第39話 千々に乱れる

「ナイトファーザーを敵に回すのならオレはもう下りるが」


「気にすんな。脅し文句だ」


「……ホントかよ」


 文句を言うフレインを宥めつつ、俺はフラウドスの耳に耳栓をした。これで目も口も耳も、もちろん体の自由も完全に封じられた、という訳だ。


 俺たち三人は、フラウドスの店の二階、つまり自室までフラウドスを引きずっていって、その体を完全に椅子に固定していた。


 俺とフレインは淡々と拘束に勤しんでいたが、トキシィは色々と思うところがあって、部屋の隅っこでうずくまっている。たびたび「お父様……」と聞こえる辺り、家族のことを想っているのだろう。


 俺はトキシィの傍まで近寄って、「大丈夫か?」と尋ねた。するとトキシィは、顔を上げる。その頬には、涙の垂れた後が残っている。


「……ウェイド……」


「話なら、聞くぞ。消えろっていうなら消える」


「……隣に、座って」


「ああ」


 トキシィの横に座る。すると、ぽつぽつトキシィが話し始める。


「……おかしい、よね。今までそこまで気にしてなかったんだ。けど、いざアイツの顔見たら、何か、私、訳わかんなくなっちゃって……。変だよね……」


 言いながら、静かにポロポロとトキシィは涙を流す。俺は言った。


「変じゃない。トキシィは割り切ったつもりでいて、本当は辛い気持ちにふたをしてただけなんだ。それがふたを失って、あふれ出してきただけなんだと思う」


「……う、うぅ、うぅぅぅうぅぅぅ……!」


 涙をしきりに拭い拭いするが、トキシィの涙は止まることはない。


「何で、今になってお父様のこと、思い出すの? 優しくて、穏やかで、真面目で。私のこと、愛してくれてた。毒魔法だって知っても、怒ったりしなかった。真剣な顔で『どうにかしよう。安心しなさい、トキシィ』って……!」


「……ああ」


「やっと、一人で、生きられるようになったのに。家族が居なくても、生きていける自信が、ついたのに。……チラつくの。暗い部屋で、お父様が、縄に結ばれて、揺れるあの姿が」


「……」


「うぅぅぅうぅぅぅ……!」


 しきりにすすり泣くトキシィに、どう言葉を掛ければいいのかと迷う。トキシィを動揺させているのは、俺のエゴだ。それを俺は否定しない。冒険者とはそう言うものであるが故に。


 だが、自由と同時に責任を伴うのも冒険者だ。だから、ここでトキシィを慰めるのもまた、俺の責任なのだと思う。


 俺は、口を開く。


「前に、俺の秘密も教えるって話したよな」


「え……?」


「ほら、チンピラに借金のことで脅された時だよ。俺、トキシィを無視してチンピラに『いいから言え』って感じで進めちゃったじゃんか」


「……そんなことも、あったね。あの時は、ふざけんなって思ったけど」


「ごめんな。でも、あのままだと今よりひどいことになると思ったんだ。トキシィは、つい最近に知り合ったばっかりだけど、それでもパーティメンバーだ。リーダーの俺が守ってやんなきゃって、空回りした」


「ううん。……空回りじゃ、ないよ。アレで、救われたなって思う。今だって、多分、ウェイドに救われてる最中なんだって。苦しいけど、必要なことなんだって……」


「……」


 俺はトキシィの気持ちが落ち着くまで待ってから、話し始めた。


「俺の秘密、同期は多分全員知ってるんだが、俺、家族を捨てたんだ」


「え……」


「ひっどい親父でさ。俺のことを奴隷だと思ってたんだろうな。働かせて、家事もさせて、自分は酒浸り。親父は太ってたが、俺は碌に食わせてもらえずガリガリだった」


「そ、そう、なの……?」


「ああ。暴力なんて日常茶飯事。抵抗しようにも食ってないから力も出ない。力が出ずに失敗したらまた暴力。……俺は訓練所がなかったら、今もあの痩せっぽちのままだったか、もしかしたら」


「……そんな」


 だからさ、と俺は繋げる。


「俺は少し、トキシィが羨ましいんだ。失って泣けるほどいい親に恵まれたんだなって、そう思う。……俺はあの親にそんなことは思えない。今だに、スラムの実家に行くのは怖い」


 うそぶいて苦笑すると、トキシィは神妙な顔をする。


「ごめん。私、そんなつもりじゃ」


「いや、いいんだ。だから、その、何だろうな。クソ、難しいな。慰めようとしてこの話したのに、罪悪感なんて抱かせるつもりじゃなくて、つまり」


 俺が言葉に迷っていると、トキシィはふるふると首を振る。


「ううん。……伝わってるよ、ウェイドが慰めようとしてること。そうだよね。死んじゃったけど、それは悲しいことだけど、それはつまりいいお父様に恵まれた証拠だもんね」


 優しいね、ウェイドは。トキシィは涙を拭って、俺に寄り掛かってくる。


「毒魔法を授かってから、こんな風に優しくしてくれる人、居なかったよ。……変わってるよね。そう言われない?」


「俺ほどまともな奴を俺は見たことない」


「嘘だぁ! ……ふふ、あはは」


 トキシィは涙を止められないながら、小さく笑った。それから、震える手で縋り付いてくる。


「ね……。肩、貸してもらっていい?」


「いくらでも」


「ありがと。……――――」


 トキシィのすすり泣く声が、暗い部屋の中で響いていた。俺は何も言わず、トキシィが落ち着くのを待っていた。

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