人造人間ガラクター
鈴木
第1話 脱走
『秘密基地』という建築物がある。
強度的には日本国会が発行した建築基準法を満たしているが、政府の品質保障企画のJIS企画に保障されている素材を使用するケースはない。
よって秘密基地はだいたい建築基準法違反である事が多い。
核開発を核拡散防止条約の目から逃れるため、政府主導で秘密裏に設計建設されているケースが諸外国では目立つが、この日本で秘密基地を作る予算は自衛隊になく、悪の秘密結社のみが、警察やマスコミや世間の目を逃れるために、一般建築物に偽装したり、製薬会社の研究所を装ったりして、細々と運営されていた。
外見はともかく、内部は世間的に認められてないオーバーテクノロジーや理論によって武装された近未来であり、研究所を預かる鈴木博士も、空中に投影されている大小8の画面を前にオーケストラの指揮者のように両手を左右に振っていた。
ある時はデータを検索し、ある時は実行部隊にパスワード解除の暗号を送ったり、或いは基地に送りつけられる爆弾のようなコンピューターウイルスに対しワクチンを送り込んだりした。
「あんた、こんな所で何をしている」
突如部屋の片隅で小さな機動音と共に、壁が両開きの扉に変化して高速で開いた。
蜘蛛を模した改造人間。怪人・蜘蛛男が駆け込んでくるなり鈴木博士に怒鳴った。
「新種のコンピューターウイルスがきたから、基地オペレーターの手伝いかな・・」
白髪の混じった男は特に恐れることなく作業を続けた。
四角い眼鏡以外はこれといった特徴はないサラリーマン風の男だ。
キワモノのマッドサイエンティストが多い悪の秘密結社内部に置いて、アクが弱いというのは十分な特徴になれた。
「戦闘用人型ロボット・ニアが脱走しました」
蜘蛛男が空中に投影された画面を一つ消しながら叫んだ。
「新種(コンピューターウイルスの事)には私自身興味があったのだが・・」
残された7つの画面に保存をかけてから、蜘蛛男のほうに振り向いた。
「物事には順序があるでしょう」
蜘蛛男は複眼になっているせいか、にらみつけるような動作はしなかったが、それでもかなりイライラしていた。6本の腕を全て組んで小刻みに指を動かしていた、上司が事の重大さを理解していないと感じていた。
「自由になりたい、戦いたくはないが口癖だから。しかし、実行する度胸があったとは」
「作戦名・ソフィア。
敵基地を襲撃する、簡単ではない任務を成功させました。
作戦を終了させたとき、奴の暴走が始まりました。帰迎命令を無視しました」
蜘蛛怪人が肩口にある腕で何か作業すると、脱走した戦闘用アンドロイド・ニアの個人プロファイルを二人の間の空間に出現した。
二人の間に現れた身長60センチ程の映像は空中でゆっくりと回っていた。
輪郭は少し細長で鼻筋ははっきりしないが、鼻先は高い。目も瞳も子供のように大きめで幼い印象を与えた。睫が上下とも量が多く長い日本人のように見えなかったが、瞳はブラウンで髪は黒で肌は白に近いイエロー。よく見るとアジア系にも見えた。
作り物のアンドロイドだ。よく作ろうと思って作れば、彫刻のように人間以上に美しく仕上げられるのだろう。
身長、体重はともかく、動力や内臓武器の項で不自然に広がっている、少し回転している画面に蜘蛛男の指が引っかかれば「トップシークレットです、階級証明と専用パスワードをお願いします」とアナウンスが流れた
「停止命令は受け付けなかったのか」 博士の質問に黙って蜘蛛男はうなずいた。
「ウイルス弾は使用しなかったのか、それとも通用しなかったのか」
互いに責任を擦り付け合うと言うよりは、すんでしまった事は仕方がないとあきらめて少し客観的に原因を究明しようという態度が、双方に見られた。
「命中はした、怪人魂にかけて、俺が誓う。あいつは装甲だけは以上に堅いぞ」
何か証拠となりそうな映像を、蜘蛛男は脇の下にある手で開こうとしたが、博士が小さくその必要はないと指で画面の接続を制した。
「違うよ。あの装甲はプログラムだ。吸着性の電磁弾が通用しなかったと言う事は、停止命令プログラムを書き替えられている」
冷静な答えが帰ってきた。
怪人は指示を待った。
「『ローレライ』だ。奴しか考えられない」
蜘蛛男は少し歩き、頭をかきながら壁を殴った。
「博士の携帯電話で呼びかけてみて下さい。博士との間には人間的なつながりがあった。説得に応じるかも」蜘蛛男が青ざめながら答えた。
「私との人間的つながりを捨てて、組織から脱走したのだ。もう帰って来るつもりはないだろう」鈴木博士は小さく自潮した。
「我々はどうすれば良い」
蜘蛛男は力なく聞いてきた、彼自身どうにもならない事は分っていた、それでも質問せざるにはいられなかった。責任を取ることを畏れると言うよりも、まだ何か方法はないかと「ローレライ」一人が得をするような事は悔しかった。
「ナイーブ《傷つきやすいな》AIを積んでいたからな、機械扱いせずに夏休みを与えておけば良かったのだよ」博士が笑いながら言った
「もう、すんでしまった事でしょう。それに、あの問題児には、こちらの方が余程気を使っていましたよ」イライラしながら蜘蛛男は答えた。
「打つ手などない、ニアが我々を捨てたのだ」
二人の間でニアと呼ばれる60センチ程のポリゴンが笑顔を浮かべてクルクル回っていた。鈴木博士はメールアドレスをプロフィールの中から引っ張り出すと、空中に浮いたソフトキーボードで「連絡下さい」と打ち込んで送信した。
「本部に報告してきます」 蜘蛛男は部屋から出るために、入ってきた扉の前に立った。
「私から報告しようか」
「現場を預かっていたのは私です、責任は私が引き受けます」
「ありがとう」蜘蛛男は部屋から出た。
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