第183話 日常:夜

 俺とサンドラが家に戻ると、トキシィがリビングで一人うたた寝をしていた。


 奥のキッチンからは、何やらジュージューと焼く音が聞こえてくる。どうやらアイスが夕食を作っているらしい。俺はサンドラと目配せし、彼女が息をひそめて風呂へと向かうのを見送った。


 俺は汚れているのが服だけだったため、自室に戻ってさっと着替えてリビングに戻る。するとアイスが机に料理を並べていた。


「あ……っ、ちょうどだ、ね……っ。お夕飯、できた、よ……っ!」


「お、おお。いいタイミングだったな」


「クレイくんも帰ってきてるから、呼びに行かなきゃ、ね……っ。サンドラちゃん、は?」


「サンドラはちょっと汗かいたからってシャワー浴びてるよ。俺も後で浴びるつもりだったけど、夕飯が出来たならそっち先にしようか」


「そう、だね……っ。あ、あと、ね……っ?」


「ん?」


 俺たちの会話を聞いて、トキシィが「ふぁあ、ご飯……?」と起き始める。その様子にチラと一瞥しつつ、アイスは俺の耳元でこう言った。


「サンドラちゃんと同じくらい、夜、可愛がって欲しい、な……っ」


「……了解」


「ふふっ……! じゃあ、クレイくん、呼んできて……っ。トキシィちゃんも、一緒にご飯並べよ……っ!」


「んー? んー。分かった~」


 まだ寝ぼけ眼のトキシィに言って、アイスは再びキッチンへと向かう。その後ろ姿を眺めつつ、「喜んで尻に敷かれるってのは、こう言うことなんだろうな」とクレイの部屋へと向かった。


「クレイ~? 今良いか?」


「もちろん。鍵は開いてるから入ってくれ」


 クレイの部屋の前で名を呼ぶと、中からそう言葉が返ってきた。扉を開くと、シックで落ち着いた雰囲気の部屋が俺を出迎える。


 その中央で、クレイは椅子に腰かけペラペラとノートをめくっていた。


「それ、前にリビングで書いてたの見たことがあるな。パーティ帳簿か?」


「そうだね。色々あって、稼いで、増やしてを繰り返した我らが軍資金だ」


 しみじみと言うクレイに「ドンくらい貯まったんだ?」と尋ねる。クレイは言った。


「白金貨五枚分に、先日手が届いた」


「……何だって?」


「だから、白金貨五枚分、さ。大金貨50枚分。金貨500枚分」


 俺は口端が引きつるのを感じながら、脳内で計算する。銅貨1枚300円相当で、そこから金貨の種類が上がる度に価値は百倍になるから。


 ……15億円相当?


「これが、半年ちょっとで稼いだ金額だと?」


「ああ。最近の書き入れ時が特に大きかった。元々かなりため込んでいたし、増やすためのそれこれもしていたけれど、ウェイド君チームも稼いだし、僕らも稼いだし、投資も戦争前の特需予想が刺さってものすごい増えた」


 努力の結晶だよ、とクレイは言う。俺は現実感の無い金額に「ほー……」と言うしかない。


 クレイはそこで、殊更に俺に向かって、問いかけてきた。


「これだけあれば、どこででもやっていける。小さな村なら複数丸ごと買えるほどの金額だ。大切な人だけ抱え込んで、丸ごと逃げてしまう、という手も、僕らの中にはある」


 クレイの目は、真剣だった。俺はそれに口を閉ざす。閉ざして、まっすぐ見返した。


「……俺も少し考えたよ。俺にとって、みんなはとても大切な存在だ。少しでも危険があるならって、思ったこともある。―――けど、それはしない」


 俺は踵を返して、部屋を出る。それから振り向きざまに、「ほら、飯だぜ。早く来いよ」と催促してから、リビングに戻った。











 五人だけの夕食は、何だか懐かしい気分にさせられた。


 アイスは昼にもまして豪勢な料理を用意して、まさに飽食と言う感じだった。恐らく今日は、昼から満足いくまでずっと料理していたのだろう。


 こう言う休日は、過ごし方に個性が出るな、と思う。俺やトキシィは誰かと。アイスは料理。クレイは投資や日頃溜めていた諸連絡に読書。サンドラは自由気ままに。


 食事をしながら、今日は何をしたとか、この料理が好きだとか、久々に誰とあったとか、そんな話をし合った。食べ終わるころには夜も更けていた。ゆったりと、和やかな時間だった。


 デザートを食べ終えた辺りで、俺は腰を上げた。


「ウェイドくん、どうか、した……?」


 アイスの質問に、俺は「ちょっと用意してきたものがあってな」と微笑み返す。トキシィはそれに「お、待ってましたサプライズ」とニヤリとし、サンドラは「何かくれるの」とまばたきしている。


 唯一俺の準備が何か知っているクレイは、そっと中央の大机から離れて、ニンマリと静観の構えだ。面白がりつつも空気を読むのは、何ともクレイらしい。


 俺は足早に自室に向かい、ドロップの店から買い取った三つの箱を手にリビングに戻った。そして、ちょうど並んで座る女の子三人の対面に座る。


「いい機会だと思ったんだ」


 俺の言葉に、三人娘はキョトンと首を傾げる。


「この機を逃すのは良くないと思った。だから、ちょっと気が早いかなって思ったけど、準備したんだ」


 言いながら、アイス、トキシィ、サンドラそれぞれの前に、箱を一つずつ置いていく。それで、何となく察したのか、アイスは沈黙して両手を口元に当て、トキシィは「え、と……」と緊張気味に口をもにょつかせ、サンドラはしきりにまばたきしている。


 俺は指を鳴らす。重力魔法の斥力で、箱の蓋がすべて同時に開く。


 三つの箱の中には、一つずつ、色違いの宝石が嵌められた指輪が収められていた。


「結婚して欲しい。幸せな家族になろう」


「~~~~~~~~~っ」「っ!」「――――――!」


 驚き方は、三者三様だった。アイスは両手で口を押えて泣き始め、トキシィは息をのみ、サンドラは目を丸くして俺を見つめた。


 最初に答えたのは、やはりというか、アイスだった。


「はい……っ! お受け、します……っ!」


 ボロボロと綺麗な涙をこぼしながら、アイスは指輪を箱ごと、ゆっくりと手に取って、胸元に運び、抱きしめる。


 その様子を見て、やっと現実感が出てきたのか、トキシィが指輪を手に取った。


「わ、やだ、嬉しい。え、嘘。ちょっと待って。こんなにうれしいなんて、思ってなかった」


 トキシィは言いながら喜色に頬を緩め、同時に目を潤ませて、泣き笑いといった風な顔をする。それから「えと、もちろん、お受けします」と恥ずかしそうに付け足した。


 一方マイペースなのがサンドラだ。一人無言で箱から指輪を取り出して、早速左手薬指に嵌めている。それを蝋燭の火にかざし、キラキラと輝く様子に見とれていた。


「……ウェイド、わざわざ買ってくれたの?」


「ああ。結構悩んだ」


「ありがと。綺麗。……幸せ。ウェイドのことも、幸せにするから」


 いつも無表情のサンドラも、今回ばかりはそっと微笑んでいた。そっと指で涙を拭い、それから「ウェイドのこと、好きになってよかった」と呟く。


 それから三人娘は、それぞれ顔を見合わせて、吹き出すように笑い合った。しきりに涙を拭いながら、幸せを共有するように。


「おめでとう」


 クレイが、拍手と共にそう言う。俺は「ありがとな」と短く返す。それから、緊張の糸がほどけて、背もたれに背中を預けた。


 答えをほぼ確信していても、プロポーズというのは緊張するものだな、と思う。それと同時に、してよかった、とも。


 俺は三人を見る。笑い合っていた三人も、俺の視線に気付いてこちらを見返してくる。


 俺は言った。


「一緒に、幸せになろう。何があっても、みんなで、支え合って生きていこう」


「うん……っ」「もちろん!」「分かった」


 三人が、強い意志で頷く。クレイが苦笑気味に「お幸せに」と呟いた。

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