虹星国書

雪蘭

本編

第1話 武芸大会と謎の少女

 国土の南北を両断する様に架かる虹が源、〝虹星国こうせいこく〟と呼ばれる国にその少女はいた。


星華せいかちゃん、今日は来るのが遅かったねぇ。おばちゃんとても心配したのだよ。」

「ごめんなさいおばさん。......、もう良いお野菜売れちゃったよね........。」

「ふっふっふっ。おばさんをバカにするのでないのよー...........、ジャジャーン!!!!

 ほれ、これ買ってきな!星華ちゃんのために置いておいたんだ。」

「お、おばさん........っ!!!!」

「いいのいいの、ほれ!まいどありー!!」


若干涙目になりながら暗い夜道を歩き出した少女、星華は既に家に帰っているだろうある青年を思い浮かべ、深く溜息をついた。

 (はあ、鵲鏡さくきょうすごく怒るだろうなぁ..........。)

待ち受ける説教にどう立ち向かおうか考えあぐねているうちに、自宅が目の前となっていた。大きく深呼吸して、なるべく小さな声を出す。


「た、ただいま帰りましたぁー..........。」

「おかえり、星華??随分と遅かったね。外はもう真っ暗だよ。」


そんな星華の小さな努力は報われず、鵲鏡は既に仁王立ちしていた。

「あれ?そ、そう??鵲鏡の気のせいじゃないかな〜??」

「いつも暗くなる前に帰ってくるよう言ってるはずだけど、分からなかったのかな??」

目が全く笑っていない薄暗い笑みを浮かべている鵲鏡に星華は、今更ながらやってしまった感を痛感するのだった。

「うぅ.......。ご、ごめんなさい.........。」

「はぁ........。ちょっとは反省しなさい。」

「はぁーい。.....今からご飯作り始めるから夕餉遅くなっちゃう!ごめんね!!」

「それならすぐできるよ。あとは野菜入れるだけだから。」

「さっすが鵲鏡!!ちょっと待っててっ!!」


慌てて台所へ駆け込む星華を困った子を見るような穏やかな微笑みで見送った青年、鵲鏡は彼女の従兄にあたる。二人は今から八年前、星華の母君が亡くなってからずっと、ここ州の平民街に住んでいる。この八年間の暮らしは彼らに収穫を多くもたらし、人生においてかけがえのないものとなった。何より、彼女が以前より人間らしくなった事を彼は嬉しく思っていた。


 (せめて残り時間、星華が出来るだけ伸び伸びと過ごせますように。)


夜空を彩る星々は今日も、変わらず人の営みを見守っている。



 雲一つない爽やかな空にジリジリと人々を照りつける太陽が浮かぶある日、平民街では街一番の催し物である武芸大会が行われていた。星華の住む毅州は毅家の治める武の都である。そのためなのかこの街には腕っぷしの強い住民が多くおり、優勝者には褒賞として宮廷文官の役職が与えられるこの大会は、毎年大いに賑わうことで有名だったりする。


「はぁ、憂鬱だなぁ。」

「毎年言ってる、それ。お前下手過ぎるもんな。」

「いくらこの州だからって、私みたいに苦手な人だっているのだから自由参加ならいいのに、どうして全員参加なのーっ!!廉結れんゆもそう思わない??」

「それはそうだな。余計な時間かかって無駄だし。」

廉結は星華の隣に住んでおり、星華とは幼馴染である。

「それに俺だって、お前程ではないけど下手だし。」

「廉結は文官の卵なんだから仕方ないでしょー。」

「まぁ、それはそうなんだけどさ........。」

廉結が何か言おうとした時、星華を呼びに鵲鏡がやってきた。


「星華ー、もうすぐ試合だよ。早くおいで!」

「分かってるよー!ありがと鵲鏡。じゃ、行ってくるね!!」

「行ってらー。」


廉結は走り去る星華を眩しそうに見送ったが、その後ろ姿に一抹の不安がよぎった。

星華はいつもにこにことしており元気な娘だが、武術と学問もからっきし出来ないため文・武官になる事は相当難しい。また、れい州であれば芸術性を磨くと様々な就職先が見つかるだろうが、ここは毅州だ。そうなると街で市を開いて暮らしていくか、どこかの富豪の下働きとして生きていくかしなければ、これから先生きてはいけないだろう。


(まあ、もう一つ道はあるが........。その時は俺が............、うふっ)


「おい廉結。お前次試合だぞっ。聞いているのかっっ!!!」

妄想中の彼に、そんな級友の言葉は届かなかった。




 星華は鵲鏡と共に大会控え室にいた。いつもなら和やかな会話が弾むはずだが、この時はお互いに話す気になれなかった。静寂が室を包む中、見知らぬ少女が一人やってきた。その顔立ちは凛としていて整っているが、表情はとても明るく好奇心で満ち溢れていた。

「君が星華やな??」

「はい、そうですけど....、あなたは?」

「あぁ、せやね自己紹介がまだやったわー。うちは絳鑭こうらん。これから宜しくなー」

「絳鑭さん?こちらこそよろしくお願いしますぅ。」

「あぁ、もう固い固い!!敬語は抜きやっ!それから、絳鑭でええよー。」

「えっと........、じゃ、じゃあ絳鑭、宜しくね。」

絳鑭は満足そうに一つ頷いたのだった。

「君は、星華の対戦相手の絳鑭さんですね。」

「そうやでー、お手柔らかに宜しゅうなー。........、ほいで、あんたは??」

「星華の従兄の鵲鏡です。どうぞ宜しく。」

「こちらこそー。」

それからしばらくたわいのないお喋りをし、気づいた時にはいよいよ対戦の時となっていた。

「両者、前へ。」

使い慣れない真っ新な木刀を両手に、星華は目の前に立つ人物に目を向けた。すっと伸びた背に、余計な力をかけられる事なく構えられた木刀、ただ真っ直ぐ前だけを見据える視線。それらは彼女の剣の技量を推し測るのに十分なものだった。

(絳鑭って........、まさか........っ!)

「では、始めっ!!」

「やっ!!」

「やぁっ!!」

勝負は一瞬でついた。

「勝者、絳鑭っ!!!」

周囲がざわめき出した中、絳鑭はその誰にも聞こえないような小さな声で何事か呟いた。

風に揺られる木々がざわざわと音をたてていた。




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