第168話 傀儡子
ナイトファーザーにとって、傀儡子は古くからいる大幹部だ。
ナイトファーザー立ち上げの時からずっとボスの傍で、ボスという悪商売の天才を支えてきた。ローマン帝国侵攻以前の、カルディツァがまだギリシア領土だった時からの付き合いだ。
こんな長い間付き合えたのは、性格的にもそうだが、したいこと、すべきことの方向性が合致していたのが大きい。
ボスは、合法違法問わず稼ぎたい。傀儡子は、法治国家では到底許されない『人間遊び』がしたい。
結果、傀儡子が生んできた数々の作品は、ボスの良い商売のタネになった。主の言う事をすべて聞き入れ、戦闘能力を持った傀儡。そのための違法奴隷。
人間を飼いたいという顧客はいくらでもいた。傀儡子の作品に惚れこむ者も多かった。
だから。
こんな土壇場になっても、傀儡子はボスを見限れなかった。
「……終いだな」
燕が殺されたと聞いて、ボスは葉巻を吸いながら微笑んだ。頭には白髪が混じり始め、もう若くないと思わされる。
「随分とカルディツァでは遊ばせてもらった。ナイトファーザーは、一代にして悪の時代を築いた。そして今、時代が移り変わろうとしている。そういうことなんだろう」
「弱気な発言ですね、ボス。終わりというなら、私の傀儡になりますか?」
「ハハハ、それも悪くない。お前にこの体を預けるか。この、老いぼれた体で良ければ使ってくれ」
「―――ボス」
「そんな風に呼ぶな。オレは、お前の人様の身体いじくって笑ってる気持ち悪いところが好きだったんだ。お前のしんみりした声なんざ聴きたくない」
ゲラゲラとボスは笑う。それから、「変幻自在」ともう一人の幹部を呼んだ。そうして現れた姿に、傀儡子は一瞬硬直する。
ヒョロヒョロの真っ白な男。かつて傀儡子が、傀儡とは別の形で体をいじくりまわした、ナイトファーザーにおいて誰よりも強い男だった。
「お前は、どうしたい。小間使いのように都合よく使っちゃあきたが、お前も今じゃ一応幹部だ。ナイトファーザーの最後に、心残しもあるだろう」
「……」
変幻自在は、声なき言葉を紡いだ。それは傀儡子の耳には届かず、ボスの耳にのみ届く。
ボスは変わらない様子で、ゲラゲラと笑った。
「そうか、そうか。最後までついてきてそれとは、実に慎ましい」
だが、お前はそういう男だったな。ボスは言い、それから傀儡子にまた視線を向けた。
「それで、お前はどうする、傀儡子。ナイトファーザーの最後で、お前は何を望む? お前はまだまだ生きられる。カルディツァから逃げて他に工房を持つか? オレはもう終わってるが、お前はまだやれるだろう」
「いいえ、ボス。私は―――私が、ナイトファーザーを終わらせませんよ」
傀儡子が言うと、ボスは目を伏せて、葉巻の息をふーっと吐き出してから、言った。
「……そうか。なら、やってみると良い。悔いのないように、動け」
「そうしますとも。ええ、そうさせてもらいます」
ボスの部屋に配備していた傀儡をすべて引き上げる形で、傀儡子は踵を返した。変幻自在がいるなら、護衛など今更必要ないだろう。
そうして扉を開け、一人で敵に挑もうとする傀儡子。その背中に、ボスは言葉を投げかけてきた。
「精々、頑張んな。だが、フレイン―――オレの息子は、強ぇぞ。随分と強くなった」
「……ご子息が亡くなるような事故が、起こらないことを祈ります」
「ハハ、殺せるものなら殺してみろ。そのときは、オレは何も言わねぇさ」
傀儡子は仮面の下で歯を食いしばり、そしてその場を後にした。
傀儡子は、金の剣の冒険者だ。
その性質は群。個としての強さではなく、戦闘におけるリスクの小ささ、制圧力、そういう群れとしての強さを持つが故に、傀儡子は金等級の領域に至った。
具体的に説明するなら、傀儡子は、数多くの身体を有している。
この概念を理解するのは難しい。例を上げて説明するなら、5人の傀儡子が居たとする。その時そのすべては本物の傀儡子で、一つとして偽物など存在せず、その一つが殺されたとしても傀儡子は存続する。5人全員死ぬまでは死なない、という訳だ。
その意味で、傀儡子は今、342体の身体を持っていた。そのすべてが傀儡子本人であり、完全に傀儡子の意思の下に動いている。
「さて、ではどうしますか、私」
「そうですね私。襲撃をかけるのは簡単ですが、やはり何事も洗練と美学がなければなりません」
「分断して各個撃破というのはどうでしょうか、私。ナイトファーザーをここまで追い込んでくれた、憎き敵。高らかに悲鳴を上げさせて殺さねば、溜飲が下がらないというものです」
「いいですね私。なら、残忍に、悲惨に殺して差し上げましょう。とはいえ、それそのものはいつものことですが」
物陰で、幾人もの傀儡子がひっそりと言葉を交わし合う。奴らが潜む建物を囲うように、まんべんなく傀儡子は自らを配置していた。
夕方。そろそろ日が沈み、夜となる。そうすればこの夜街は通行人も多くなる。彼らを巻き込んで暴れるのもいいし、通行人に紛れて動くのでもいい。
裏路地の薄暗がりが、じわじわと闇の中に呑まれていく。それは傀儡子の独壇場となる合図。闇に潜む無数の外道は、キリキリと音を立てて爪を剥き出しにしていく。
その時だった。
「ファイアーボール」
不意に、真上から声が聞こえた。そして落ちてくる一つの赤い玉。それは僅かな時間の後に炎魔法の球体であると傀儡子は悟る。
だが、逃げ出すような時間は、無いようだった。
「エクスプロード」
火球が弾ける。まるで爆弾のような勢いでもって衝撃と爆炎が広がり、その薄暗がりの中に潜んでいた傀儡子全員が打倒され炎上した。
「あ、がぁ、あぁぁぁあああああ!」
己の悲鳴が反響する。そこに、悠然と降り立つ者がいた。
「やっぱこれが、一網打尽にちょうどいい」
呟くその少年の瞳には、大きな火傷の痕がある。彼を、傀儡子は知っていた。ボスの愛人の子の一人。瞬く間に銀等級に上り詰めた冒険者の天才。ナイトファーザーをここまで追い込んだ張本人。
「フレインんんんんんんんんんんん!」
傷だらけになってなお、唯一動く傀儡子がフレインに襲い掛かる。だがフレインは、鼻で笑って短く杖を差し出した。
「ラピッドファイア」
凄まじい勢いで放たれる細かな火球が、傀儡子を瞬時に無力化する。
「カ……ハ……」
そして、その場の傀儡子は正真正銘全滅した。その亡骸を踏みつけながら、フレインは言う。
「固まって動いてるなら具合がいい。すぐにでも殲滅してやるよ」
『うおお、やるじゃんフレイン。完全にサブマシンガンの銃撃だったぞ今の連射』
「んだよさぶましんがんって」
フレインは何者かと話ながら、次へと進む。傀儡子はフレインに手を伸ばし、そして静かに朽ち果てた。
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