第94話 クレイの意地

 クレイは、ウィンディを前に戦略を組み立てていた。


 何せ相手は全銀だ。剣、弓、松明。全ての冒険者において銀等級を有する、ベテラン中のベテラン。


 しかも、世代的に、アレクより僅かに若いくらいだろう。本来なら若手に属する年齢層だ。


 それでこの等級は、つまりそういうことだろう。天才で、実力者で、恐らくこの場の誰よりも


 クレイは合図した。


「基本陣形はいつも通りでよろしく。保持距離は広め。可能な限り離れて」


「「了解」」


 アイスとトキシィが散会する。そのまま森へと彼女らは消えていく。その躊躇いのない動きに「ふむ」とウィンディは口端を持ち上げた。


「後衛と言っても、見えなくなるほど遠くに行かせるのはいかがなものかと思いますが。これでは援護のタイミングも分かりませんよ?」


「それを想定していないほど、僕らが愚かだと?」


「才気と練度は比例しない、と言う話です」


 クレイは、笑みを作って言った。


「それは、大きなお世話というものさ。―――クエイク」


 踏み込む。振りかぶる。まずは小手調べだ。どう出る。


「前衛としては、威力不足ですね」


 風を纏う指先一つで、クレイの大槌は止められていた。動揺。だが、クレイはすぐに心を持ち直す。演出だ。目的はクレイの心を折ることだ。だから、怯むな。


「なら、これはどうかな」


 一度引いてから、包帯をずらしてルーンをなぞる。『粉砕』のルーン。そしてそれを誤魔化すように、「ロックハンマー!」と叫ぶ。


 振るう大槌にまとわりつく巨大な土くれ。大槌に遅れて衝撃を放つ大岩のハンマー。そして隠れた粉砕のルーン。


 それを、ウィンディは受けなかった。飛び退いて回避する。クレイはそれで何となく察した。ウィンディの冒険者としての本質を。


「……また、それですか。何ですか、それは? 妙に不気味です。傍から見れば問題なく受けられそうに見える。なのに、直感が避けろと叫ぶ」


「どうかな。受けてみればわかると思うけれど」


「生憎ですが、ボクは直感だけは自分を裏切らないと知っているのです」


 その言葉で、クレイは確信に至る。


 要するに、ウィンディという冒険者は、直感を始めとした天才性に頼ったタイプの冒険者だという事だ。奇襲に類するものを本能で回避できる。


 そういうタイプの倒し方は、アレクから教わっていた。


『天才ってのは、何が必要かを習う前に体得してる連中だ。もっと言うなら、動物的な勘で動いてるにすぎねぇ。動物が引っかかるような罠に、意外にハマるもんだぜ』


 クレイの戦略が組みあがる。懐に隠し持ったアイスの雪だるまに、告げる。


「罠を仕掛ける。五重で組み合わせて欲しい」


「キピ」


 クレイの小声に、雪だるまが小声で返事をした。それに応じるように、物陰から数体の雪だるまたちがこっそりと姿を現す。


 クレイは考える。ウィンディを突き動かすには、本当の脅威でなければならない。動くまでもないなら、動かない。彼はそういう動きを取る。ならば。


「トキシィさん、合わせて」


 雪だるま越しの連携指示を出しつつ、クレイは大槌を構える。


 さぁ、ワイバーンの時に習得した魔法を、お披露目と行こう。


「クリエイトロック」


 クレイの踏み鳴らしと共に、ウィンディの足元を地面に飲み込むように、土が盛り上がった。


「む」


 そこに、クレイは仕掛ける。手元でこっそりとなぞるは『加速』のルーン。


「ロックハンマー、クエイク」


 纏わりつく岩のハンマーに振動を与えて振り下ろす。普通なら必中の組み合わせだ。足止めに合わせた攻撃。そこに、合わせでトキシィの毒矢が飛んで来ている。


 だが、ウィンディは反応した。


「ウィンドカッター、ウィンドスプリング」


 クレイが魔法で作った足止めは風の刃によって弾け、そして竜巻のバネを踏んで素速く後退する。


 だが、その程度の緊急回避は読んでいる。


「今だ、トキシィさん」


 トキシィの毒矢が、固形から霧となって周囲に散布される。


「――――ッ」


 ウィンディは目を剥いて、そして即座に閉じてガードを固めながら飛び退く。そこに、雪だるまが躍り出た。


「キピッ!」


 アイスの息吹が地面を凍らせる。ウィンディの着地。そして動けなくなったことに気付いたウィンディが目を開いたところで――――


「アースカノン」


 クレイの大槌が地面を叩くるそこから簡易の砲台が生え、岩を放った。直撃コースだ。


「なるほど。ここまでの連携を離れていても何ら問題ありませんね」


 ですが、とウィンディは言う。


「ボクは、対遠距離攻撃に対して、無敵なのです。ウィンドシールド」


 突風が、ウィンディの周囲で起こった。クレイの放った大岩が、いとも容易く弾かれる。援護に放たれていたトキシィの毒矢も。


「さて、こんなものですか――――?」


 そしてウィンディは、


 大岩の影に隠れて走り寄ってきていた、クレイの特攻を知る。


「ロックハンマー、クエイク」


 宿るルーンは『加速』『粉砕』『浸透』『弱体』『呪』『必中』の六つ。時間的に、これが限界だった。だが、ワイバーンすら砕く一撃。そしてこのタイミング。


 怒涛の連続攻撃に隠れた、当たると神に約束された強力な一撃。本命をクレイは振りかぶり、そして岩を纏った大槌がウィンディに吸い込まれていく。


 衝撃が、周囲に広がった。


 確かな手ごたえ。クレイの大槌が、地面をえぐっている。倒したか。そんな考えが脳裏によぎって、


 大槌の纏う岩に、亀裂が走った。


「―――素晴らしい。銅等級のバトルメイキングではないです」


 轟音。大岩が弾ける。そこから現れたのは、執事服を汚し、白手袋を破き、ギラギラと輝く目でクレイを見つめるウィンディの姿だった。


「ああ、お蔭で服を破いてしまったではないですか。でも構いません。ああ、こんなにゾクゾクさせられたのは久しぶりだ。まさかここまで追い込まれるとは!」


「……効いて、ない」


「効いてない!? いいえそんなことはありません! ボクに嵐の腕を使わせただけでも大金星ですよ、ええ!」


 見れば、ウィンディの両腕を、ゴウゴウと音を鳴らして風が覆っている。それはまるで先ほどみんなを巻き上げた竜巻のよう。目に見える風の嵐が、その両腕を凶器と化している。


「この魔法、お嬢様に禁じられているんですよ。服がボロボロになりますからね。ですが、もっともボクが愛用している魔法の一つです。これがないと窮屈ですからねッ!」


 ウィンディが襲い掛かってくる。クレイが「ロックハンマー!」と迎撃に振るった一撃を、ウィンディの嵐の腕はいとも簡単に砕いた。


「ッ……!」


「ハハハッ! ああ、楽しいですねッ! 大きくて硬い魔法で戦う魔法使いに使うの、大好きなんですよ! 嵐の腕は、彼らの攻撃も、そのプライドもへし折ってくれる!」


 クレイの大槌は勢いそのままに掴まれ、そして嵐に飲まれてガリガリと消耗した。ウィンディが力強く握る。ヒビが走る。


 ウィンディは、嗤った。


「脆い武器ですね。あなたのように才能ある冒険者なら、もっといいものを買うべきですよ」


 振り払う。砕かれる。武器。ルーン。そしてプライド。


 クレイは、後ずさる。手足が震える。だがそれでも、クレイは司令塔の役目を果たす。


「第二目標を破棄。第一目標の死守を命じる。固まって、可能な限り遠くに逃げて欲しい」


「キピ……」


 雪だるまが応答する。そして、空中に溶けていった。


 クレイは、呼吸を深くしながら構えを取る。ウェイドの見様見真似。ウィンディは、にんまりと目を細める。


「悪あがきですか? いいですね。稽古をつけてあげます。あなたは強くなりますよ。ボクが約束します」


「ハハ……。何度僕はプライドをへし折られればいいんだろうね。まぁ、いいさ。僕は僕の全力を尽くすだけだ」


「諦めないことは冒険者にとって重要ですよ。冒険者は、壁が多すぎる」


「クリエイトロック」


 クレイは地面から荒い大槌を創造する。それを手に取って、振りかぶった。


「ストームアーム」


 嵐の腕が、猛威を振るう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る