間違えて着てしまっただけなのに

ゆりえる

第1話 吉祥君じゃないのに

「......あれっ、今、僕、どこにいるの?」


 いつの間にか、眠っていたんだ......


 僕、どうしたんだっけ?

 いつも乗ってる幼稚園バスじゃなくて、なんか知らないお迎えのおじさんが来てた。


 車に乗ったら、その人、ちょっと怖そうなおじさんだったけど、僕の大好きなプリン味のチュッパチャプスをくれたんだ。

 それ食べているうちに、眠くなってきちゃって寝てしまったんだ、僕。


 今日は、おかしな事ばかりだ。


 先生も、そのおじさんも、僕の事、吉祥よしあき君と間違えて呼んでた。

 いつもは吉祥よしあき君と間違えられないのに、どうして何度も間違えられたりしたんだろ?


 ほら、名札にだって、ちゃんと僕の名前が書かれて有るのに......

 

 あれっ、僕の名前じゃない!

 

 ホントだ、吉祥よしあき君の名札が付いている!

 

 あっ、そうか......

 体操服から制服に着替えた時に、間違えて、吉祥よしあき君のを着てしまったんだ。

 いつも、間違える事なんて無かったのに、どうして、そんな事になったんだろう?

 着替えた後で、誰か、走り回って、机の上の制服を落としてしまって、適当に確かめないで、机に戻したのかな?


 何かそういう事が有って、僕は間違えて、吉祥よしあき君の制服と気付かないで着てしまった。

 だから、皆が、僕と吉祥よしあき君を間違えたんだ。


 じゃあ、今頃、吉祥よしあき君は、僕と間違えられて、幼稚園バスに乗って、僕の家に着いている頃なのかな?

 吉祥よしあき君も、きっとビックリしているだろうね!

 ママも僕じゃないと気付いて、大慌てで、幼稚園に電話してそう。


 それにしても、ここが、吉祥よしあき君のお家なのかな?

 なんだか、僕の想像と違った。

 吉祥よしあき君って、スゴイお金持ちだって聞いていたのに。

 こんな何も無い小屋のようなお家に住んでいたなんて。


 さっきのおじさんは、吉祥よしあき君のお父さんなのかな?

 恐そうな顔していたけど、チュッパチャプスくれたし、見かけより優しい人なのかも知れないな。

 僕のママもパパも、あんまりチュッパチャプス買ってくれなくて、100円で買えるお店で売っている、袋に沢山入った飴しかくれないもん。


 いいな~、吉祥よしあき君は、お迎えの度に、チュッパチャプスもらえているんだ。

 それなら、僕、また間違えられても、良いかも!


 「おっ、小僧、起きたか?」


 恐いおじさんが、顔は笑っているのに、目だけ笑ってないおばさんと入って来た。


 吉祥よしあき君、小僧呼びされてるの?


 お父さんじゃないのかな?


「小僧なんて呼んじゃダメよ。ちゃんと吉祥よしあき君って、名前が有るものね!」


 僕のご機嫌を取るように話しかけて来た、目だけ怖いおばさん。

 このおばさんは、吉祥よしあき君のお母さんなのかな?

 恐いおじさんだけなら、吉祥よしあき君と間違われたままかも知れないけど、  お母さんには、バレてしまいそうだから、先に話しておかないと。


「僕は、吉祥よしあき君じゃないよ」


「な~に言ってるの、吉祥よしあき君?知らない人には、そう答えるように教えられているの?やっぱり金持ちの子は違うわね~!」


 今度は、しっかり目も笑っているようで顔をゆがませて、大声で笑っているおばさん。


「ホントだよ、僕、真佑しんすけって言うんだ」


「そうやって、別の子供になり済ませて、家に戻してもらおうって魂胆だな~!ガキのくせに、姑息な事考えやがる!」


 僕は、ホントの事、言っただけなのに......

 なんか、怖いよ~。

 やっぱり、この2人、吉祥よしあき君の両親じゃないみたい。


吉祥よしあき君かどうかは、これから、親に確かめてもらうから、待ってなさい」


 僕は、また車に乗せられて、公衆電話の所で降ろされた。

 公衆電話の透明なのの中に入るの初めて!

 なんか、狭い。

 狭いんだけど、ガラスだから周りが見えて、怖くは無いよ。

 ただ、中からも外からも丸見えのガラスの箱の中にいるのって、変な気分。


 おばさんは、緑の電話の上の方に十円玉を何枚か入れている。

 そこにお金入れないと、電話出来ないんだ。

 そういえば、絵本か何かで見た事が有る!

 

「お宅の御子息を預かってます。この子の命が惜しかったら、絶対に警察に連絡せず、至急3億円用意して下さい」


 預かっているって言っていた......


 僕、こういうのテレビのドラマで見た事あるよ。

 お金、3億円と交換って言ってたし、これって、誘拐......?


 吉祥よしあき君として誘拐されたんだ、僕!


「冗談なんかじゃないわよ、今、吉祥よしあき君の声を聞かせてあげるから、よく聞いて」


 コードの付いた緑色の受話器を渡された。

 家の電話より、ずっと重いな。


「もしもし、僕、吉祥よしあき君じゃないよ」


『えっ、何ですって?』


 電話の向こうの女の人の声は、吉祥よしあき君のお母さんかな?

 僕の声と自分の子供の声が違う事に気付いて驚いたのかな?


「こらっ、何てこと言うの!」


 女の人が僕の頭にゲンコツしてきた。


「痛い!」


『もしもし、吉祥よしあきに乱暴するのは止めて!』


 あれっ、吉祥よしあき君のお母さんは、僕が吉祥よしあき君だと思い込んでいる。

 どうして、僕の言う事を信じてくれないのかな?

 

 あっ、そうか。

 吉祥よしあき君が間違えられて僕の家に行ってしまっているからだ!


 吉祥よしあき君のお母さんは、迎えに行った時には、僕も吉祥よしあき君もいなかったから、ずっと心配していたんだ。

 そんな気持ちで、電話の僕の声を聴いているから、吉祥よしあき君の声と区別出来なかったのかも知れない。

 それに、この緑の電話って、すごくポロイから、僕の声が違う声に聴こえてそう。

 吉祥よしあき君のお母さんだって、本当の声と違う声が、電話から聴こえているのかも知れない。


「大切に預かっておいてあげますから、身代金を用意して、18時半に秋島公園のブランコの所に来て下さい。くれぐれも他言無用という事で」


 えっ、秋島公園!

 わ~い、これから公園に行けるんだ~!


 最近、もう寒くなって、暗くなるの早いから、夜の公園だよ。

 僕、夜に行ってみたかったんだ~!

 昼間は、遊具を奪い合うけど、夜だったら、僕だけの貸し切りになるもん!

 思いっきり、遊びまくれそう!


 この女の人、待ち合わせ場所に良い所を選んでくれた!

 恐いおじさんが、電話する方が、相手が恐がっていいのかも知れないけど、僕の事を小僧とかって言ってしまうし、電話だと怖さが伝わらなそうだもんね。


 3億円って、宝くじみたいな金額!

 スゴイな~!

 吉祥よしあき君の値段は、3億円なんだ~!

 

 僕だったら、いくらくらいなんだろう?

 僕ん家、お金無いから、かなり安そうかも。

 幼稚園では、皆と同じに遊んでいて、制服とマスクだから、こんな風に間違われるのに、家に帰ると随分違うんだね。

 僕と吉祥よしあき君って。


 おばさんとおじさんと僕の3人で車に乗って、途中、コンビニに寄った。

 おにぎりを6個買って来て、おじさんが3個、おばさんが2個、僕が1個だった。

 おばさんが、僕のおにぎりを海苔で包んで渡してくれた。

 お腹が空いてたから、美味しかったよ。


 公園に着いたら、もう暗くなっていて、遊んでいる子が1人もいなかった。

 公園の時計は17時半くらい。

 1時間は僕だけで遊べる、やった~!

 

「まだ1時間も有るわね。車の中で待ってようね」


「ううん、遊ぶ!」


「えっ、ダメよ!待ちなさい!」


 おばさんが止めたけど、僕は構わずに車から飛び出した。

 車はチャイルドロックしてなくて、すぐドアを開けられた。

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