待つ

待つ

「ごめん、すぐ駅向かうわ」

という一言に焦るスタンプをつけて、彼女は僕にLINEした。

僕には、付き合って7年になる彼女がいる。

彼女は真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎて、気が弱い僕は、時たま危うささえ感じてしまう。

ヒソヒソ話をする女の子たちに平気で切り込んでいくし、お年寄りの方が乗ってきたら必ず席を譲る。

そして大胆だ。初めて2人で手を繋いだのも、キスをしたのも、同棲しようと言い出したのも、彼女からだった。僕は彼氏として情けなかった。

だけどちゃんと女の子なのは知っている。

いつもはジーパンにスニーカーで、いつでも走れます!みたいな格好なのに、デートでお出かけするとなったら必ずスカートを履いて、ヒールのあるピカピカの靴を履いてくるし、他の女の子と話した後に一緒にいると、無意識か少しムスッとする。

彼女はそんな、可愛らしくて強い女の子だ。

今僕は、駅前で彼女を待っている。

イルミネーションで彩られたロータリー中央の木を、彼女が「電飾樹木」と言っていて思わず吹き出した。それを思い出して、また僕は少し笑った。

彼女は駅近くのショッピングセンターで用事を済ませていたところだった。帰りが一緒になったので、待ち合わせることになったのだ。

彼女は遅刻魔だ。5分遅刻、30分遅刻、1時間遅刻はよくある。だから僕は、基本彼女を待っていることが多い。いつもなら、本を読んだり、スマホでゲームしたり、他の人とLINEでやり取りしたりして、彼女が来るまでの時間を潰すのだが、今日は何もせずにポッケに手を突っ込んで、手すりに寄りかかり、自分の吐く白い息を見ていた。

彼女はどんな風に来るだろうか。

慌てて走りながら来るだろうか。そして切れる息を整えて「ちょっと待って」と言うだろうか。ゆっくり僕の背後に回って、「ワッ!」と驚かしにくるパターンもありそうだ。声が大きすぎて、僕より、周りにいるサラリーマンや買い物帰りのおばさんの方が驚いてしまうところまで想像がつく。もし自分の買い物をしていたら、嬉しそうに買ったものを握りしめてやって来ることもあるだろう。そしたら歩くのが遅くなるから、僕から彼女に歩み寄って「何買えたの?」と聞くのだ。

考えながら、人を「待つ」って、こういうことなんじゃないかと思った。

そしていつもは文字通り、この時間を「潰して」いたんだなぁと思った。

僕はポッケの中に入っている小さな箱を指でさすった。

今日僕は、彼女にこれを渡そうと思う。

スーパーの会計が777円だったと、宝くじが当たった時のような喜び方で言う彼女に、同棲する前の別れ際、駅前だろうが何だろうがお構いなしに強くハグしてくれた彼女に、

僕を「待たせて」くれる彼女に。


「お待たせ〜」彼女がやって来た。

僕の予想は全て外れて、彼女は普通にやって来た。

「じゃあ、帰ろっか」

歩き出そうとすると彼女が止めた。

「はいこれ。メリクリ」

と言って、紙袋を差し出してきた。

「今日イブだよね?」彼女が言った。

しまった、そうじゃないか。

今日はそんなキラキラした日じゃないか。

そんな日に渡すなんてちょっとベタすぎないか?いやでも、遅らせるにしてもこの心構えを置いておくことはできないし……

「どういう顔?何迷ってんの?」

彼女が僕を覗き込んだ。この人には全部お見通しのようだった。

「ううん、何でもないよ。開けていいの?」

「いいよ。ていうか早く開けて早急に使って欲しい」

僕は紙袋から包装されたプレゼントを取り出して、中を開いた。

するとそれは、深い緑色のマフラーだった。

「こんな寒い中マフラー持ってない方がおかしいから!!」

彼女は僕からマフラーを奪い取ると、テキパキと僕の首に巻きつけた。

息が白いような気候なのに、僕は情けないことにマフラーを持っていなかったのだ。

「あったかい」

「何で今まで持ってなかったかが不思議だよ。見てて寒かったもん。じゃ、ほんとに帰ろ」

彼女が歩き出す。僕も歩き出した。


夕飯どうするー、昨日の残りのカレーがあってうどんがあるよ、カレーうどんいいじゃん、イブにカレーうどん?、ダメかな?ワインでも開ける?、食い合わせ悪そう笑、などと話しながら、家へと歩いて行った。住宅街なので、少し駅から離れると星が綺麗に見えた。

空を見上げて「背骨パキッていった」と言う彼女に、僕は言った。

「これ、受け取って欲しい」

僕はポッケの中から箱を取り出した。

手の平よりも小さなそれは、今日の夜空色だった。

「開けてい?」彼女は控えめに言った。

僕は頷いた。

彼女はその箱を受け取り、ゆっくりパカッと開けた。そして恐る恐る中身を取り出して、指にはめた。

「ぴったりっす」

彼女が手の甲を顔の横にして見せた。キランと銀色に光る。

「でも今日じゃない方が嬉しかったなー」

「やっぱりイブってベタすぎる?」

「それ知ってたら、スカート履いてヒールのある靴選んでた」彼女は言った。

その日はいつものスニーカーにジーパンスタイルだった。

「デートの時可愛らしい服着てるのって」

「いつ記念日になっても、その日は私可愛かったぞってなれるように」彼女がキッパリ言った。

「いつでも可愛いけどね」

「自分の中の自信のためだよ」

彼女は僕の手を強引に取ると繋いで、ブンブン振りながら歩いて行った。

「スニーカーにジーパンでも、別に悪くないんだね」彼女は言った。

「そんなに嬉しい?」僕はいたずらっぽく彼女に聞いた。

すると彼女は案外あっさりと「嬉しいよ」と言った。

「だって、今日みたいな日がくるのをさ、ずっと待ってたんだもん」

彼女はこちらを見ずに言った。

その横顔は、凛々しくて、優しくて、

今まで見た彼女の中で、一番綺麗だった。

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