第192話 憤怒

 衝撃と共に、俺は地面に着地する。


 土が舞い、地面の血が飛び散る。視線の先には『憤怒』が立っている。十数メートル程度の距離感。本気で詰めれば1秒もせずになくなる間合い。


 俺は奴に問いかける。


「よう。お前『憤怒』だろ。先遣隊ですでに混ざってるとはな」


「……」


 『憤怒』は、無言で俺のことを見つめていた。胡乱な目つき。ぼさぼさに伸び切った髭面。奴は間抜けそうに口を開いて、息を吸い込み、そして言った。


「ダッッッッッッッッッッッル……」


「……うん?」


「はーマジダルイホントダルイあり得ないわ。黒髪、少年、戦闘前は目が異様にギラギラしだす、武器に結晶の剣……『ノロマ』だろ、お前。ウチの総大将と軽くケンカして、無傷だった」


 ウチの総大将。殴竜のことか。俺は何度かまばたきをしつつ、軽く質問する。


「え、割と俺有名?」


「その質問ダッル……。有名に決まってんだろうが。総大将に勝てる見込みがあるの、カルディツァじゃお前だけなんだろ。逆に言えば、おれの勝つ見込みはほぼないようなもんだろ」


 『憤怒』はグダグダと文句を垂れている。俺はそれを聞きながら、こいつ『憤怒』じゃなく『怠惰』なのでは? と思いながら見守っている。


「あーマジ。だから先遣隊なんてヤだったんだよ。年若い金等級なんか、間違いなくフッ軽で、すーぐ飛んでくるすーぐおれたちの目論見潰すって言ったのによ……」


「目論見?」


「あん? そんなん言う訳、あ、でももう遅いか。じゃあ別に言ってもいいか……。ま、話は単純でよ」


 『憤怒』は大剣を担ぐ。


「おれの使ってる、この『呪われた勝利の十三振り』は、戦略上扱いがピーキーなんだよ。に囲まれてるときしか使えない。何せ、視界に入るすべてが敵になっちゃうからな」


 俺はその話を聞いて、サンドラから追って聞かされた、『仲間すら殺してしまったサンドラの両親の友人』を思い出す。


「が、もうそんなことはどうでもいい。どうせお前が皆殺しにしちゃったんだ。可能なら敵の応援部隊が襲いに来るまで待てって言われてたが、お前なら敵に十分だろ?」


 後は、勝てれば問題なしだ。


 『憤怒』は、「警句」と呟き、言った。


「『怒りこそ、我が力の根源なれば』」


 言葉に反応して、大剣に血のような赤い文様が浮かびあがった。その文様は剣先から根元に走り、そして柄から経由して『憤怒』本人にも広がっていく。


 すべてが面倒そうな表情は、じわじわと変化した。すべてに対して腹立たしい。すべてが苛立たしい。そう言わんばかりに、『憤怒』の表情は歪んでいく。


「魔剣グラム」


 『憤怒』は、目を瞑りながら呟く。


「いつもの通り、頼むぞ」


 そして、『憤怒』は咆哮を上げた。


「うぉぉぉぉぁああああああああああああ!」


 その姿は、まるで悪鬼だった。筋肉が隆起して薄手の鎧を弾き飛ばし、その肌を全体的に薄赤く染める。全身に走る赤模様は儀式めいた形状をしている。


「おーおー。派手だなぁ」


 俺はそれを眺めながら、左手を殴って結晶剣を十数本ほど出現させる。魔力の減りといったものは感じない。サハスラーラチャクラが、俺の魔力を無尽蔵にしている。


 そして『憤怒』は咆哮を終えた。何故かぐったりしている。え、どうした。


 そう思っていると、奴は姿勢を正した。先ほどまで無気力だった髭面は、何故かニッコリ笑顔を作っている。


 俺は思わず言っていた。


「……憤怒してない」


「いいや、している」


 先ほどよりも話しやすい雰囲気で、『憤怒』は俺に一歩踏み出してくる。


「ただ、相性がいいんだよ。おれはいつも無気力だが、その無気力を魔剣グラムは怒りで埋めてくれる。いつものおれは怒らないからな。怒らないし、喜ばないし、悲しまない」


 だから、と『憤怒』は魔剣を構えて続けた。


「目に入るものすべてを殺したくてたまらないとしても、今のこの気持ちは、意外に爽快なんだよ」


 瞬間。


 俺は距離を詰められ、魔剣を振りかぶられていた。


「――――ッ」


 回避。間に合うか。間に合ったとて次に攻撃につなげられるか。間に合わないッ! 間に合わないならどうする。回避は捨ててしまえ。一撃分の復活限界ならくれてやろう。さぁ。


 お楽しみの、時間だ。


ブラフマン


 俺は思い切り拳を振りかぶり、魔剣に左手から胴の半ばまでを両断されながら、突きだした。


 ウェイトアップなら、常に自分の身体に掛けている。その加重をフルにするだけなら一瞬だ。確実に俺を殺しに来ている『憤怒』は、俺の拳を避けられない。


 だから、まずは一発ずつのトレードといこう。


 俺は左肩から袈裟切りに体を両断され、『憤怒』は俺の拳にぶっ飛ばされて数十メートルを吹き飛んだ。


 痛み。だが一瞬だ。俺の両断された体は瞬時に再生する。一方吹き飛んだ『憤怒』は、土煙と道端の血を思い切り被って、一発で薄汚れてしまう。


「――――ッカー! おいおいおいおい! 何だぁ今のはよ! おれ、間違いなくお前の事ぶっ殺したはずだったろー?」


 しかしそんな汚れも気にせず、魔剣の影響で元気になった『憤怒』は、テンション高く俺に文句をつけてきた。


 一方俺も、だいぶ楽しくてにこやかに答える。


「悪いな。俺、不死身なもんで」


「ったくよぉ……。ま、不死身だって早々に分かったのが不幸中の幸いか。いざ決着をつける、みたいなタイミングで言われちゃあどうしようもないからな」


 二人して笑う。好戦的に、獰猛に。


 ああ、こいつはいいぞ。良い戦いが出来る。素の実力が高いのだろう。俺はヒリつくような感覚の中、出現させておいた結晶剣に呪文を唱える。


「オブジェクトポイントチェンジ」


 重ねて、反重力、加重軽減の両方。重力魔法での浮遊剣戦闘は慣れたもので、結晶剣の全てが浮かび上がり、その切っ先を『憤怒』に向ける。


「今度は、こっちから行くぜ」


「あ? おれから行くに決まってんだろ?」


 前に飛び出したのは、両者同時だった。俺は結晶剣の一本を手に掴み、『憤怒』は魔剣を振りかぶりながら飛び込んでくる。


 剣戟。俺たちは通り過ぎ様に切り合う。結晶剣が一撃で砕かれ「その剣やべぇな!」と言いながら周囲に浮かぶ結晶剣を『憤怒』へと差し向ける。


 『憤怒』は、俺の結晶剣を怒涛の剣閃でねじ伏せた。ものの一秒に満ちない時間で、十数本用意した結晶剣の全てが砕かれるとは。


「なら、まずは数で押してみようか」


 俺は左手を叩く。飛び出す結晶剣は、数百本。『憤怒』は、「あ?」と首をひねって笑いながら血管を浮き上がらせている。


「おいおい、『ノロマ』もしかしてお前、数用意すれば勝てるとでも思ってんじゃねーだろうな。そんな単純な力押しが、通じるとでも思っちゃったか?」


「いや? まずはここからって思っただけだ。出来ることは全部する主義でね。まずこの量の結晶剣を捌いてみてくれよ」


 俺の周囲に、数百という数の結晶剣がめぐり始める。「クソが……ッ!」と言いながら獰猛に笑う髭面に、俺は「楽しくなってきたな?」と皮肉を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る