第194話 戦果

 ハーティに呼びかけ、拘束した『憤怒』をつれて、俺はアリアドネの糸で領主邸本館の客室へと帰還した。


「早速四天王の一人倒してきた」


『は??????』


 その場に残っていた全員が、口をあんぐりと開けて困惑していた。ウチのパーティメンバー全員に、フレインパーティのシルヴィア、ゴルドだ。他は早々に戦場に出たらしい。


 ちなみにハーティは、報告してからここに戻ってくるまで、始終頭を抱えていた。その右上くらいで、大剣に貫かれたまま縄でぐるぐる巻きに浮いているのが『憤怒』である。


 一番に尋ねてきたのは、アイスだった。


「え、えと……ウェイド、くん。そ、その人、が……?」


「ああ、『憤怒』だ。先遣隊に混じっててさ。先遣隊全滅させたら一人だけ生き残ってて、特徴も一致してたからケンカ仕掛けて勝ってきた」


「いやいや、早すぎでしょ……」


 トキシィのツッコミに、俺はお茶目なポーズで誤魔化しておく。「可愛いポーズしないの! 誤魔化されないよ!」誤魔化されてくれなかった。


「流石ウェイド。略してさすウェイ」


「サンドラ、略すと何かバカにされてる感じがするんだが」


「サスウェイ」


「名前みたいに呼ぶな」


 俺が戦利品として客間の机に魔剣グラムを置くと、サンドラが目を剥く。


「これ、魔剣グラム」


「前にムラマサの件で助けてもらった後、サンドラが言ってた奴かなって思ったんだけど、これで合ってるか?」


「合ってる。まさか、また見ることになるとは思わなかった」


 サンドラは、じっと魔剣グラムを見下ろしている。直接関係があったわけではないだろうが、惨劇を聞いた身としては思うところがあるのだろう。


 そこで食いついたのがゴルドだ。


「これは、『呪われた勝利の十三振り』か」


「そう。見る? 触るのは良いけど、警句はダメ」


 サンドラが勝手に許可を出している。ゴルドは一応俺を見てきたので、頷いておいた。


「ならば是非」


「またお兄ちゃんの悪い癖が……。ウェイド、それにサンドラ。警句は教えないでね。ダメって言っても鍛冶が関わるとやっちゃうのがお兄ちゃんだから」


「お、おう。分かった」


 シルヴィアの忠告に頷きつつ、俺はゴルドを見た。


 ゴルドは魔剣グラムを手に取って、まじまじと見始める。ブツブツと呟く内容は、専門的過ぎてよく分からない。ひとまず、魔剣グラムについては置いておいていいだろう。


 俺はハーティを見る。


「それで、こいつはどうしますか」


 重力魔法で宙に浮いている『憤怒』を視線で示す。ハーティは難しい顔で腕を組み、唸るように答えた。


「ひとまずは牢に入れて、可能な限りの拘束をして勾留するしかあるまい……。『憤怒』は特に貴族だ。不当に扱う訳にはいかないからな」


「え、お前貴族なの?」


「……一応……」


 『憤怒』が喋り出して、一同ビクッとする。こいつ全然喋りも動きもしないから、意識を失ってると思われていたのだろう。


「え、……ぶ、無事なのかい?」


 クレイの問いに、『憤怒』が沈黙する。あ、これマジでやる気ないだけだわ。


 仕方ないので俺が代わりに解説する。


「えーっと、だな。この通り『憤怒』は実は怠惰だったんだ」


「その説明ダルすぎだろ……」


「うるせぇ、お前が喋らないのが悪い」


「……」


「黙るな」


 俺はみんなに向き直り、一つ咳払いをする。


「とまぁ、この通り、非常にやる気がないから、ただ黙ってるだけというか」


「そ、そうな、の……?」とアイス。俺は頷いて続ける。


「実際戦ってるときもほとんど攻撃が通らないくらいタフで、今も貫いてるからギリギリ無力化で来てるだけで、多分全然元気だぞ。だろ?」


「……」


「元気だって」


「げ、元気かなぁ?」


 トキシィが首をひねっている。俺もその気持ちは分からないでもない。


「ひ、ひとまず! だ!」


 ハーティが大声を出して場をまとめにかかる。


「ウェイド殿! 貴君は早々に大きな戦果を挙げた! その事をまずは讃えたい! 『憤怒』に関しては、ワタシの方で適切に捕虜として扱おう! 報酬は、戦争後追って与える!」


 それと、とハーティは続けた。


「貴君の実力は、改めて見て分かった。絶大だ。貴君には、是非とも自由に戦場を移動して、好きなように戦況を左右して欲しい」


「分かった。一応こっちでも、コーリングリングでいつでも連絡は取れる状態にはしておく。何かあったら連絡してくれ」


「ああ。貴君の活躍を、期待しているよ。では!」


 浮いたままの『憤怒』の足を掴んで、ハーティは客間から出ていった。俺はそれを見送ってから、「って訳らしいが、これからどうするかね」と肩を竦める。


「ウェイドくんが、自由にすれば、いいんだよ……!」


「アイスは相変わらず手厳しいな」


 アイスの『自由にしろ』は、最近『あなたがリーダーなんだから意思決定責任を負え。わたしはあなたを信じる。信じることをすでに選んでいる』という、思った以上に厳然とした意味を持つのだと判明している。


 なので、俺は「どうしたもんかな」と頭を掻きながら、結構真剣に悩み始めた。


 そこで、俺は気になって参考ついでに聞いておく。


「そう言えば、シルヴィアゴルド兄妹はフレインパーティについていかなかったのか?」


「ああ。お前の剣を作らなきゃいけないからな、ウェイド」


「アタシはお兄ちゃんのお世話焼かなきゃだから」


「それもそうか。頼んだのこっちなのに、野暮なこと聞いてごめんな」


「いや、構わない」


 すべきことから逆算するのだな、と二人を見て何となく思う。となれば、俺が、俺たちがすべきは。


「よし」


 俺は決める。決めて、パーティに通達する。


「これから方針を伝える。まず前提を述べるが、このカルディツァ防衛戦役における俺たちの役割は、英雄・将軍どもの始末だ」


 俺の確認に、パーティメンバー全員が頷いた。俺は続ける。


「その進行が早ければ早いほどいいし、安全であれば安全であるほどいい。他の兵士の一掃は、今回やって見て分かったが、俺たちの仕事じゃない。余裕があればやるくらいのもんだ」


 だから、と俺は繋ぐ。


「だから、俺たちの仕事は『将軍連中の場所を探し出す』『素早く連中の下に移動する』『勝てる戦力を集結させて、確実に潰していく』だ」


 俺は言いながら、ソファに腰を下ろす。それから、みんなに語り掛けた。


「一応言っておくが、多分、難しい戦いになる。『憤怒』は、強かった。サンドラとやり合って一回も殺されなかった俺が、細切れにされた。そういう、金の上位の連中が揃ってる」


 俺が言うと、みんなの視線が鋭くなるのを感じる。いいな。いい緊張感だ。俺は微笑む。


「俺たちは確かに強くなった。今までの敵なんか、歯牙にもかけないほどに。けど、だからこそ気を引き締めるべきなんだ。戦力を集めて、確実にやろう。そうすれば」


「そうすれば」


 サンドラの復唱に、俺は笑った。


「きっと、楽しいぞ。この戦争を、楽しめる」


 シルヴィアが短く怯える。だが、メンバーに今更そんな反応をする者はいなかった。全員目をギラつかせて、小さく口元に笑みを浮かべる。


「うん……っ! 一緒に、楽しもう、ね……っ!」


「そうだね、楽しくやろう。ウェイド君は、楽しんでいた方がいい」


「仕方ないから、私も楽しんであげる。もうストッパーなんか要るパーティじゃないしね」


「ウェイドも、みんなも、いい目してる。ギラギラ。楽しも、全力で」


 俺たちは、くつくつと笑う。それを見てシルヴィアが「ウェイドパーティ怖いよ~お兄ちゃ~ん」とゴルドに泣きつき、ゴルドは全く流れを気にせず、魔剣グラムを観察していた。

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