第37話 詐欺師の行方

 詐欺師の名前はライア。高利貸しの名前はユージャリーと言うらしかった。


 俺はそれを念頭に入れつつ、ギルドへと赴いていた。手には、アイスに描いてもらった似顔絵がある。


 アイスの似顔絵はかなりうまく、トキシィが「そうだよ! こいつこいつ!」と言い出すほど。これなら十分通じるだろう、という目算の下、依頼する予定だった。


 しかし。


「……身を隠してる奴をこんな分かりやすい場所で『捜索依頼』なんて銘打ったら、警戒されるよな……」


 ただでさえ今の新人はナイトファーザーのチンピラが多いと聞く。つまり俺の同期なのだが。そいつらに見つかって報告されて詐欺師に逃げられる、なんてのはアホの極みだ。


 俺は少し考える。


「狙い目は、こういう裏社会の事情に通じてそうな荒っぽい人柄で、だが根っこではひん曲がってない奴……」


 ブツブツ呟きながら、俺はクエストボードや新メンバー募集ボードの周りを行ったり来たり。そうしているところで、何やら見たことのある影を発見した。


「悪い、フレイン……」


「……気にすんな。ゆっくり休め」


 食堂の片隅。そこでフレインは、怪我をしたパーティメンバーを労っているようだった。それから奴はため息交じりに立ち上がって、クエストボードの方に寄っていく。


 俺も息をひそめてその後ろにつくと、フレインはどうやら一人でも受けられる、鉄のクエストを吟味しているようだった。


「なるべく時間がかからず、儲かるクエストは……」


「儲かる仕事、探してんのか?」


「ッ!?」


 俺が声をかけると、フレインはバッと飛び退いた。それから舌を打って言う。


「ウェイドかよ……。ろくでもねぇ仕事を勧める詐欺師みてぇな物言いをするんじゃねぇ」


「ハハ。何だよそう言うのに詳しいのか?」


「悪いか。そう言うのが嫌いで、俺は取り締まれる騎士を目指してんだ」


 嫌な奴にあった、と言わんばかりの態度だ。俺も用がなければフレインとは関わりたいとは思わないが―――


 条件1、裏社会に通じている

 条件2、しかし性根は曲がっていない


 フレインは、二つの条件を見事にクリアしている。


「……おい。何だその気味の悪い笑みは」


「なぁ~フレインくん。君にピッタリのいい仕事があるんだけど、どうだ?」


「そう言う持ち掛け方をする奴が、いい仕事を持ってきたためしがない。消えろ」


「そう言うなよ。言い方はふざけただけだ。本当に、おまえにピッタリの仕事がある。むしろ、お前以外を探すとなると面倒なくらい、お前向けの奴がな」


「……」


 しばし苦虫を噛み潰したような顔でフレインは俺を見ていたが、最後には大きくため息を吐いて、顎で外を指した。


「話までは聞いてやる。それ以上は、内容次第だ」


「助かる」


 俺はフレインの案内に従って、裏路地に入った。


 裏路地は人気が全くなく、ひどく静かだった。日当たりの悪さもあって、何となくしっとりした空気が漂っている気がする。


 こういった道は、最後にはスラムに至る。スラムはもっとじっとりしていて、悪い意味でいつも人がいる。ここに人がいないのは、狭間だからだろう。表通りの人間と、スラムの人間は交わらない。


 そんな裏路地を少し奥まで進んで人気がさっぱり無くなったところで、フレインは立ち止まって壁に寄り掛かった。


「それで、仕事ってのは何だ」


「人探しだ」


「報酬は」


「銀貨1枚」


「ふん、相場通りだな。時間のかかるクエストだが、悪くない。人相書きは? 見た上で決める」


「これだ」


 渡すと、フレインは眉をひそめた。


「……。名前は」


「ライア、らしい」


「それは前の名前だな。今の名前はフラウドスだ」


「ッ! ってことは……」


「ああ、知ってる。探すまでもねぇ。イケすかねぇ詐欺師のクソ野郎だ。演技ばっかり上手いほら吹きでな。各地で全然別の嘘をついてるから、今じゃなにがどうやら自分でも把握してない」


「おぉ! 詳しいな」


「それで? お前みたいな優等生が、何でこんなクズを探してる。『スラムには金がねぇ』って近寄りもしねぇ奴だぞ」


「ま、少しな」


「……」


 何か含みのある視線で、フレインは俺を見つめてきた。それから、声のトーンを低くして問うてくる。


「何を企んでる? そんな風にとぼける奴に限って、無駄にデカいことを考えるんだ。そんな能力もねぇ癖にな。それで、後々になって痛い目を見る」


「俺がそう見えるって?」


「……いいや。お前はそんな無能には見えねぇ。ムカつく話だが」


 だが、それでも何かもの思わしげな様子で、フレインは俺を見てきた。俺は、意外にこいつ世話焼きで心配性なのかもな、と思いながら、説明することにした。


「今のパーティメンバーが、少し前に手ひどくやられたらしくってな。そのお礼参りと取られた金を取り返そうって計画だ」


「そう、か。お前らしいと言えばお前らしいが」


 それから少し考えて、フレインは付け加える。


「これは老婆心で言うが、やめとけ。どうせ持ってねぇよ。こいつの散財癖は有名だ」


「分かってる。その上で、詰める計画があるんだよ。詳しくは言えないが」


「確信できるがろくでもねぇだろそれ」


「大当たりだ。で、ここから少し踏み込ませてもらう」


「あ?」


 俺は、フレインに手を差し伸べた。


「フレイン、お前は俺に突っかかった時よりもはるかに強くなったし、まともになった。そんなお前を見込んで、一つ打診だ。―――お前も、一枚噛んでみないか?」


「……」


 ものすごい渋い顔で、フレインは俺の手を見た。俺は、付け加える。


「パーティメンバー、全員怪我したんだろ? それで、メンバーを養うために自分一人で働こうとしてる。金が要る訳だ」


「ッ! テメェ、何でそれを知って」


「さっきお前がギルドで肩を落としてるのを見れば、ある程度予想はつく。もっとも、ここまで全部当たってるとは思わなかったが」


「……~~~~ッ!」


 フレインは頭をわしゃわしゃとかき乱して、俺を睨んできた。


「鎌を掛けやがったな」


「掛かったのはお前だ」


「―――ッ、クソ! 何も言い返せねぇ……!」


 それからしばらくフレインは唸って、そして大きく息を落とした。奴は俺を見上げて、問うてくる。


「報酬は良いんだろうな」


「ハチャメチャに良い。代わりに、多少のリスクは負ってもらうぜ?」


「多少のリスクなんてモンは、冒険者になると決めた時点で織り込み済みだ」


 フレインは俺の手を、叩くように強く掴んだ。契約成立だ。一時的に、フレインを仮加入と行こう。


 と、俺がウキウキ気分で元来た道に戻ろうとすると、「おい、忘れもんだぜ」とフレインが俺に手を出してきた。


「……何だよその手は」


「人探しの報酬。銀貨一枚」


「……あの一瞬で?」


「契約は契約だろ」


「……」


 俺が渋い顔で銀貨一枚を渡すと、フレインはニンマリと笑って言った。


「毎度あり」

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