第181話 日常:昼
朝の街には活気があって、まだまだ普段通りなのだ、と思わされた。
とはいえギルド前を通ると、いつもは見ないような顔の剣の冒険者たちがぞろぞろ居て、「そろそろだね~」「そうだなぁ~」なんてことを言い合いながら、俺たちはギルドへと入って行く。
……おい、アレが……ああ……金パーティ様だよ……結局『誓約』は捉まらなかったし、迷宮狂いたちも迷宮に潜っちまった以上、アイツら頼みだ……クソ……ナイトファーザーさえあれば雲隠れしたのによ……
周囲から悲喜こもごもの声が聞こえてくる。羨望、憎悪、期待、恐怖、そして畏怖。
ナイのカウンター前に立つと「やぁ、待ってたよ」と言って、ナイが二つ、アクセサリーをカウンターに置いた。
金の剣の冒険者証。
「ナイトファーザー打倒、お疲れ様! これで、内憂は当面消え失せた。領主様も重ね重ね君たちに感謝していたよ。ああ、ちなみにウェイドさん、君のお父さんだけど―――」
ナイは、口元に弧を描く。
「領主様の采配で、諸々決まることになるそうだよ。君には、『悪いようにはしない』とだけ伝えて欲しい、と言伝されてる。これから忙しくなるし、一応何か言いたいことがあれば、伝えておくよ?」
俺は首を振った。
「いいや、何もない。俺に身内は裁けない。だから、ブタ箱に叩き込んだんだ。この領地の司法に任せる。死刑なら死刑で良い。もっと罪が軽くても何も言わない。俺はただ、定期的にクソ親父の情けない面を拝みに行くだけだ」
「……そっか。何と言うか、大人だね。力を持つ者の傲慢さが、そろそろ見え始める時期かと思ったけれど」
「力に任せなくて良かったって思うことが、結構あるんでね」
「あは。了解したよ。なら、『領主様に一任する』とだけ伝えておくね」
会話を終え、俺たちは揃って金の剣の冒険者証を手に取った。そしていつも首元にぶら下げる冒険者証に付け加える。俺は金の剣、銀の弓、金の松明。トキシィは金の剣、金の弓、銀の松明。
「お互い、あとちょっとで全金だね」
「はは、そうだな。この短期間でずいぶん遠くまで来たもんだ」
顔を見合わせて少し笑う。そこに、ナイはさらに一言付け加えてきた。
「あ、そうだ。忘れないうちに、指名依頼があるから、伝えておくね?」
差し出されたのは、一枚の依頼書だった。俺はそれを見て「はー、こういうのも頼まれるような立場になったんだな、俺たち」なんてことを言ってしまう。
「いいじゃん。ウェイド、ちゃんとリーダーしてるし、向いてると思うよ」
「……ま、ボチボチやるさ。ナイ、これで全部か?」
「うん、これでひとまず全部だよ。じゃ、残り少ない休暇を、是非楽しんで」
「はは。ああ、ゆっくり楽しむさ」
俺は肩を竦めて、トキシィを連れ立ってギルドを出る。列をなして並んでいた荒くれものたちが、俺たちを見て道を開けるのがちょっと面白かった。
そうして二人、メイン通りを歩いていると、トキシィは俺に聞いてきた。
「次は買い物だっけ? 今日はどこに?」
「魔法具店。前もって予約してた注文があってさ。それを受取ろうと思ったんだよ」
「ふーん? 武器的な?」
「トキシィ、俺=戦闘みたいに思ってないか?」
「違うの?」
「おい」
あんまりな偏見を吐露され、俺は目を細めて抗議する。
それにトキシィは「ごめんごめん。昔の話ね」と片手謝りしてから「でも」と続けた。
「今はそうでもないよ。ウェイドは愛情深い人だって、分かってるから」
「……それはそれで、真正面から言われると照れるな」
「何言っても文句言うじゃんも~!」
「ごめんて」
二人して言い合いながら、クスクスと笑い合う。「それで?」とトキシィは聞いてきた。
「何プレゼントしてくれるの? 濁すってことは、そういうことでしょ」
「ふたを開けてのお楽しみ、だ。楽しみに待っててくれ」
「え~? ケチ~」
「こう言うのはサプライズって言うんだよ」
「ふふ、そうだね。じゃあ、楽しみに待ってるよ。大好きなウェイドからのプレゼントだから、ね」
言いながら、するりとトキシィは俺の手を握ってくる。俺はそれに気付いてトキシィを見ると、トキシィは少し顔を赤くして、明後日の方向を見ていた。
「自分でやっといて恥ずかしがるの、可愛いな」
「……恥ずかしいこと、言わないでよ」
「恥ずかしがってるトキシィが可愛いのが悪い」
「も~、そう言うこと言うの、禁止~……」
照れ照れの苦笑で抗議してくるトキシィが可愛かったから、俺は手つなぎをシンプルなそれから指同士を交差させる恋人繋ぎに変える。
「ん……もう……」
「好きだよ、トキシィ」
「……私の方が、好きだもん」
トキシィは真っ赤な顔で俺を見上げてから、周囲の気配を伺って、そっと俺の頬にキスをした。「ほっぺで良いのか?」と聞くと「バカ」とそっぽを向いてしまう。
魔法具店につく。店に入るなり、トキシィは気を遣ってくれたのか「ブラブラ見てるから、終ったら呼んで?」と離れていった。
俺は軽く歩いて、目当ての人物を見つけ「おーい、ドロップ」と声をかけた。
「はーい! あ、ウェイドじゃない。例の?」
「ああ、例のだ」
俺が頷くと、「いやぁ~、アンタもやるわよね。注文受けた時はビックリしちゃった」なんてことを言いながら、「こっちよ」と案内される。
以前モルル用の首輪を買い取った時のように、俺はドロップと共に個室に入る。そして席に着くと、早速「はい、これ」と三つの箱を渡された。
「ん、サンキュ」
「お代は前に受け取ったので全部だから、これだけ受け取っていってもらえればいいわ。……本当、一年前の痩せ犬みたいなアンタからは想像もつかない大進歩よね」
ドロップは、しみじみと俺を見て言った。俺は肩を竦め、「恵まれたよ」とだけ返す。
「恵まれた……ねぇ。ま、いいけど。あーあ、本当惜しいことしたわ。こんなに出世すると分かってれば、もうちょっと頑張って唾つけといたのに」
「ドロップがぁ?」
「何よ。ウェイドのこと、いいなって思ってた時期だってあったのよ?」
俺が言うと、ドロップは唇を尖らせて抗議してくる。
「でも、アンタのとこのこっわーい雪女が脅してくるもんだから、命には代えられないって逃げ出したのよ。おかげで卵の冒険者証だけがアタシの部屋に大切に保管されてるわ」
「ハハハッ! アイスならするな。俺も尻に敷かれてるよ。最後には逆らえないんだよなぁ」
「はー……そういうとこよね。ウェイドが、『アイスがそんなことするわけない』とか言い出したら、そこから突き崩してやるのに。うまーく本性出して馴染ませちゃうんだから。こんな事言いたくなかったけど、いい女になったってことかしらね」
ドロップは皮肉っぽく言いながらも、何処か嬉しそうに語る。
「幼馴染だったんだっけ?」
「ええ、そうよ。昔はアタシの後ろをついてくるばっかりで。アタシがいなきゃダメなんだ~、なんて思ってたけど。アタシから離れてったと思ったら、一瞬で抜かされちゃったわ。少し前も遊びに来て、『金の剣の冒険者になった、よ……っ!』だって」
「意外だな。一人で自慢しに来たのか」
「久々の再会は結構怖かったけど、最近は割とちょくちょく来るのよ、あの子。しかも前とは違ってノロケと自慢ばっかり。マウント取ってくるにしては目がキラキラしてるし、何か別世界感あったし、聞いてて楽しかったからね」
「ハハ。仲直りしたわけだ」
「してないわよ。でも、常連なのは間違いないわね。売り上げに貢献ありがとうございますって感じ」
「なるほどな」
「だから」
俺がくつくつ笑いながら聞いていると、ドロップは俺を真剣な目で見つめてくる。
「幸せにしなさいよ。泣かせたら承知しないんだから」
「……ゴメン」
「謝るの早いわよ。何したの」
「最近俺、死にかけた」
「はぁあああ? にしてはピンピンしてない?」
「いや俺不死身だからさ」
「不死身なのに死にかけたの? っていうか不死身って……ああ、いいわ。今度腰を据えてアイスから聞くから」
ともかく、とドロップは言う。
「泣かせないように。悲しませないようになさい。ウェイドのことだからこれから忙しいんでしょうけれど。気を付けて。またアイスと顔出しなさいよ」
「分かった。次はベビー用品でも買いに来るよ」
俺が言いながら立ち上がると、ドロップはげんなりした顔でため息を吐く。
「はー……アタシもいい加減良い男見つけようかしら。ウェイド知らない? 紹介してよ」
「フレインとかどうだ? 性格ゴミだけど」
「あーはいはい。ウェイドの次の有望株ね。性格はアタシも悪いし、そういう意味では悪くないわ。よろしく」
「ハハハッ。意外にすんなり行くかもな。じゃあ終わったら」
「ええそうね。終わったら」
俺はドロップと頷き合って、部屋を出る。それから三つの箱をトキシィから隠しつつ、帰路についた。
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