解釈違いから始まらない、異世界「スローライフ」……(完)

中田もな

(完)

「はぁー、俺も異世界に行って、のんびり暮らしてみてぇなぁー。あ、あと、最強スキルも欲しいなぁー」

「その願い、叶えてあげるわ! とっても素晴らしい、異世界ライフで!」


 ……突然現れた、謎の美少女。真っ赤なポニーテールの彼女は、異世界転生を司る女神だった。彼女は俺に劇物をたらふく食わせ、俺を無理やり殺害した。こうして俺は、ラノベのような異世界生活を満喫する……はずだった。






 ……気づくと俺は、鬱蒼とした森の中にいた。近くにあった池を覗くと、俺の顔は可愛い少年になっている。


「おお、これは……! 本当に、姿も変わっちまうんだな……!」


 俺は途端に有頂天になり、スキップをしながら森の中を駆け回った。異世界と言ったら、エルフやモンスターだろ? 何でもいいから、早く未知の生物に遭遇してぇなぁー。






「ぐぅおわぁぁぁぁぁっ!!」


 ――次の瞬間、俺の視線の端に、大きな熊みたいなモンスターが映った。そうそう、これだよ! 異世界と言ったら、よく分かんねぇモンスターだよな――。


「――って、えええええっ!?」


 やつは俺を察知した瞬間、目にも留まらぬ速さで突っ込んできた。時速なんてもんじゃねぇ……!! マッハ1、いや光速か……!?


「お、おいっ! 序盤で遭うモンスターにしては、動きが機敏過ぎるだろっ!」


 俺は何とか茂みに隠れ、美少女女神とコンタクトを取ろうとした。「めんどいけど、何かあったら、まぁ言ってちょ」と言われたからだ。


「だってあなたが、『異世界で暮らしたい』って言ったんじゃない」


 女神はせんべいをボリボリ齧りながら、俺の脳内に直接語り掛けてきた。


「ああ、言ったよ! 言ったけどさぁ! これじゃあ、暮らす前に死んじまうだろ!」

「うるさいわねぇー、文句が多すぎない? ……あ、ほら、またモンスターがやって来たわよ!」


 今度は上空を疾走する稲妻のごとく突っ込んで来る、お馴染みのぷにぷにスライム。いや、俺が見ているのは、やつの残像か……!?


「ちっくしょぉぉぉぉぉっ!!」


 俺は地球人のスピードのままで、のろのろと森の中を走った。幸いなことに、モンスターたちは速すぎるあまり、障害物にぶつかりまくっている。俺は必死に足を動かして、何とか序盤の森を突破した。






 ――次にやって来たのは、美しいエルフの里。やっと人に会えたと、俺は安心していたのだが……。


「和得hrfじゃsあおいwrsjkdf!!」

「awefoa skejtri oqawSijeste a;sKzjx ?」


 ……会話のスピードが速すぎて、イケメンが言うことも美少女が言うことも、等しくサッパリ聞き取れない。俺はとにかく困って、再び女神に助けを求めた。


「おい! 何も聞き取れねぇよ!」

「あんた、根性なさすぎ! いい? 私はね、あんたが『最強スキルも欲しいなぁー』って言ってたから、わざわざその世界に送り込んであげたのよ」


 は? 一体、どういうことだ?


「だーかーら! まわりが速くて、あんたは遅い! つまり、あんただけが『スローライフ』を送れるっていう、素晴らしいスキルでしょーが!」


 ――ああ、俺は驚いたぜ。まさか「スローライフ」に、解釈違いが存在するなんてよぉ……!


「大体ね、世界が違えば時間も違うでしょ? あんたまさか、異世界でも地球と同じように時が流れてると思ってたの?」


 女神はプリンを食べながら、俺のことを鼻で笑った。有名店の高級プリンを突いている点が、さらに腹立つ。


「じゃ、そういうわけだから。アデュー!」


 永遠の別れを残して、女神は俺の脳内からフェードアウトする。その間にも、俺はエルフたちの猛攻に遭っていた。


「σαςξκξωιθετωομαιψςεοωτριωπςρψ?」

「фцуеойзшщцкспирофаопвклду!」

「あああああっ!! もう、日本に帰してくれぇぇぇぇぇっ!!」


 ――失って初めて、人は自分の愚かさに気づく。俺は「スローライフ」解釈違いに怯えながら、マッハで移動するエルフに囲まれて、泣く泣く「スローライフ」を模索することになった。


(続かない)

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解釈違いから始まらない、異世界「スローライフ」……(完) 中田もな @Nakata-Mona

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