奇跡の章
第51話 信者の悲鳴
旧【カエルム神国】の地方都市【アウルム】。
そこに【聖者】トリスタン様が滞在され、魔王軍からの侵攻を防いでいると聞いた私は、非才ながらお力になるべく馳せ参じたひとりだ。
かつて、魔王軍との戦いで命を失った私を救って下さったのが、トリスタン様だった。
それ以後、あのお方の信奉者……いや、信者となった私は、いつか己の力をあの方に捧げたいと考えていた。
そして今、その願いを果たす機会が訪れたのだ。
魔王軍の侵攻で陥落した【カエルム神国】の一地方都市に、トリスタン様と【癒聖】【クリスタ・フォン・フリカ】様が立てこもり、そこまで逃げ延びて来た人々とともに徹底抗戦をしているとの噂を聞きつけたのだった。
これは何としてもお力にならなくてはと、私は取るものも取らずに帝国から城塞都市アウルムへと入ったのだった。
城跡都市の中は、近隣から逃げてきた旧神国の住民や私のようにトリスタン様を慕って周辺の国々から集まった人々が行き交っている。
「何とも壮観だな……」
思わず私がそう呟いたほどに、城壁都市は活気に満ち溢れている。
やはり、私と同じようにトリスタン様の下で戦えることを誇りにしている者たちが多いからであろう。
人々の表情は強く明るかった。
だが、この都市に来て私はおかしなことに気づく。
時々、お姿を見せるトリスタン様の様子が以前にお見かけしたときと異なっているように見えたのだ。
以前は、聖者とお呼びするに相応しい慈愛に満ちた笑みを浮かべていらっしゃったのに、今の笑顔はどこか作り物めいた薄ら寒い感じなのだ。
「仕方あるまい。ここは最前線だ。トリスタン様も緊張しているのだろう。だいたい、【癒聖】様が常に一緒におられるのだ、偽者だということはあるまい」
この街で知り合った、とある兵士がそうトリスタン様を慮る。
確かにそうだ。
毎夜、城壁の外側から聞こえる魔物どもの咆哮は、住人たちの精神をガリガリと削っている。
人々を率いているトリスタン様の心痛も、我々一兵士には想像すべくもないほどであろう。
今の我々は、トリスタン様が研究されている身体強化の実験が成功することを待ち続けている。
どうやら、これが成功すれば人の身体能力が格段に向上するらしい。
まさに夢の研究だ。
それが成功すれば、この都市を出て魔王軍に反攻するのだ。
私ばかりではなく、多くの者がその実験の成功を待ちわびる日々を送っていた。
★★
ある日、トリスタン様から直々に研究中の実験の被験者にならないかと呼びかけられた。
何でも屈強な兵士の助力を得たいとのことだった。
生命には何の別状もない簡単な実験だとのことで、私はそれを受けると即断した。
私がトリスタン様のお力になれる。
その事実に、私は誇らしい気持ちであった。
「トリスタン様、私は以前、ケルサスの街で貴方に生命を救われた者です」
「ん〜?そんなことあったかなぁ〜」
実験を受けると答えた際、トリスタン様に覚えていられなかったことはショックであったが、これからご恩を返して覚えてもらえばいいと、前向きに考えるのであった。
★★
そうして、トリスタン様の実験室に赴いた私は、これから身体強化の因子を注射されるとの説明を受けた。
これが体内でうまく活性化すれば、獣人にも勝る身体能力が手に入るとのこと。
仮に失敗だった場合、因子はすぐに効力を失ってしまうとのことで身体には影響もないとのこと。
これなら、大丈夫だと頷いた私は、トリスタン様の背後で、何かを言おうとしているのに言葉が出てこない、そんな様子の【癒聖】様に気づく。
それは、まるで自分の行動を誰かに封じられているかのような…………。
その様子に一抹の不安を覚えた私は、実験をいったん取りやめてもらおうとしたが、時すでに遅し。
私の左腕には深々と注射の針が突き刺さっていた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、血管に異物を挿入されたかのような激痛が走る。
狂わんばかりの痛みに、私の口からは悲鳴が上がる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
頭の中がその言葉だけで埋め尽くされる。
すると突然、左腕がボコボコと肥大すると、たちまち破裂した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりの痛みに私が意識を失う直前、醜悪な笑みを浮かべたトリスタン様の呟きが聞こえた。
「ん〜? まちがったかなぁ〜?」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
お久しぶりです。
毎日更新の『無自覚〜』の方が手間取ってまして、なかなか更新できませんでした。
さすがに毎日更新は辛いものがありますね。
一年経ってもなかなか慣れません。
ということで久々の更新ですが、主人公が出てきませんでした(汗)
次回……次回こそは話が進みますのでご期待下さい。
トリスタン、噂とは違うじゃねえか〜(棒)
どこが聖者だよ〜(棒)
モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。
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