第301話 いざ出陣、村長合議

 緑と紫のまだら模様になってこと切れる大リスを前に、トキシィは言った。


「本当はさ、私がシグに有効打を入れられたの、本当にギリギリのことだったんだよね」


「そうなのか?」


「うん。私はアイスちゃんと違って新しい魔法バンバン覚えたりもしなくて、かなり焦っててさ。アイスちゃんは心が強いからまっすぐシグに挑み続けてたけど、私は偶に参っちゃったり」


 えへへ、とトキシィははにかむ。


「それでとうとう、本当に私だけ仲間外れでみんなが行っちゃうんじゃないかって思って、本当に真剣に頭をひねったんだ。ヒュドラにできること全部聞いて、一緒に考えて……」


「ああ」


 俺はトキシィの話を促すように、ただ相槌を打つ。


「サンドラは才能だけで行けた。クレイも努力を積んで到達した。じゃあ私はどうすればいいだろうって思って、思いついたのが搦手に出ること」


「搦め手か」


「うん。何したと思う? 我ながら酷いことをしたんだけど」


「……」


 俺は少し考えて、こう答えた。


「俺なら、食事でシグに毒を盛る」


「――――プッ」


 トキシィは、俺の答えに爆笑した。


「アッハハハハハハ! アッハハハハハハハハハ! えぇ!? これ当てる!?」


「俺も結構、アーサーとの政争で色々後ろ暗い手は学んだんでな」


「ふふふふっ、あははっ。……そう。大当たり。私は、シグの朝食に毒を盛ったの」


 トキシィは、視線を落とす。


「本当に参ってた時期で、これしか手はないんじゃないかって思った。普通の精神状態じゃなかったと思う。毒で盛って、シグがそれで血を吐いて、……みんなが、私を見て」


 トキシィは、複雑そうな顔をする。


「みんなは、ドン引きしてたよ。けど、アレクとシグは『それでいい』って言ってくれた。アレクは特に『トキシィがこの手でイチ抜けすると思ってたんだがな』ってさ」


 トキシィは俺を見る。


「あの二人はちょっとおかしいから、私、少し怖くて……でも、ウェイドもそう言ってくれて、安心した。二人から散々言われたんだ。『使える手は何でも使え』って」


「俺もおかしいとは思わないのか?」


「ウェイドがおかしいなら、私だっておかしくなるよ。だって私は、おかしいウェイドのお嫁さんなんだもん」


 トキシィは言って、俺の胸元に体重を預ける。


「何があっても一人にしないよ。愛してる、ウェイド」


「……ああ、俺もだ、トキシィ」


 俺はトキシィを抱きしめ、その背中をトントンと叩いた。それから、「さて」と仕切り直す。


「前の村長は殺したし、今の村長は俺ってことになるのか?」


「そのはずだけど……とりあえず村に戻ろっか」


「だな」


 俺はチラとリスの死体を見てから、森を出る。そこで、不意に「あ」と俺は思いだす。


「ウェイド、どうかした?」


「トキシィに渡そうと思ってたものがあるんだよ。俺にはもう要らないものだから、トキシィなら使えるかなって」


 俺が取り出したのは、黒死剣ネルガルだった。


 この剣は実に毒性が強くて、鞘から抜かなくても、普通の人は体調が悪くなる。病を主題に掲げた呪われた勝利の十三振りにふさわしい毒々しさ。


 だが、トキシィは眉一つ動かさなかった。使い手を選ばないと十三振りは言われるが、実際は違う。適さない遣い手は早々に死に、適した遣い手が使い続けるのだ。


「このナイフ?」


「ああ。黒死剣ネルガル。病を振りまく呪われた勝利の十三振り。トキシィなら、使いこなせると思ってさ」


「え~? 呪われた勝利の十三振りには、あんまりいい記憶ないんだけどなぁ……」


 嫌そうな態度を示しながらも、トキシィはネルガルを受け取った。それから、じっと見入る。パチパチとまばたきする。


「……でも、ちょっと気に入ったかも。せっかくだから持っておこうかな」


「良かった。ま、要らなくなったら『これは』と思う誰かに渡してくれていい。俺も、これは受け継いだものだ」


「うん、分かった」


 トキシィは優しい手つきで、ネルガルを腰のベルトに収めた。まるで最初からそこにあったかのように、黒死剣ネルガルはトキシィの腰に収まった。


 それから俺たちは、歩き出した。地獄たるこのニブルヘイムにも、朝は存在する。太陽なのかも分からない妙な光が、山の向こうに見え隠れしていた。






 俺たちが村に戻ると、「ご主人様」と兄妹魔人の兄の方、レンニルが近づいてきた。


「元村長は殺せましたか?」


「ああ、あのリスな」


「それは良かったです。村長連合の方からも合議があるので準備されたし、という連絡が来ましたので、それをお伝えしたくて」


「助かる。ありがとな」


 俺が礼を言うと、レンニルは息をのみ、ブルブルっと震えた。


「……え、何?」


「いえ、これが噂に聞いていたお礼の言葉、というものなのか、と思いまして……。奴隷になるなら人間の奴隷になった方が遥かにいいですね」


「地獄は今日も地獄だなぁ」


 感謝の概念とかが根付いてないんだもんな。すごいわ逆に。


 俺は「もっと、もっとお役に立てませんか?」と犬のようについてくるレンニルを追い払い、最初に確保した家に戻る。するとみんなが一休みとばかり、スープを飲んでいた。


「あ……っ! お帰り、ウェイドくん、トキシィちゃん……っ」「お帰り二人とも」


「ただいま、アイス、クレイ」「ただいまー。アレ? サンドラー?」


「すかぴー」


 よく見るとサンドラだけスープを持って寝ている。特に仕事とか任せてなかったんだけどな。疲れたのかな。逆に飽きちゃったのかもしれない。


「サンドラ寝てるからスープよけとこうぜ」


「あ……っ! 本当だ、サンドラちゃん寝てる……っ」


「サンドラはもー、仕方ないなぁ」


 サンドラの世話でアイス、トキシィが動き出す。俺は苦笑しつつ、クレイに近寄った。


「首尾はどんな感じだ?」


「つつがなく。全員分の家を用意して、数日分の狩りを魔人たちが終えたよ。トキシィさんの治療は本人から聞いてるかな。あと、村長合議というのがあるらしいけれど」


「レンニルから聞いたよ。俺も前村長を倒したし、ワープされるとかだから、待ってれば勝手に飛ばされるのかね? よく分からんが」


 イマイチ村長になったという実感がないので、俺は首を傾げる。それに、クレイは言った。


「その辺りは安心してもいいと思うけれどね。魔人たちはみんなご主人様、ご主人様と言っているよ。もしダメでも。前の村長を倒したなら、新しい村長は村人から選ばれるはずさ」


「それもそうか。なら、戻ってきた村人に話を聞くのでも十分だしな」


 俺は頷く。やっぱりクレイは頭が回るな、と感心していると「むしろ僕が不安なのは」とクレイが俺を見た。


「ウェイド君。君が無事に村長として選ばれたとして、そのワープとやらがどこまで効果があるのか、というのは少し困りごとだと思っている」


「……というと?」


「君はこの一連の騒動が終わったら、ここを離れ魔王城へと向かう。日数を掛ける遠い旅路だ。その途中でまた合議が起こったら、君だけここに逆戻りになる」


「それ困るな!」


 けっこう嫌な奴だった。しかもそれ、解決しないとローマン皇帝とかでも尾を引くじゃん。どうしよう。


「だから、どうしたものか、というね。村長の変え方は、村人の中の有力度、評価と村長の死。離れたら自動で切り替わってくれればいいけれど、果たして」


「俺のアナハタ・チャクラは、死んで復活してるわけじゃないからなぁ」


 死なずに体を再構築している、という感じが、第二の心臓アナハタチャクラの効果だ。死なないと変わらないとなると、ちょっと困る。


 そう悩んでいると、クレイはこう言った。


「だからね、僕はこう考えた」


「うん?」


 クレイは俺に考えを伝えてくる。それを聞きながら、俺はポカンとした。


 一通り聞き終わると、クレイは「どうだい? これならウェイド君は、恐らく村長ではなくなるはずだ」と。


 俺は深呼吸をして、クレイに答えた。


「クレイ、地獄に馴染んできたな。メチャクチャだ」


「ウェイド君が馴染み始めてきたからね。君のライバルを自称する僕としては、負けてられないと思ったんだよ」


「クレイはライバルって言うか相棒って感じだと思ってたが」


「じゃあ、そっちでも」


「じゃあって何だよじゃあって」


 俺が文句を言って、くつくつと二人して笑った。それから、答える。


「一応、その提案は受け取っておく。するかしないかは、俺に決めさせてくれ」


「分かったよ、ウェイド君」


 その時、どこかから高らかに角笛らしき音が響いた。俺の周りに魔法陣らしきものが現れる。


「っと。ちょうど呼ばれたみたいだな。じゃあクレイ、みんな、行ってくる」


「行ってらっしゃい、リーダー」


「ウェイドくん、頑張って……っ」


「行ってらっしゃい、ウェイド!」


「ん……いってら……」


「はははっ、じゃ、行ってくる」


 俺は寝ぼけたサンドラの言葉に笑い、手を振る。それと同時に、視界が暗転した。

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