第1話 ④
ふとんの上ではなんだと、場所を茶の間に移し、丸い木のテーブルを挟んで座る。
古いがよく手入れされた和室で、縁側に面しているため、晴れた今日は電気をつけなくても十分な明かりが差し込んでいた。
テーブルの上には、鹿目が入れてくれたお茶が、ほこほこと温かい湯気をたてている。
さっきは知らない場所にパニックになってすっかり忘れてしまっていたが、見知らぬわたしを助けてくれた二人にお礼を言わなきゃ。
天界では部屋でお世話をしてくれていた従者としかほとんどしゃべってこなかったので、知らない人とこう改めて話すのはすごく緊張してしまう。
わたしはお茶を一口飲んで咳払いすると、二人に向かって頭を下げた。
「この度は助けていただいて、ありがとうございました」
「でっかい水のかたまりが落ちてきたときはびっくりしたぞ」
げらげら笑ってるけど、慈炎は頭から思い切り水を浴びてしまったのだ。
慈炎の黒い髪は、名残でまだ少し濡れていた。
「あの、慈炎さん……、わたし、ほ、本当にごめんなさい!!」
再度下げた頭にポンと温かい手がおかれる。
「雨留、オレは全然大丈夫だし、慈炎でいい。
あと、敬語もいらない。
せっかく出会ったんだから、オレはおまえと仲良くなりたい」
頭を上げると、に、と笑った慈炎の顔がすごく近くてドキッとしてしまう。
「あ、ありがとう……」
慈炎は真っ直ぐに目を見つめてくるから、わたしは目を逸らせなくなってしまう。
「だから人との距離感おかしいです」
察したように鹿目が慈炎の服を引っ張って引き離してくれる。
「そうか??」
理解できないと言うように慈炎が首をひねる。
そんな慈炎を無視して鹿目がわたしに向きなおる。
「雨留さま。
わたしのことも鹿目とお呼びください。
このしゃべり方も元々ですので、わたしが敬語なのはお気になさらず」
「鹿目はかってーのなー」
「主人が適当すぎるからこうならざるを得なかったんです」
「ちょ、お前のしゃべり方も無表情も生まれつきだろ!?
オレのせいにすんなよなー」
「無表情はしゃべり方と関係ないと思いますが」
「ふ、ふふ」
主従とは思えないくだけた二人のやりとりが面白くて、つい笑ってしまう。
するとふざけていた二人が一斉にこちらを向く。
笑ってしまって失礼だったかな……?
慌てて取り繕おうとしたが、慈炎がにかっと笑って言ってくれた一言でその必要がなくなる。
「雨留、お前初めて笑ったな。
うん。お前はそうやって笑ってたほうがいいよ」
「……うん」
天界では怠けていると蔑まれ、怒られてばかりだった。
笑っているほうがいいなんて言ってくれた人は、はじめてだった。
嬉しくて、わたしはまた自然と笑顔になれた。
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