Epi2 就職先は巨大なお屋敷
結論から言おう。
なぜだか知らないが採用された。
「明日から住み込みで働くことになりますが、それと同時に研修期間が三か月あります」
まあ、研修はどこの企業も当たり前にある。研修無しで実践とかあり得ない。所詮は右も左もわからない学生なのだから。
書類審査は通ったらしく、後日、面談日時を伝えるメールが来た。思わず歓喜する俺だったが、メールには誓約事項なるものが示されている。まだ採用が決まったわけでもないのに、なぜ誓約事項があるのか、と文面を読み続けると。
「知り得た情報の一切を公言しないこと」
これにはブログやSNSも含まれる。一切を公言しないとあるのだから。世の中にはちょっと呟くくらい、なんて知ったことを自慢げに語るバカが居るからだ。
あらかじめ釘を刺しておき、万が一情報が漏れた場合には、法廷闘争に至ると言う念の入れようだった。
つまりだ、面談する上で相手方も、情報を公開することが前提なのだろう。こっちの情報だけじゃない。いろいろ機密情報が含まれるってことなのだと理解した。
かなり気合が入ったな。
面談は実に和やかな雰囲気の中行われた。
二十四畳ほどの応接室。ソファに腰掛け、テーブルを挟み面接官と面と向かい合い、暫し問答が繰り返される。
「職務内容ですが事前に手渡した資料の通りとなります」
面談当日に三十分間、資料を読んで頭に叩き込むように、と言われた。応接室手前にある前室だろう、八畳ほどのスペースに俺ひとり。椅子とテーブルがあるだけ。壁には見たことの無い絵が飾ってある。思わず「エロい」なんて感想を持ったが。だって、リアルでかつ若々しい裸婦画像なんだもん。シモの毛も描いてあるんだよ。もそって感じで。胸もたっぷり巨乳だけど形は良いし。
画家が誰かもわからんし、誰がモデルなのかは知らないけどな。見たこと無い絵なんだから。
ちなみに、この家、と言うか、屋敷と言うに相応しい広さと荘厳さを示してる。
部屋なんて一体いくつあるんだって。玄関だけで十畳間相当。牛でも連れて入るのかよって感じ。そこから左右に伸びる廊下と、正面に緩やかに弧を描くサーキュラー階段があり、二階へと続いている。吹き抜けがあり明り取りの窓、丸天井から下がるシャンデリア。
玄関ホールだけでも三十畳はありそうな。なんだこれ。
面接場所を知らされ、Gマップで確認した際に呆気に取られた。
「これ全部同一の所有者ってか」
敷地面積は軽く一万平米はありそうだ。そこに巨大な建造物が中心にあり、その他に五つくらい小さな建物がある。小さいとは言ったが、一般の戸建て住宅よりは大きいのだろう。敷地中心にある建物がでかすぎるから、比較して小さく見えるだけだ。
最初はオフィスビルでもあるのかと思った。でも違った。
さて、職務内容だが。
「執事として勤めていただきます」
大旦那様とか奥方様とか相手に、と思ったら。
「長女専属執事として粗相のないように」
長女?
長女っていくつよ? もしかして三十路くらいとか。それかまだ幼少の君とか。
「御年十七歳なので多感な頃でもあります」
えっと。十七歳って、高校生。JKって奴じゃん。
そんな娘に二十二歳の男が執事って、なにかあったら東京湾に沈められたりしないの?
「少々あくと言うか、癖が強いので一般の男性では務まりません。また、女性は嫌だと申されたので、ご希望に沿う形で選ばせていただきました」
頭の良し悪しは関係ない。あくまで下僕としての振る舞いが求められる。執事と銘打ってはいるが。もちろん執事としての仕事はある。だが普段はお嬢に付き従う下僕。それが俺の新たな立場だとか。
「登下校時には送り迎え。起床時にはお着替えの手伝い。お食事の際の話し相手。時々遊び相手。入浴時の三助――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんでしょうか?」
「入浴時の三助ってなんです?」
言葉だけは知っている。銭湯なんかで客の背中を流す仕事。江戸時代くらいからあった職業だとか。
で、年頃のお嬢の背中を流す? それ、まずいでしょ。
「言葉通り、今は廃れた職業です。疚しい気持ちを持たれることの無いよう、職務に忠実になられてください」
無茶な。目の前に裸の女子高生が居て理性なんて保てるわけがない。そこまで人間できてないぞ。ってか枯れてないし、性欲はそれなりに旺盛だし。
あとサラッと聞き流したが、着替えの手伝いって。どこのお姫様だよ。
「あと着替えとか」
「もちろん、お嬢様のお着替えです」
「間違いがあったら」
「その際は去勢措置を取ります」
無理だっての。冷静にできるわけないだろ。枯れ切ったと思った爺でも、性欲は旺盛なんだぞ。最初に切り取ってから就職しろ、って言った方が、間違いがないだろ。
「あの、それだと無理が」
「勃起するだけなら不問です。手を一切出さないのが条件です」
あとは、見せるのは問題無いそうだ。いや、わざわざご機嫌だってのを見せるってか? ねえだろ。
「お嬢様から手が出た際は、諭すようにしてください。間違っても握らせたりしないように」
蛇の生殺しだ。果実を前によだれもあれも垂れ流し、しかし、手出し無用の上に手も出させないとか。
「入浴時は互いに肌を晒します。ですので反応することまで咎めません」
そしてもうひとつ。
「就寝時の添い寝を所望しておられます」
「は?」
「もちろん手出し無用です。添い寝するだけです」
眩暈がする。
「研修期間の三か月で鋼の意思を宿していただきます。お嬢様は肌の露出を厭いません。ゆえに手を出さぬよう、耐え切るだけの精神修養も兼ねております」
お嬢様の大学卒業までの五年間が契約期間で、以降はお嬢様との話し合いで決めるとか。
「仮にお嬢様が不要と仰られた場合は、当家の執事としての業務に変更となります」
雇止めや首切りは無いそうだ。雇用した以上は終身面倒を見ると。代わりに粉骨砕身勤めあげろということらしい。
優秀な執事として勤めあげれば、一族の末席に加えても良いと、大旦那様より仰せつかっているとかなんとか。
最高の条件提示と最悪な条件提示。
あり得ない状況の試練に打ち勝つ必要があるとは。
「よろしければ、こちらにサインを」
差し出された契約書には、面接官の言葉がずらりと並ぶ。
すべてに了承したらサインを。承服しかねる場合はお帰り願うそうだ。
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