014 エピローグ

「レジス神官様、お昼を一緒に頂きませんか?私、今日も自分で作ってまいりましたの」

「レディランジュミューア様、毎日このように私などのために手をかけずとも…」

「いいえ、胃袋からつかめとも言いますもの」

「は?」

「こちらの話しですわ。今日はサーモンのサンドイッチですわ」

「美味しそうだね」

「自信作ですわよ」


 夏季休暇の間、私は考えて考えて、考え抜いて。相談して報告して、頼ってまた相談しました。

 その結果、私はレジス神官様を誘惑する悪役令嬢になることにしましたの。

 アレクシアという懸念を排除するために、お父様に掛け合って婚約も取り決めさせていただきましたわ。

 最初は渋っていたお父様でしたが、アレクシアの真摯な想いと、私と兄様の説得で夏季休暇の終わりごろ、やっと認めてくださいました。

 エジッヴォア先生の説得はアレクシアが行っておりました。今後デルジアン侯爵家が後援することで、絵を描くことに集中できる環境を提供するということ、アレクシアが結婚することで身の回りの世話もするということ、そしてなによりも、アレクシアのエジッヴォア先生へ対する恋心を語ることで、どうやらインスピレーションが湧き上がっていらっしゃったそうです。

 これは乙女ゲーム通りですね。前倒しされてしまいましたが、終わり良ければ総て良しという感じでしょうか?

 そして、もう一つ変わったことと言えば、ランちゃんの婚約が白紙になりました。以前からその話は合ったのですが、ついに実行されたという感じですね。

 もっとも、それに付随して私に婚約の申し込みがあったのですが、もちろんお断り申し上げました。

 私はレジス神官様のお嫁さんになると決めましたので、それ以外は全面拒否ですわ。

 そういえば、兄様ですが最近文官のお仕事に戻りました。実家に帰ったわけではないのですが、家からお仕事に行く兄様にお弁当をお渡しすると、嬉しそうにしてくださいます。

 将来は宰相になるスティーロッド様の補佐官になるつもりだとおっしゃっておりますわ。

 兄様の夢ですので、妹として全力で協力させていただきたく思います。

 それと、カロリーティア様ですが、家出なさいました。冒険者さんと世界を回って来ると書置きを残して、お城を出て行ってしまったそうです。お城では裏で一時期大騒ぎになりましたが、今は落ち着いております。もともと深窓の姫君でしたので、離宮で静養しているうちにお亡くなりになった、と公表する予定なのだと、こっそりスティーロッド様に教えていただきました。

 私ももしかしたらそうなっていたかもしれませんわね。だって、魔法使いですもの。

 なんて言いましたら、兄様が全力で引き止めてくださいました。

 レジス神官様とお付き合いできればこの国を出ることはありませんとお伝えしましたら、苦い顔をなさっていましたが、応援してくださるとおっしゃってくださいました。

 お父様も似たような感じですわね。でもお父様の場合は、もし応援してくれないのなら、家出をした挙句、お父様のことを嫌いになって駆け落ちしますと脅し…、ではなく説得いたしましたのよ。

 そうそう、古代文字の研究もそれなりに進んでおります。もっともそれなりですので、本当にそれなりですので、魔法陣に古代文字を組み込むまでには至っておりませんわ。

 いえ、実験はしたのですよ。薔薇を召喚する魔法陣なら、そこまで周囲に影響がないと思いまして、ルイクロード先生立ち合いの元、行ったのですが、半径30mほどに薔薇の花が舞い散るという現象が起きました。

 一応、魔法陣の上にだけ数輪出現される予定だったのですけれども、効果が強すぎましたわ。古代文字を組み込む魔法陣の制御は難しいですわね。

 レディベル先生に関してですが、歌劇団に相変わらず勧誘されております。私の歌声は歌姫になれるといわれておりますが、何度もお断り申し上げております。

 だって、歌姫になったらレジス神官様にアタックする時間がありませんもの。聖歌隊になら入ってもいいと言っておりますので、その方向で話しが進んでおりますわ。

 さて、私の恋愛ですが夏季休暇後に再会した日から、猛アタックしておりますわ。まずは胃袋を掴むところから始めております。


「あっ!そうですわ。神様にお祈りをいたしませんといけませんわね」

「ええ、どうぞ」


 サンドイッチの入ったバスケットをレジス神官様に持っていただいて、私は壇上に登る階段の下でステンドグラスに向かい手を合わせて祈ります。

 神様。意地悪で優しくて慈悲深くて残酷な神様。

 アナタのおかげでレジス神官様に出会うことが出来ました。そのことには感謝いたしますが、レジス神官様の心を奪うアナタは、やはり憎らしい存在でいらっしゃいますね。

 今回で何度目の恋でしょうか?何度目の愛でしょうか?

 激しく甘く穏やかで切ない。恋愛とは何度経験してもほろ苦く焦がれるものにございますね。

 ねえ、神様。少しぐらい私にくれてもいいんじゃありませんか?レジス神官様のお心を、私にくれてもいいのではありませんか?

 だって、私はもしかしたら、またアナタに記憶を戻されてしまうかもしれませんもの。だったら今回のお相手の心を、少しぐらい私に向けてくださっても許してくださるでしょう?

 天秤のつり合いが取れるぐらいで構いませんのよ。そのぐらいでいいのでくださいませ。

 愛する神様。憎い神様。アナタのおかげで今日も私は、この馬鹿げた人生を送っておりますわ。

 祈りを終えて、背後で見守っていてくれたレジス神官様を振り返って微笑みを向ける。


「さあ、今日も悪役令嬢らしくたっぷり誘惑しますので、覚悟なさってね」


 悪役令嬢役から全力で逃げていた私は、私の恋愛を叶えるために、悪役令嬢になりましたわ。


「アナタの半分でいいの 私にちょうだい

 苦しい心を 私にちょうだい

 その代わりに 私の半分

 嬉しい心を アナタにあげる

 それしか許されないなら それだけでいい

 全部なんていらないの

 半分でいいの たった半分でいいの


 どうせこの世界はくだらないから

 こんな世界で生きていかなくちゃいけないから

 繰り返される悲劇に物見遊山の高笑い


 私の半分を アナタが受け取って

 楽しい心の アナタにあげる

 その代わりに アナタの半分

 悲しい心を 私にちょうだい

 それしか許してくれないのなら それだけでいい

 全部なんて言わないわ

 半分でいいの たった半分でいいから


 どうせこの人生はいつか終わる

 それでも生きていかなくちゃいけないから

 迷える子羊を惑わす福音の祝福が聞こえる


 ねえ今回はどんな惨たらしい結末なのかしら

 ねえ今度はどんな美しい結末なのかしら

 ああなんて喜劇的なの ああなんて悲劇的なの

 私は欲深い女なの 私は謙虚な女なの

 だから半分だけでいいから

 どうか私にちょうだいな」

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