第2話 戸惑いの友達と日常の終わり
大会翌日、
「ごめんくださいー」
「あら?絳鑭??昨日はどうしちゃったの??絳鑭の次の試合観ようと思っていたのに、棄権って聞いて........。とりあえず、入って入って!!」
「ははは、ちょっとねー。お邪魔しまーす!」
(どれにしよう?あ、でも絳鑭は女子だし、違った物出した方がいいのかな??う〜ん....。 あっ、そうだ!あれにしよっと。)
星華は台所のある棚からお目当ての物を取り出すと、いそいそと準備をし始めた。
星華が台所に籠り始めてからしばらくして、そんな星華を絳鑭が心配するようになった頃ようやく星華が
「お待たせー!何をおもてなしすればいいのか分からなかったから、これつくってきた!!よかったらどうぞー!!」
そう言って星華が絳鑭に手渡したそれは、手のひらくらいの大きさの烏のぬいぐるみだった。絳鑭はそれを数秒見つめていたが、次の瞬間噴き出した。
「ぐはっ!!!ぐふふふふふっ!!!星華なんか遅いなー思うてたら、これ作っとったんか!!ははっ、どないしたら台所からこれが出てくるん??ははっ!!!」
「えっ、あっ、可笑しかった??ごめん、こんな物しか思いつかなくてっ....!」
「ええよええよ。うち、ほんま嬉しい!!ありがとなー。」
目に浮かんだ涙を拭い、絳鑭は大事そうに星華からの贈り物を両手でそっと包み込んだ。
「ほんまに、ありがとな。」
星華が泣き笑いの表情を向けられたその時、扉の向こう側から声がした。
「星華ー、入るぞー。」
「はーい、どうぞー。」
「いつも悪いな........って、こいつは誰だ?」
「えっと、昨日の試合で対戦した、友達の絳鑭だよ!」
「どうもー、うちは絳鑭っちゅうねん。宜しくなー。」
「俺は廉結。こちらこそ宜しく。」
「廉結はどないして星華ん家におるん??もしかしてお二人さんって........?」
「ち、違うっ!!俺とこいつは、そ、そんなんじゃないしっ....!!!」
「ふ〜ん........。」
二人を意味ありげに見比べてニヤニヤと笑う絳鑭に、廉結は冷や汗をかいた。
「そ、そんな事より、星華お前、友達出来てよかったな。」
うろうろと視線を彷徨わせ、廉結は明らかに話題を逸らした。
「うん!!念願の友達だよぉ!」
「星華、友達おらんかったんか??」
「う、うん......。そ、そうなんだぁ、へへ。」
星華はどこか困ったように笑った。ここ虹星国には、はるか昔からずっと続く身分制度がある。上から王族、貴族、平民、奴隷という順だ。産まれてからしばらくは親と同じ身分で遇され、十歳からは自分で身分を変えることが出来るようになるがそれには条件がある。
奴隷や平民は、貴族の養子、もしくは養女となるか、宮廷文・武官、宮廷楽師のいずれかになり自ら貴族となるかのどちらかであるためとても難関である。また、貴族が王族となるには婚姻が必要となる。この国では
そのため、平民である星華達にとって成績優秀な廉結は希望の光であり、平民街の中で一番人気のある男子である。もし廉結に気に入ってもらえて、彼が宮廷文官になったときに自分と結婚してもらえれば........、街の女子達はそう考えるのが普通である。そんな中、廉結が特別仲良くしている女子がいれば........、以下略である。
しかし、そんな事には一切気づかず、廉結は星華をただ〝何だか知らないけど友達できない奴〟だと認識しているため、これもまた厄介だ。
「そっかー、じゃあうちは星華の最初....、いや、二番目の友達かー、光栄やわー。」
絳鑭はどこか納得したように頷いた。
「そういえば星華、聞いとらんかったけど、あんたいくつなん??」
「私はこの春十五歳になったところだよ!」
「おぉ!!ほんならうちの方が二歳年上だわー!!」
「そうなの!?っということは........、十七歳!?!?」
「そうやっ!!絳鑭先輩っちゅうてもええんやでー。」
「じゃあ、星華後輩って呼んでー、絳鑭先輩っ!!」
「いや、先輩はともかく、後輩とは普通呼ばないだろ....。」
まだ誕生日を迎えていない十四歳、この場で一番年下の廉結は一人冷静だった。
まもなく二人は帰っていき、鵲鏡が仕事から帰ってこようという頃には虹の向こうに四角形を描く星々が輝いていた。星華は庭へと降り立ち、暗闇に輝く七色の橋に向かって跪き、両手を固く握った。するとどこからか一羽の烏が飛んできて、彼女の一歩手前に着地した。
「
少しばかり微笑みながら、大人びて見えるその少女は、星影と呼ばれる烏のふさふさな頭を優しく撫でた。
同じ頃、
役所番を終え、熱帯夜特有の蒸し暑い帰り道を一人歩いていた鵲鏡はふと、空に架かる虹を見上げた。
(あぁ、本当にいつ見ても綺麗だ。)
彼は仕事帰りの夜道で輝く虹を見るのが特別好きだった。しばらく見ていると、一瞬虹の眩い輝きとその向こうの星々の輝きが、一層増したように見えた。
たった一瞬でも、それは確かな鼓動。鵲鏡はある少女の事を想い、くすっと微笑んだ。それから何を感じたのか、ほんのひとときだけきつく瞳を閉じたが、次に虹を映したその瞳には竜さえ恐れるような鋭さと、昏さが宿っていた。
「もう、そろそろか....。」
真夏の夜に似つかわしくない冷たい風が彼の通った後を追うように吹き抜けていった。
星華達の和やかな日々はあっという間に過ぎ、いよいよ廉結の試験日の朝となった。外には果てしない銀世界が広がっており、登りたての朝日に照らされてきらきらと光っていた。そんな中、廉結は試験会場である
「あんたなら大丈夫や。頑張りやー。」
「いつも通りに、力みすぎないようにして下さいね。」
「兄ちゃーん!!頑張れぇ!!!」
「体調に気をつけて。ご飯ちゃんと食べるのよ。」
「何か知らんが頑張れよ。」
一人ひとりの気持ちが、廉結にとって何よりも嬉しかった。何か言ってくれないかと彼は〝特別〟な少女に向かい合った。
「なぁ、お前からは何かないのかー?」
「そうだねぇ、別にないよ...。だって私から何か言わなくても廉結なら大丈夫でしょ?」
心底不思議そうな顔で見つめてくる瞳に廉結は心を決めた。
「........。なら....、あの、さ......、もし、試験に受かって、無事宮廷文官になれたときには.......、俺の話、聞いてくれない.....か........??」
廉結が恐る恐る顔を上げてみると、そこにはいつもよりも一層綺麗な笑みを浮かべる彼女がいた。
「別にいいよ?けど、どうしたの??やっぱり試験前になると人っていつもより変になるのかなぁ。」
廉結が思わずその姿に見惚れていることなどつゆ知らず、彼女は続けた。
「頑張ってね!応援してるよ!!................、廉結とは、また会いたいから。」
「あ、あぁ。」
赤くなっているだろう自分の顔を隠すことに必死になっていた廉結は、彼女の最後の小さな言葉に気づく事なく車へ乗り込んでしまったのだった。
試験が終わり廉結が街へ帰ってきた時にはすでに、星華はそこから消えていた。
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