新メンバー編

第25話 成り立ての冒険者

 換金も終え、無事に宿も取った俺たちの次の行動は、泥のように眠ることだった。


 何せ死力を尽くしての戦闘を終えた直後に、街を駆けずり回って諸々の手はずを整えたのだ。卒業試験というだけある。つまり、これも含めて冒険者の能力ということなのだろう。


 アイスからプロポーズのようなものを受けて寝れないかとも思ったが、流石にそれよりも疲労が勝ったらしく、熟睡だった。夢の中では、何故か超強いアイスとバトる夢を見た。


 翌日、起きた時の頭はすっきりしていて、何ともいえずアイスに会いたくなった。俺はくくっと伸びをしてから、何の気なしに隣の部屋に泊まっているはずのアイスに向けて、ノックを三つ。


 すると一テンポ遅れて、トントントン、と小さなノックが三つ返ってきた。それだけで嬉しくなる。


「……マズいな。俺、思った以上にアイスのこと好きなのかもしれん」


 にやけるのを止められない。だが、プロポーズめいていたとはいえ、プロポーズそのものかと言うと、さてよく分からないというのが実情だ。


 そもそも、俺は別にアイスと付き合っているわけでもないし、将来を約束しているわけでもない。ただ、幸せにしたいと宣告されただけだ。


 そういえば、前々から俺の意思をとても尊重してくれる様子を、アイスは見せていた。一緒に居て随分安心感があると思っていたものだが……。


 そこで、俺は良くない発想に行きつく。


「何か、一周回って母親っぽさないか? アイス……」


 おや、となる。そうすると、意味合いはだいぶ違ってくるだろう。


「……」


 俺は腕を組んで考える。前世では恋の経験なんてない。何なら初恋もしなかったくらい無味乾燥な青春を送ってきた。だから、アイスとの関係のそれこれが、恋なのか庇護欲なのか俺には区別がつかないのだ。


 そして、俺は結論を出す。


「分かんないし腹減ったし朝飯を食べに行こう」


 問題があれば言うだろアイスも。オドオドして見えるが結構度胸あるし、俺が何か間違えていれば指摘してくれるはず。


 何より、俺が先走った行動を取る方が、何ならリスクだ。


「朝飯朝飯」


 俺はアイス、クレイの部屋の扉を叩いて回りながら、二階の廊下を進み、そのまま階下へと降りていく。










 ということで、冒険者となって初めてパーティでギルドに向かうことになった。


「ちょ、ちょっとドキドキするね……っ」


 アイスの言葉にクレイが賛同を示す。


「そうだね。実は僕、これが初めてのギルド訪問で、結構ソワソワしてるよ」


 昨日ウェイドくんはギルドに行ったんだよね? とクレイに言われ、「ああ」と肯定する。


「キメラの牙の換金でな。訓練所の換金所ではダメだって言われて来たんだが、ギルドでもすぐにはちょっと難しいから、前金だけもらって後は明日また来てくださいって」


「へー? それは楽しみだね」


 金額の多寡を聞いて、ワクワクしている様子のクレイだ。俺も、金貨1枚とは聞いていたのですぐに渡されるものかと思ったが、そうでもないらしい。


 ……まぁ一年遊んで暮らせる金額らしいからな。巨大な質屋的な存在だと考えるなら、そう簡単にはいかないだろう。


 そんなことを話しながら道を進む。訓練所に入りびたりの訓練生時代ではあったが、こうして街の表通りに来ると、賑やかさに圧倒されてしまう。


「しかし、混んでるね。流石は迷宮都市だ。経済的に豊かなんだろうね」


 クレイの言葉は、何ともいえず貴族らしいそれだ。眼差しが為政者のそれと言う感じがする。


 俺たちは人の波をぬってメインストリートを進んだ。そうして、大通りの中にドンと構えられたギルドを前に、ごくりと喉を鳴らす。


「さぁ、入るぞ」


「「了解」」


 意味もなくダンジョン内のノリで、三人そろってギルドに入った。おかしいな……。昨日はこんなにドキドキしなかったのだが。


 それで実際に入ったらどうなったのかと言えば、特にどうという事もなかった。一部の冒険者はチラと俺たちを一瞥してまた各々の会話に戻ったし、にらまれたりという事もない。


「「「……」」」


 俺たちはしかし、妙な緊張感を保ったまま、ギルドの換金所へと進んだ。今はガラガラに空いていて、すぐに受付の女性の前に行くことが出来る。


「あの、昨日買取をお願いしたんですが」


「はい。魔法印と冒険者証をどうぞ」


 首にかけていた冒険者証と、右手の魔法印を差し出す。両方をじっと見てから、受付係さんは「ああ、昨日のキメラの!」と声を上げた。


 それを受けて、周囲の冒険者たちがこちらに目を向ける。え、何だよこっち見るなよ。


「今、キメラとか言ったか……?」「聞き間違えだろ。あんな見るから『昨日卒業しました』みたいな奴がキメラを倒せるわけがない」「つーかあのパーティ、昨日隅っこでいちゃついてた奴らじゃねぇか?」


 え、昨日のやり取り覚えられてんのかよ。忘れてくれよ恥ずかしい。


 俺は肩身の狭い思いをしながら、「お願いします」と言う。


「はい。では、昨日の前金を抜いて、半金貨1枚、銀貨30枚です。どうぞ」


「ありがとうございます」


 受け取る。金貨袋は、ずっしりと重い。それに辟易していると、係の女性は続けた。


「なお、よろしければギルド銀行の方で預かることも可能です。いかがされますか?」


「ああ、ではお願いします。そうだな……じゃあ三人の口座を作ってもらって、そこに三分割で」


「え!? だ、ダメだよウェイドくん! ウェイドくんがほとんど一人で倒したんだから!」


 またアイスがごね出したな、と思うと、今度はクレイも眉を顰める。


「そうだね、今回は受け取れないよ。大きな金額だ。君についていったから、なんて安い理由では受け取れない」


「えぇ……? お前ら金に厳しくないか?」


「商人の娘、だもん」


「こう見えて貴族だからね」


「はいはい、スラム生まれの俺が悪うございました」


 俺は降参して、受付係の人に言う。


「ってことなので、半分は俺の口座に、残る半分はさらに半分にして、二人の口座によろしくお願いします」


「えっ、だ、だめ……っ」


「ウェイド君、それも」


「いーや! これくらいは受け取ってもらうね! 申し訳ないと思うなら、その金で良い武器でも買って貢献しろ。これ以上はビタ一文だって負からないからな」


 俺の強気な姿勢に、ぐぬぬと引き下がる二人だ。なりゆきを見ていた係のお姉さんは、「ではこれでよろしいですね?」と最終確認を取ってくる。


「はい、お願いします」


「では、皆さん魔法印と冒険者証をお見せください。口座の印とさせて頂きますので、なくさないように」


「は、はい……」「よろしくお願いします」


 手続きを済ませ、俺たちは換金所を去る。手元には、昨日の前金だ。これはこれとして、パーティの共通財産として使えばいいだろう。


 そうして換金所を離れようとしたとき、俺たちはガラの悪い冒険者たちに囲まれていた。


「おうおう、小坊主ども。金の匂いをぷんぷんさせやがって。よければ先輩冒険者の俺たちにも、おこぼれに預からせてくれよ」


 なぁ? と言って、複数名でげひゃげひゃと下品に笑う。俺はそれに、眉をひそめた。

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