第26話 冒険者の洗礼

 訓練所で習ったこととして、ギルドでの振る舞い方、という座学がある。


『いいか、お前らが実力不相応な金を持っていた場合、まず間違いなくチンピラみたいな冒険者にたかられることになる。そう言う奴らは、意外に強い。まずそういう様子を見せないことが重要だ』


 だが、バレてしまう事もあるだろう。と教官は続けた。


『その時は、金を過小に報告して、そのままくれてやれ。奴らはバカだから、それで満足する。あとは可能な限り素早く強くなって、チンピラから取り返せ』


 いいか。冒険者にとって、力は正義だ。


 そんな締めくくりの言葉を思い出しながら、ガラの悪い冒険者たちを前にする。


 どいつもこいつも筋肉ムキムキで、いかつい顔ばかりで恐ろしい。……が、俺たちはそうは言っても奴らよりよほど恐ろしいキメラを倒したばかりだ。


「おいおい~! 新人くんがブルっちゃったかな~? 固まって、何にも言えねぇじゃねぇか!」


 ギャッハッハ! と下卑た笑い声を上げるチンピラたちだ。


「……どうする? ウェイドくん……」


「どうしたもんか……」


 俺は換金所のお姉さんに振り返る。だが彼女は、知らぬ存ぜぬとアルカイックスマイルを浮かべるばかり。民事不介入ってことだろうか。なら、方針は分かりやすい。


「通してくれるか? これからクエストを受けたいんだ」


「通してくれるか? だってよ! ギャハハハハ! こいつはとんだおバカさんだぜぇ~!? この状況のこと、何にも分かってねぇんだからなぁ~!」


 笑いこけるチンピラたち。俺は奴らの冒険者証を見る。全員が、剣の銅の冒険者証をぶら下げていた。他の冒険者証はない。剣専門ということろか。


「なぁ、スカした坊主ぅ。お前、訓練所の卒業生だろ? 何魔法だよ、言ってみろ。場合によっちゃあ、俺たちのパーティに入れてやっていいぜ?」


「あ、そこのかわいこちゃんは強制入隊な! デブは要らねぇからとっとと消えろ!」


 俺は眉をひそめながら、答える。


「重力魔法だ」


「……ジュウリョク魔法って、アレか? ノロマ魔法の……?」


「―――ぶっ、げひゃひゃひゃひゃ! こりゃ傑作だ! おいお前ら聞けよ! 今回はノロマ魔法が卒業生に居るらしいぜ! どうやら相当ぬるかったらしい!」


 食堂で飲み食いしていた冒険者たちが、こぞって笑い声を上げる。ウッゼェ……。


「おい、そこのデブに助けられたか、このかわいこちゃんに助けられたかは知らねぇが、お前みたいなのはすぐにダンジョンでゴブリンにでも袋叩きにされるのがオチだぜ。早いところ、田舎に帰んな」


 詰め寄られての言葉に、俺はため息を落として言う。


「冒険者証見せたら、消えてくれるか?」


「あ!? 冒険者証見せられて何が分かるってんだよ! どうせ鉄の冒険者証が並んでる、だけ、だ、ろ……?」


 俺が三つ揃った銅の冒険者証を晒すと、チンピラたちは全員黙り込んだ。一歩引いて、奴らは言う。


「卒業生で、全銅……」


「つーか、松明が銅な時点でヤバいだろ……」


「弓が銅なら、こいつ魔法もいっぱしってことになるよな……?」


 コソコソと言いあいながら、チンピラたちは一歩、また一歩と距離を開ける。俺はそれに、もう一度告げた。


「なぁ、クエストを受けたいんだ。道を開けてくれるか?」


「わ、分かった。分かったから、妙なことをするのはやめてくれ。俺たちはお前らに何もしなかった。しいて言えば、からかったくらいだ。それくらい、許してくれるよな?」


「俺の質問に答えろ。道を、開けてくれるか?」


 無言で、チンピラたちは俺たちの前からどいた。その様子を見ていた冒険者たちが、ざわざわと騒ぎ出す。


「おい、あの新人たち、何者だ……?」「新人狩りのチンピラどもを、ねじ伏せもせずにどかしたぞ」「一人はノロマ魔法だっつってたよな。他のメンバーがやったのか?」「だが、ノロマ魔法の奴しか話してなかったと思うが」


 俺たちはそう言った外聞の全てを無視して、クエストボードの前に立った。それから、こっそりと目配せをしあって、苦笑する。


「思ったよりか面倒くさいな、ギルドって」


「ふふ……っ、そうだね」


「でも、スカッとしたよ。それでいて暴力も振るっていない。とても適切なやり方だった」


「ありがとよ、クレイ」


 さっと礼を言いつつ、俺はクエストボードを見上げる。クエストボードとはその名の通り、クエスト依頼が貼り付けられたコルク板のことだ。


 クエストは剣とか弓とか、鉄とか銅とか受けるのに必要な冒険者証、その等級を示しつつも、ピンで無数に貼り付けられていた。俺たちはざっと眺めながら唸る。


「大体銅のクエストなんだな」


「まぁ大抵はね。銅等級でも一人前っていう意味があるから。鉄は新人でしかないけど」


「鉄のクエストも、いっぱいある、ね。どうする? ウェイドくん」


 視線の先にあるクエストを精査する。鉄のクエストなどは非常に簡単で、村の警備、薬草の採取、ダンジョン1階の調査といった内容だ。


 次に銅。銅ともなるとほどほどに難しくなってきて、野盗の掃討、ワーウルフの毛皮の提出、ゴブリンの掃討と言う感じになってくる。


「ひとまず銅のクエストにするのは確定として」


「ふふ……っ。やっぱりウェイドくん、やんちゃさん」


「そうだね、今更鉄じゃあ物足りないよ」


「―――決めた。これにしよう」


 俺はクエストをコルク板から外した。そこには、こう書かれている。


『剣の銅の冒険者パーティ募集 夜盗に盗まれた財産を、取り返して欲しい』


「夜盗退治か……。しかもニュアンス的に、捜索まで任務に含まれてそうだね」


「こう言うのも楽しいかと思ってな。これでいいか?」


「うん……っ。わたしは、異論ない、よ?」


「僕もこれでいいと思う。キメラを倒したばかりだし、もっともっとって急いでも疲れちゃうしね」


 そんな訳で、俺たちはクエスト依頼書を確保して、ギルドのクエスト係まで持っていく。


「このクエストお願いします」


「はい。承ります」


 待ちながら、どういう風にクエストを解決しようか、と考える。まず捜索だが、誰がどうやるか。次にどう仕掛けるか。どう倒すか。そんなことを言いあっていると、係のお姉さんが「あら」と声を上げた。


「? どうかしましたか?」


「……パーティ名、ウェイドパーティ(仮)で、三人パーティという事でしたが」


「はい」


 係のお姉さんが、クエスト依頼書を俺たちに見せ、「条件」と書かれた場所を示す。


「4人以上のパーティでなければ、受けられませんね」


「……おっと」


 俺たちは顔を見合わせる。どうやらウチのパーティはもう一人、人員を増やさなければならないようだった。

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