第11話 虹のたもとへ
じめじめとした湿りを帯びた外気を纏う木々を掻き分けながら、その一行は目的地へと歩みを進めていた。
「歩きづらいなぁ。星華、大丈夫か??」
ぜえはぁぜぇはぁ、と肩で息をしながら
「ん??あぁ、全然〜。これでも一応鍛えてるからね。」
一方星華は余裕の笑みさえ浮かべていた。一行の様子は、はっきりと二つに分かれていた。
「廉結、お喋りする前にちゃんと歩いて下さい。予定より大幅に遅れているのですから。」
「まあまあ鵲鏡、良いではないか。そのおかげでなかなか宮廷内では見られない、珍しい植物をたっぷり見る事ができる。私は楽しいぞ。其方も楽しもうではないか。」
霜晏は上位の貴族、それも尚書という立場の人間では珍しい、気さくな人物であった。そのような性格ゆえか星華の側近達とも上手く馴染んだようで、旅路では和やかな雰囲気が立ち上っていた。
「そうやそうや!もうこの前みたく自由になれる時は少ないんやさかい、折角やから楽しまんとー!!」
「絳鑭、あなた一応星華様の護衛で来ているのですから、本来なら一番周囲に気を配らなければならない役目なのですよ??」
「鵲鏡、今『一応』ってゆぅたやろ!?」
鵲鏡は絳鑭の質問にはあえて答えず、知らないフリを突き通している。
「絳鑭、鵲鏡は恥ずかしがり屋さんなんだよ。だから....、」
「
「は、はいぃっ!!」
底冷えのするような鵲鏡の笑顔の圧力には、かの栄家の坊ちゃんも勝つ事はできなかった。
「星華様は良いですね。」
和気あいあいとしていた星華達は、そんな霜晏のひとりごとには気がつかなかった。
あと少しで目的地に着くというところで、不意に絳鑭と鵲鏡、それに霜晏が後ろを振り返った。
「誰や??そこにおるんは!?さっさと出てきなはれ!!」
絳鑭が叫んだその先には、それほど高さのない茂みが広がっていた。絳鑭の声に反応したのか、それがかさかさと音を立て、間から全身を真っ黒な服で包んだ大量の人間が出てきた。
「手厚い歓迎ぶりですね。ざっと百人くらいはいると思います。」
「それでは、さっさと終わらせて早く虹へ行きましょう。」
鵲鏡と霜晏はそれぞれ腰に提げていた剣を引き抜くと、目にも止まらぬ速さで襲撃者に斬りかかっていった。絳鑭は星華を守るようにして剣を構えている。そんな間にも二人は、次々と武器を手にした黒ずくめの輩を一閃していく。
「鵲鏡もだけど、霜晏はさすがね。」
「せやな。武官の中でも霜晏殿に勝てる相手はあんましおらへんちゃうかな。」
混乱することもなく平然と喋っている二人の足元では、廉結と迅楸が目を回して倒れ込んでいた。
鵲鏡と霜晏はあっという間に全員を片付け終わり、星華達の元へ戻って来た。
「星華様、お怪我は??」
「見ての通り、なーんにも。それにしても、二人とも強すぎないかしら?」
「
いつの間にか持ち替えられていた霜晏愛用の扇子で頭頂部を叩かれた二人は、揃ってむくりと起き上がった。
「ん??あれ?私は死んでしまったのだろうか。せめて我が親愛なる友、廉結に愛の言葉の一つだけでも囁いておきたかったなぁ。」
「気色悪いからやめろ。それに愛の言葉なら、お前に恋焦がれている数多の女官達に思う存分囁いて来い!!」
「本当に君はつれないなぁ。でもね、ちゃんと分かっているから安心して。」
「何をだっ!!逆に安心できんわ!!」
「それより、あの人達は一体何者だったの??」
それより、と一蹴した星華がこの場の誰よりも冷徹だった。だが、それは皆が一番引っかかっていた事でもあった。
「暗殺者、にしては弱すぎでしたから、こちらを本気で殺害しようとは考えられていないかと。」
「大方同意見です。鵲鏡、貴方とは気が合いそうですね。」
「光栄でございます。」
では一体何者なのか?、その答えは誰にも持ち合わせていなかった。ただ、彼らを邪魔に思う者がいるという事は明らかであった。
「カァーカァー!!」
場違い感が否めない星影の間抜けな鳴き声だけが、一行の進む道で響いていた。
その後は特に問題が起こることもなく、すんなりと
「はぁー、やっと着きましたねー。足が、もう、くたくた......。」
「迅楸、あなたはまだいいじゃない!私はこれから儀式なんだからっ!」
「そうですよ、迅楸。星華様はこれからがお役目だというのに貴方はどうなのです??ただ歩いて、疲れて文句を言って....、もう少し大人しくしていなさい。」
「スミマセーン......。」
二人の結束力には手も足も出なかった。そんな二人を霜晏は羨ましそうに眺めていた。
「では、時間もありませんので星華様。早速ですが、虹に手をかざして頂いても宜しいですか?」
やや緊張した面持ちで星華が頷くのと同時に、星影がその肩にちょこんと乗った。星華は初めて間近に見る幻想的に輝く虹へ、自然と震えてくる手をおそるおそる乗せた。
「こ、これは!?」
それは誰の声だったろうか、あるいは、それは全員の声だったのかもしれない。その瞬間、虹はより一層光を増し、今まで漆黒だった星影の身体が虹色のそれに変わったのだ。そして、聞いたことのない何者かの声が響いた。
『ひとり、ぼっち................、なの??』
その声は何もかもを諦観したような、哀愁を帯びた寂しい響きであった。
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