第146話 領主邸にて:序

 領主邸の門で銀の暗器の冒険者証を見せると、クレイの言う通りスムーズに来客室に通されることになった。


「わー……私たちの家も大概豪邸だと思ってたけど、やっぱり領主邸は別格だね」


「まぁ領主邸が他の建物に負けちゃあ面目も丸つぶれだろうしなぁ」


 段々、貴族とその顔を立てることについて理解が深まってきている俺は、トキシィと共に門番の案内に従って歩いていた。


 以前通されたリージュの客室とは、また違った道だった。正門前の道をまっすぐに進み、本館に入る。


 本館内の大広間。そこではメイドさんたちが、こぞって俺たちに腰を折った。


『ようこそいらっしゃいました、ウェイドパーティ様』


「どうも」


「今回はご招待いただきありがとうございます」


 ある程度慣れているためさっと答える俺と、司祭の娘だからか礼節の尽くし方に堂の入った様子のあるトキシィ。すると、真っ黒なメイドが俺たちの目の前に現れ、静かに微笑んだ。


「ここからは、わたくし、シャドミラがご案内いたします」


 その深みのある闇を思わせる姿に、俺は以前領主とリージュの処遇を決める際に、領主に付き添ったメイドだと思い出す。


 俺は、微笑み返し尋ねていた。


「あなたが、金の?」


「―――……ええ。領主様付きのメイドにして、この領主邸におけるメイド長を務めております」


 金の暗器の冒険者。俺は得心いって、案内役として歩き出すシャドミラについていく。


「にしても、領主様は不用心なんですね。ウィンディがリージュから離れたのが前回の顛末につながったって言うのに」


 トキシィは領主にやはり思うところがあるのか、シャドミラの振る舞いに皮肉を言った。それにシャドミラは、穏やかに返す。


「離れているように見えますか?」


「え……?」


 トキシィはキョトンとする。俺は目のチャクラを完成させていなかったことを悔やみながら、憶測で言った。


「なるほど、屋敷の中なら問題ないわけですか」


「微力ながら、領主様の護衛には全力を尽くしております。例え寝ていても、離れていても」


 それに、と付け加える。


「お嬢様のわがままには、領主様も手を焼いておりました。ウェイドパーティの皆様は善良な方々です。領主様にとっても、お嬢様にとっても、実によいお灸だったと認識しております」


「……」


 ってことは、何だ? リージュの要求を突っぱねて拉致したのも、シャドミラには掴まれていた? その上で、シャドミラの独断で見逃されていたと?


「……上には上がいますね」


「ウェイド様にその様に言っていただけるなんて、恐縮の限りです。……あなたは、わたくしから見ても、恐ろしい冒険者ですよ」


 こちらです。とシャドミラは扉を開け放つ。その先には、上座に座る領主と、横長いソファに腰を掛けるフレインパーティが揃っていた。


「よお、来たな。って何だ、二人だけか?」


 フレインに言われ、俺は肩を竦めて返す。そしてフレインたちの向かいのソファに、トキシィと並んで座った。


「待っていたよ、ウェイド殿。トキシィ殿。他のパーティメンバーの動向についても聞いている。尽力してもらっているようで助かるね」


「聞く限りフレインたちがだいぶ進めているようでしたから。こちらからは二人でも問題ないと判断しました」


「そうだね。金等級ならばこの人数でも問題ないだろう」


 領主の納得を受けて、フレインは不承不承と言う感じで言葉を引っ込めた。それから領主は咳払いをして、仕切り直す。


「では、今回の依頼に参加予定の冒険者たちにも集まってもらったことだ。依頼主の私から、簡単に概要を説明させてもらおう」


 領主は、そう言って口を開いた。


「改めて、私はカルディツァ領領主、メイズ・ラビリント・ノーブル・カルディツァだ。今回の依頼は、予見される傲慢王との戦争に先んじて、領内の危険の芽を摘んでしまおう、という目的の下に発行された」


 領主は、フレインパーティに手を指し示す。


「内容は、カルディツァ領におけるもっとも大きな反社会組織、ナイトファーザーの壊滅。すでに彼ら、パーティ『レベリオンフレイム』がナイトファーザーの手足を潰してくれている」


 フレインのところのパーティの名前が格好いい。何でウチは俺の名前なんだ。やっぱ名付ければよかった。


「ウェイドパーティの二人には、彼らのバックアップという形で動いてもらいたい。レベリオンフレイムは新進気鋭の銀パーティだが、金等級はいないからね」


「普通居ないんだがな、金等級なんて」


 フレインの隣に座るカドラスが、苦笑気味に言った。他のメンバーも、何と言うかちょっと引き気味というか、敵愾心のような感情が見え隠れしている。


 俺は、これは良くないと思って、お互いの緊張をほぐす意味でも自己紹介をすることにした。


「じゃあ俺も改めて、ウェイドだ。フレインが突っかかってくるから知ってるとは思うけど、今回は連携もするし、名乗らせてもらう。金の松明だ」


「じゃあ私も。トキシィです。ウェイドに比べると影が薄いかもだけど、私も一応金等級だよ。金の弓の冒険者です。よろしくね」


 それに、噛みつく者が一人いた。


「知ってるわよ。穢れ魔法のトキシィでしょ? ノロマ魔法のウェイドパーティに入って『あのパーティはゴミ箱も同然だな』って笑われてたのに、気付いたら金等級。あなたたち、カルディツァ中の冒険者から恐怖されてるの知ってる?」


「お嬢! ハハ、えーすいませんね、ウチのパーティ、本当にじゃじゃ馬が多くって」


 戦闘服とドレスが混然一体となったような、かなり特殊な服を着た少女が言った。俺とトキシィは、彼女の正面からの皮肉にキョトンとしてしまう。


 そこで、フレインが言った。


「悪いな。ウチのパーティはバカばっかでよ。一人一人名乗らせてたららちが明かねぇから、オレからまとめて紹介する。オレはフレイン。レベリオンフレイムのリーダーだ。銀の剣。つーかウチには銀の剣以外いねぇ」


 んで、とフレインは横を見る。


「カドラス。副リーダーでただのバカだ。次、今お前らを罵倒したバカ女はシルヴィア。貴族の前でバカやらかすバカだと覚えとけ。残る三人は……」


 フレインは考え、言った。


「お前ら別にウェイドたちと連携組むことないだろうし、紹介省くわ」


『嘘だろ!?』


「いや省く。面倒だ。まぁ全員バカだと思ってくれればいい。賢いのはオレだけだ」


「クソガキが……」


「一番のバカはあなたでしょバカフレイン……」


「何か言ったかバカどもがよ」


『何にも言ってない』


 カドラス、シルヴィア、さらに他のメンバーまでボソッと陰口をたたいていたが、フレインの一喝で首を振る。何と言うか、こう言うパーティもあるのだな、と思う。


「では、自己紹介も済んだことだし、本題に入ろうか」


 緩みかけた空気を、領主が引き締める。

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