……」
藤原の忠告を恋バナに夢中な女子2人は全く聞いていない。
「何か盛り上がってるね」
ジャズ研と兼部している
飯倉も藤原や龍と同じクラスであり、龍に社会人の彼女がいる事を知っている。
龍はクラスの中でもそこそこ目立つ存在であり、クラスの女子からは恋愛相談を受ける様な立ち位置にいた。
ある意味、一浪で年上というのがいいのかもしれない。
クラスの女子からも割と人気であったが、ちょうど一年前くらいの事だ。
龍は右手の薬指にシルバーリングをして登校した。
藤原は後から聞いたのだが、クラスの女子の中に静かな衝撃が走ったらしい。
その日のクラスの女子のライングループは祭りというか、戦争状態だったと聞いている。
どうも、クラスの中に龍へ好意を寄せる女子が数人いた事もあり、僻む女子、龍を祝福する女子、茶化す女子など、かなりの荒れっぷりだったらしい。
当の龍本人は飄々としている為、余計にラインは荒れるばかり。
同じ実験班の女子が色々と聞き出した情報を実況するなど、後から聞いた藤原は軽く呆れてしまった。
そういう意味で、龍に社会人の彼女がいる事はクラス全員が知っているどころか、他のクラスにも知られている。
藤原と飯倉はその経緯を話した。
「そんな事があったんですね……」
「龍さん、話しやすいし優しいからモテますよね。顔怖いけど、面白いし」
「うん、モテるよね、顔怖いけど」
「褒めてんのかディスってんのか分からん」
「顔怖いけど優しいっていうギャップがいいじゃないの?女子には」
「俺等には関係ないわー」
ワイワイと話しているが、龍本人は一向に現れない。
それもそう、龍は既に帰っていた。
例によって、彼女に会うためにだ。
「割と遠いんだよな……」
その頃、龍は埼京線の車内にいた。
大学の最寄駅から新宿に出て、そのまま埼京線に乗り換える。
そこから数駅行った所が、龍の彼女の住む駅になる。
ドアが開き、ホームに降りる。
夕方の早い時間でまだ混んでいないホームを歩き、改札へ向かう。
「聡太!」
改札を潜る直前、龍の後ろから女性が勢いよく抱き付いてきた。
「危ないって、
龍は素っ気なく言いながら、改札を抜ける。
「仕事、お疲れ」
「聡太もお疲れ!」
「学生はそんなに疲れないよ」
「それは歳の事言ってる?」
「違う違う。授業中に寝たりしてるから」
ケラケラと談笑しながら並んで歩く。
彼女は
大手エステサロンのエステティシャンをやっている。
身長は龍よりも若干高く、スタイルもいい。
ハーフを思わせる整った顔立ちをしてるが、本人曰く生粋の日本人だそうだ。
「つか、いつも思うけど、こんな時間に帰れるの?」
「シフトによるよ。今日は朝からだったから夕方で上がり」
「ふ~ん」
繋いだ手をブンブンと嬉しそうに振りながら喋る田代の横顔を眺める龍。
「なに?」
田崎の大きな瞳が龍を捕えた。
「いや、なんか嬉しそうだったから」
「そりゃそうだよー。聡太は嬉しくない?」
「嬉しいよ、見て分かんない?」
「聡太は読みにくいんだよー」
そう言って龍の頬をぐりぐりと指で押す田代。
日も落ちかけている道でキャッキャとじゃれ合いながら田代の家へ向かう。
聡太の手には、スーパーのレジ袋があった。
田代は料理が上手いのだが、聡太もそこそこ出来る。
その為、二人で家で過ごす場合は一緒に料理するのが恒例になっていた。
「今日は何作るの?」
「まだ考えてない。美穂の事だから、食材とか減ってると思って適当に買ってきた」
「流石は聡太!ほとんど空だったんだ、冷蔵庫!」
ニシシと悪戯っぽく笑う田代。
夕焼けに染まる道を歩く二人。
傍から見たら新婚夫婦にでも見えるのだろうか。
そんな事をぼんやりと龍は考えていた。
そうこうしているうちに、田代の住むマンションに着く。
エレベータで3階まで上がり、扉が開くとスキップ気味に田代が先に出て自宅の鍵を開けた。
龍は遅れて田代の自宅に入る。
「お邪魔します」
靴を脱ごうとする龍に田代は軽いデコピンを喰らわす。
「イテッ」
「違うでしょー」
むくれている田代を見て、龍は笑ってしまった。
「ただいま」
「お帰り」
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