第372話 権謀術数渦巻く宴

 ヨルは明かりに照らされるなり、大声で言った。


「紳士淑女の皆様! 今宵は我がパーティーに集まっていただき、誠にありがとうございます」


 ヨルの言葉に、会場が静かになっていく。ヨルは意気揚々と言葉を続ける。


「この場にいらっしゃいますのは、商人ギルドでも名誉ある方々ばかりでございます。その中でも、今回のに当たる方々を、ご紹介しましょう」


 メインディッシュ? と俺は眉をひそめる。主賓とか、そういう言葉じゃないのか。


 となると、ああ、そういうことか。俺は納得する。


 つまりもう、はやめたのだ。


「皆様、拍手でご観覧ください! こちらがクレイ商店の皆々様でございます!」


 ヨルが言うなり、散らばっていた俺たちをライトが照らした。俺は明かりに包まれ、周囲の闇が一層深く見えてくる。


「クレイ商店の皆様方は、なんと今回、エーデ・ヴォルフを壊滅に追いやり、我らが商人ギルドと魔王軍の仲を、再び取り持ってくださいました」


 その言葉に、会場中が「なんと……」「となると、あのスラムの大災害は、彼らが……?」「何という武力……」と口々に言いあう。


「そんな彼らの姿を見て、ワタクシは思ったのです。そう――――この武力を、そのまま、商人ギルドの物にしてしまおう、と」


 ヨルがそう言った途端、ヨルの隣に現れる者がいた。


「そんなこと可能なのか? 皆様はお思いでしょう。ですが、この者にならそれができる! すでに彼らの拠点は押さえ、あとは復活の瞬間を待つばかり。後はこの者が、彼らを即時に屠るだけ!」


 皆様、ご唱和ください! とヨルは煽る。


「我らが商人ギルドを支える、偉大なる大鹿、エイク!」


 わぁぁぁあああああ! と周囲の魔人たちが一斉に盛り上がる。


 エイクは、変わらない姿で、ヨルの横に現れた。以前の連続強盗で戦い、俺が勝利を収めた用心棒だ。


奴は「フン」と鼻を鳴らして、照らされた俺たちを吟味している。


「どんな手を使ったのか分からないが、こいつらごときがドン・フェンを下すとはな……。まぁいい。ヨルが言うのなら、支配領域でまとめて屠ろう」


 そう言って、エイクはルーンの刻まれまくった角に指を添えようとする。


 だから、俺は言った。


「エイク! 久しぶりだなぁ! 嬉しいよ。また俺と遊んでくれるんだよな?」


 俺の言葉に、エイクはビクリと震え、停止した。ヨルが、「エイク?」と横に立つ大鹿を見る。


 エイクは、俺の声に、震えながら俺を見つめている。


「な……なん、だ? お前、お前は、誰だ」


「ああ、そうか。あの時は俺たち、仮面をかぶってたもんなぁ。けど、思い出せるだろ? お前の支配領域は、メチャクチャ楽しかった。死の泉に、ニーズヘッグ! 最高だった」


 俺の言葉に、エイクはブルブルと震えだす。ガチガチと歯を鳴らして、「そんな、まさか、嘘だろ」と呟いている。


「じゃあ、もう一回遊ぼうか、エイク。さぁ、支配領域を使え! 俺を飲み込め! もう一度、ニーズヘッグをバラバラにして遊ばせてくれ!」


 俺が語りながら前に進むと、エイクはのけぞって下がった。


 そうして、言う。


「おま、お前は、あの時の強盗の!」


「ハハハハハハハ! 今頃気付いたのかよ! さぁやろうぜ! さぁ、さぁ!」


「~~~~~~ッ! そっ、そんなのはゴメンだ! ヨル! 悪いがオレはもう降りる!」


「えぇっ!? エイク!? 一体何を言っていますの!? あなたは長年この商人ギルドと連れ合ってきたパートナーで」


 言い縋るヨルに、エイクは言い放った。


  どう足掻いても勝てる相手じゃない! 放せッ!」


 エイクは吐き捨てて、足早にこの場を去っていく。奴の言葉を最後に、会場が痛いくらいの沈黙に包まれた。


 張り詰めるような、静寂。


 会場中の視線が、俺に注目している。それが分かる。全員が、俺に怯え、しかしその恐怖のあまり動き出せないのが分かる。


 だから俺は、言ったのだ。


「みんな、ここだ。一気にやっちまえ」


 直後。


 会場は、地獄と化した。


 最初に走ったのは、紫電だった。サンドラが一気に会場を駆け抜け、魔人の半数がズタズタになった。


 次の瞬間には、それでも立っていた魔人たちが、一斉に苦しみだしてその場に倒れた。トキシィが「タイミングばっちり!」と勝ち誇っていた。


 明かりが戻る。ヨル以外の商人ギルドの魔人が、全員その場に無力化されて倒れている。


「え、え、え」


 すべてを仕組んでいたはずのヨルは、困惑にその光景を見るしかなかった。俺たちは続々とヨルに向けて歩き出し、軽い調子で話し出す。


「で、こいつどうするよ」


「そうだね、ウェイド君。ここはせっかくだし、ムングさんに任せるのはどうかな?」


「お、自分に任せてくれるのか。いいぜ。どういう風に仕上げる?」


 ヨルは腰を抜かした様子で、その場にズルズルと尻もちをつく。俺たちはそれを、じっと見下ろした。


「あ、ああ、ご、ごめんなさい……。どうか、どうか許してくださいまし……」


「おいおい、ヨル。お前バザールの女帝なんだろ? もっと堂々としてくれよ。苦労してここまでやった俺たちが、バカみたいだろ?」


「でも実際、連続強盗からスラム滅ぼしての今でしょ? 我ながらバカだなって思ってるよ私は」


「トキシィの言うことにも一理はある」


「ウェイドが論破されてる」


「サンドラ、そういうこと言うな」


 ヨルは、「連続強盗……? スラム……。ま、まさか、本当にそこから全部あなたたちの……?」と震えだす。どんな感情からなのか、つう、と涙さえこぼしている。


 ムングが言った。


「……何かこいつ、うまそうに見えるなぁ。ウェイドさんよ。アンタが許すなら―――こいつ、食ってもいいですかい?」


 ムングの言葉に、俺は目を瞠る。思い出すのは、レンニルがドン・フェンを食った時のこと。


 俺は後ろを見る。レンニルはグレイプニールをうまく使って、その場に倒れた魔人たちの内、まだ生きているのを選別して拘束していた。鼻歌でも歌いそうな上機嫌だ。


 俺は少し考え、言う。


「いいぞ。好きにしていい」


「じゃあ、いただきます。商人ギルドの扱いは、踊り食いした後なら分かりますからね」


 ムングが近づく。「ひっ」とヨルが息を飲む。


「いっ、いやっ、踊り食いは嫌っ! や、やめて、嘘、そんな。何で、いや、いやよ! やめてっ! いやぁぁああああああ!」


 俺たちは揃ってヨルから視線を外し「さーて撤収撤収」と退き始めた。クレイだけ「ムングさん。あとで商人ギルドの扱い方を話しましょう」と声を掛ける。


 あとに残されるのは、女帝ヨルの甲高い悲鳴ばかり。商人ギルドが、俺たちの手に入った一夜のことだった。

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