第145話 領主邸へ:準備

 フレインに呼び出され、領主邸に向かう日の朝のこと。


 昨日ドラゴンの生け捕りに向かった三人は、二匹のヒポグリフと一匹のドラゴンの納品を無事終えたという事で、今日は朝からのんびりとしていた。


「やぁ、早いねウェイド君、トキシィさん」


 クレイは、いつもより少し遅い時間帯に起きてきて、俺に挨拶をしてくる。それに、出かける準備を済ませていた俺は、「おう。そっちは今日ゆっくりだったな」と返す。


「昨日はお疲れ様。何つーか、本当にみんな強くなったんだなって実感したよ。ドラゴンの生け捕りなんか、俺でも難しいんじゃないか?」


「いや、実際苦労はしたよ。僕ら三人はへとへとさ」


 実際、アイスも今日ばかりは朝が辛かったと見え、家に朝食づくりを頼むほど。今は食べ終えて、ソファでモルルを抱いて微睡んでいる。


 サンドラはこの調子だと昼頃まで起きてこないだろう。一応様子を見に行ったが、ベッドの上でものすごい体勢になっていた。


「にしても、ドラゴンをよく見付けたな。地竜じゃないんだろ?」


「そうだね。情報屋から教えてもらったんだけど、最近オリンポス山脈につながる谷の辺りにファイアードラゴン、ウィンドドラゴン、サンダードラゴン三種の縄張りがあるらしいんだ。その辺りまで移動して、縄張り争いの隙を縫うようにして、と言う感じだね」


 ファイアードラゴン、ウィンドドラゴン、サンダードラゴンは、それぞれドラゴン界の中堅どころだ。もっとも有名で、一匹二匹でも小規模な都市なら陥落させ得る力を持つ。


 そいつらの縄張り争いだ。ひどく熾烈なことだろう。それを縫う。そして、一匹ちょろまかす。


 ―――ドラゴンだぞ、と思う。かつてのみんなではありえない。それを、クレイたちは成し遂げてきたのだ。


「今日で疲れをとる。明日も行く」


 クレイは笑う。


「かきいれ時だ。稼げるうちに、目いっぱい稼ごう。守る力があるのなら、お金はいくらあってもいい」


「……本当に、頼もしくなったよ、クレイ」


 俺の言葉に、「照れるね」とクレイは肩を竦めた。それから、クレイは話を変えて俺に聞いてくる。


「そう言えば、今日は領主様のところに赴くんだったね?」


「ああ。ナイトファーザーの件、乗ったってな。フレインからある程度領主様が噛んでるのは聞かされてたけど、改めて説明を受けてくる」


「承知したよ。しかし、領主様か」


 クレイは何かを考えるようにあごに手を当てる。それから、こう言った。


「あのやり手の領主様だ。金等級になったウェイド君たちに無茶を言うことはないと思う。ただ、嫌な仕事を押し付けられそうなら、リージュ様を使うんだ」


「……どういうことだ」


 クレイは言い難いことを言う前の助走をつけるように、息を吐きだす。


「いいかい。貴族の身柄というのは、だ。人質なんだよ。縁をすっぱり切ることなんて、領地に住まう以上出来ないんだ。領民は領主の命令を聞かざるを得ない。けれど、僕たちはそれを退けることが出来る。その根拠が、リージュ様なんだよ」


 クレイは流し目で、リージュが眠る部屋の方を見やる。随分とウチに慣れてきてはいるが、貴族の政治とはそういうものではない。


「リージュ様は人質だ。僕らは領主様との縁を、領主様の制御不可能なところまで深めたからこそ、過度な要求を突っぱねることが出来る」


 分かるかい? とクレイは一拍おいて続ける。


「切り捨てて良い領民ごときなら、言うことを聞かなければ適当な罪状をつけて捕らえるように手配すればいい。僕らは今更負けないけれど、無数にいる領兵に付け狙われれば根負けして出ていくしかない。それでなくとも、金の暗器の冒険者なんて相手にしていられない」


「……要するに、嫌な仕事を押し付けられそうだったら、リージュを盾に脅して回避しろってことか?」


「平たく言うとそうなる。領主様も、それを想定して話を進めることになる。つまり、グイグイと要求してくるはずだよ。アレをしろ、これをしろ、とね」


「俺たちがリージュを盾に、厳しいところで突っぱねるって想定の上で、か」


「そうだね。貴族の振る舞いは、領民にとって理不尽なものだし、そういう横柄がまかり通ることでもって権威を示す役割もある。要するに、金等級の強者にもこんなに命令できる貴族なんだぞ、と示すんだよ」


「それを、『ただし、ウェイドパーティはリージュを人質にしてるから、例外的にそうできないだけ』という形をとらせる、と」


「そういうことだね。それさえ押さえていれば、嫌な思いはしないはずさ。逆にそこを押さえていないと、領主様も引っ込みをつけられなくなる」


 俺は、出発前にそれを聞けて良かったと思う。「あとは」とクレイは続けた。


「領主邸に入るタイミングで、銀の暗器の冒険者証を提示すれはスムーズかもね。イチイチ名前を名乗ったりなんてしなくていいよ。特に銀ならね」


「へぇー。楽だな。まぁ銀の暗器でモノが奪われることなんかほぼないか」


 俺以外に持っているのも、恐らくウィンディくらいのものだろう。少し腕に覚えがある程度では、奪えるはずもない。


 そんな話をしていると、「何やら楽しそうな話をしてるね?」と悪戯っぽい口調でトキシィがやってくる。


「お、準備終わったのか?」


「やぁ、トキシィさん。昨日は渡してくれた睡眠薬が大活躍だったよ」


「それはよかった! ウェイド、私は準備万端だよ! さ、行こう?」


 トキシィに言われ、俺は元気よく立ち上がる。


「おう! じゃあ行ってくるな」


「ああ、行ってらっしゃい」


「ウェイド、くん、トキシィちゃん、行くの……? 行って、らっしゃい……っ」


「アイスも、行ってきます。モルルは……二度寝しちゃったみたいだな」


「ふふ、かーわいい。じゃあ行ってくるね、二人とも」


 俺とトキシィはみんなに手を振って、領主邸に向かう。

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