第101話 サンドラの恥

 領主との合意を済ませた、とある昼の事。トキシィが鼻歌交じりに洗濯物を干していると、視界の端に異物を捉えた。


「ん……?」


 怪訝な顔でそちらを見ると、何かの影が木にひしと抱き着いている。


「んん……?」


 トキシィがさらに訝しんで目を凝らすと、ちらと金色の髪が揺れるのが見えた。


 サンドラだ。トキシィは直感して、手に持っていた洗濯物の一枚を籠に戻し、サンドラに近寄っていく。


「なぁにやってるの? サンドラ」


「……恥ずかしがってる」


 木に顔を押し付けて、サンドラは何かを恥じているようだった。この姿がトキシィ的にはもう恥ずかしいのだが、サンドラは違う何かの方が恥ずかしいらしい。


「何が恥ずかしいの?」


「恥ずかしくて言えない……」


「珍し。サンドラがそんなに恥ずかしがってるなんて」


 風呂上がりに全裸でリビングをうろついて、男性陣を竦みあがらせたサンドラとは思えない。もちろんその時は、トキシィがサンドラを叩きのめしたのだが。


 サンドラは言う。


「ウィンディ相手にみんなが頑張って戦ってたって言うのに、あたしだけ速攻で気絶させられて軽傷だなんて、恥ずかしくって言えない……!」


「言っちゃった」


「口が滑った」


 サンドラは木から顔を離した。額に押し付けていた木のあとが付いている。


「口が滑ったのでトキシィの口をふさがなければならない。いざ勝負」


「しないけど。っていうかサンドラ、暇してるなら洗濯物干すの手伝ってよ」


「強さを発揮できないあたしなんて家事手伝いと同じ……。手伝う」


 素直に手伝ってくれるようだ。根本変なのだが、素直なのでサンドラが憎めないと思うトキシィである。


 ということで、洗濯物干しをサンドラと二人でし始める。干しながら、先ほどの話の続きをする。


「それで? ウィンディに速攻でやられちゃったのが恥ずかしいと」


「キャッ! トキシィのえっち!」


「会話しよ?」


「ごめんなさいの舞」


「舞うな」


 クルクルと片足立ちになって回るサンドラを足払いする。サンドラはスッ転んだ。


「やはりあたしには土がお似合い……。母なる大地が……」


「ポジティブなのかネガティブなのかよく分かんない言動なのは置いておいて、やられたのが恥ずかしいなら強くなればいいだけでしょ?」


 何を言ってるんだか、とトキシィが腰に手を当てて言うと、「それ」と地面に寝っ転がったまま、サンドラはビシッと指をさしてくる。指で人を指すな。


 サンドラは起き上がりがてら宙返りを披露し、ポーズを決めて言った。


「強くなりたい。十分強いつもりでいた。でも足りなかった。足りない足りないとは思ってたけど、本当に足りなかった」


「……それは、私も同じだね。奥の手使って勝てないことがあるんだって言うのは、ちょっと実感しちゃったかな」


 トキシィは苦笑する。笑えないことのはずなのに、トキシィは笑ってしまう。


 それを、サンドラは許さなかった。


「トキシィ。悔しいとき、笑うのは間違い。悔しいときは、悔しがるべき」


「……そうだね。悔しい。ウェイド以外の誰かに、ああまでして負けるのは、悔しすぎるよ」


 手に持っていた洗濯物を、思わずギュッと握りしめてしまう。悔しくて、下唇をかむ。


「強くなりたい。こんな悔しい思い、もうしたくない。ウェイドが来ればって、あの時の私、ずっと思ってた。……でも、違うよね。一番は、私が強くなって、ウィンディを倒せること」


「トキシィが本音を言えた祝いに、これあげる」


「なにこれ」


「蜂の子。おいしい」


「ギャー!」


 手の中でうねうねしていた幼虫を投げ捨てる。「あーッ! サンダースピード」とサンドラが電光石火になって消え、そして戻ってくる。


「まったく、貴重な食料になんてことを。これはもうトキシィにあげない。あたしが全部食べる」


「……うん。どうぞ……」


「あむ。んーくりーみー」


 もむもむと口を動かすサンドラに、トキシィは引き気味だ。だがよくよく考えれば彼女はサンドラだった。普通のことかもしれない。


 サンドラは言った。


「そんな訳で、トキシィをサンドラちゃんの特訓講座にご招待。これ招待状」


「わざわざ作ったの……?」


 渡された紙を見る。『サンドラの秘密』と書かれている。


「……?」


 紙を裏返す。『実は、とっても常識人』と書いてあった。


「嘘を書くな」


 トキシィは招待状を捨てた。


「悲しみ……。悲しみザウルス」


 がおー、とサンドラは言った。


「サンドラ」


「なに」


「洗濯物、ほそっか」


「はい」


 途中からサンドラ劇場が始まってしまったので、再び二人は洗濯物を干し始める。


「それで? 特訓しようって?」


 トキシィが言うと、「その通り。特訓であたしたちは神にも届く強さを手に入れる」と、サンドラが洗濯物を広げながら首肯する。


「まぁそれ自体は良いけど。具体的には何をするの? 私も普通の訓練くらいなら、日ごろからしてるし」


「実地訓練」


「実地? ああ、サンドラがたまにしてる一人でクエスト挑むのに、付き合って欲しいってこと?」


「それもある。それでもいい」


 含みのある物言いにサンドラを見ると、サンドラはこちらを見ていた。


「強くなるには、強くならざるを得ない環境が必要。人間は環境によって変わる。だから、環境に強くなるための材料がそろってる必要がある」


「強くなるための材料……?」


「そして、強くなるために必要なのは、狂気」


 サンドラは言う。


「あたしが知る最も狂気に満ちた場所。それは、ダンジョン。悪意の迷宮は、あたしたちを強くするか、殺す」


「……え、待って待って。それ、まさか二人で行こうって言うんじゃないよね」


「トキシィ」


 サンドラは無表情のまま、しかし目をキラキラさせて続けた。


「あたしと二人で、金の松明の冒険者証、ゲットしよ」


 トキシィは一歩後ずさる。それを、サンドラが止めた。サンドラは両手で、トキシィの洗濯物を掴む手を包み込む。


 もう逃げられない。そんな直感を前に、トキシィは言った。


「せ、せめて、まず銅からで、お願いします……」


 弓以外、まだ鉄の冒険者証しか持っていないトキシィなのだった。











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