第2話-1 ヒュドラ狩り
出炉は目覚めると、ベッドの上に寝かされていた。起き上がろうとしても全身が痛む。
「クソ、あの変異体……なんなんだ一体」
そう吐き捨てながら自分の身体を見ると、包帯でグルグル巻きになっている。周囲にカーテンがかかっているベッドが並んでいることから、そこが病院であることに気付いた。
「そうか、俺たちは負けたのか。ははっ市民は全滅だろうな、ざまぁみろ」
彼はそう言い、また、ベッドに横たわった。
* * *
早朝5時。
僕は決まってこの時間に起きる。
「おはよう」
聞き慣れない声が聞こえてくる。
寝ぼけながら「おはよう……」と呟き、はっと顔がこわばる。腕輪に目を向けると、女神像の瞳が緑色に輝いていた。
「どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ。おはよう」
少し戸惑ったが、この状況を飲み込む。僕の腕には、昨日から女神アトラスが住み着いているのだ。
「それにしても、ここまでやる気だとはね」
「やる気って何のこと?」
「私が真の姿を維持出来るのは、恐らく1日1分が限界。その力が回復する時間を考えて起きるとは」
「え、1日1分!?」
「うん、こっちの世界だと神の力はほとんど持たないんだ」
なんで神様の姿のまま活動しないんだろうとは思っていた。が、その疑問が解けてしまった。アトラスはこの世界に相容れない存在なのかもしれない――。
「たった1分……」
「だから時間を有効に使いたいのよね、私も早く神の世界に帰りたいし。布令はそんな私の意を汲んで、朝から動いてくれるんでしょ?」
「いやいやいや、僕には母さんの介護と家事、それに仕事も……」
「小隊からは追放されたんでしょ」
そう言われ、気まずくなって俯く。だが未来建設小隊はキメラによって相当被害を受けていたし、遅かれ早かれ無職になっていただろう。そう考えると、何か役割がある自分は幸せなのかもしれない。
「まぁ、そうだけど」
「その分、怪物退治で頑張りましょ」
「わかったよ」
彼女の誘いに乗ったのは僕自身だ、拒否権なんてない。
ベッドから跳ね起きると、腕輪に向かって言った。
「でも、まずは朝ごはんからね」
調理を済ませると、二階へと向かった。寝室のドアを開くと、母さんが窓からぼーっと空を眺めている。こちらに振り向くと、目を擦りながら「おはよう」と呟いた。僕も「おはよう」と返す。
不意に、彼女は首を傾げた。
「なんか、今日は違うねぇ」
「そう?」
「うん、元気って感じ」
別に何かを変えたつもりはないが、どこか気になる所があったのだろうか。僕は特に深堀もせず献立の説明に移る。
「いつも通りだけど、トーストとジャム、それに簡単だけど野菜スープ」
「ごめんね、いつも任せちゃって」
「いいんだよ、母さんは頑張っているんだから。家事くらい僕に任せてよ」
「ありがと、頂きます」
部屋から出ようとすると、腕輪から声が聞こえてくる。
「布令じゃなくて母親の朝食だったのか」
やはりアトラスの声は母さんに聞こえていないらしい。ただ、相変わらずこの腕輪には慣れない。傍から見たらちょっとしたアクセサリーかもしれないが、僕からしたらいきなり喋りかけてくる同居人みたいなものだ。
「布令は本当に他人に尽くすんだね」
「うん」
「……ふーん」
僕の適当な相槌に、不満そうな声が返ってくる。彼女との会話を母さんの前でするわけにもいかないので、僕は「ゆっくり食べてね」と言って一階に降りていった。
自分の分も済ませようと、広いテーブルに一人分の朝食を用意する。いつもは孤独な時間だが、今日はアトラスが忙しなく話しかけてくる。寂しさを紛らわしてくれるが、内容はなんだか小難しい。
「多分、残りの怪物もそう遠くまでは行ってないはず」
「そんなこと分かるの?」
「天上世界の怪物たち……長ったらしいか。私たちの言葉で『テラス』って呼んでいるから、そっちを使おう」
「そのテラスっていうのは、この街にしかいないの?」
「そうだね。というか、街から出ることが出来ない」
不思議だとは思っていた。アトラスがこの街にいることを知っていながら、キメラは場所を変えずに暴れ始めた。小さかったとはいえ、自分に傷を付けた存在からは離れて活動するはず。
「なんで?キメラなんか羽まで生えてたのに」
「天上世界と現実世界が繋がってしまったのは、前に教えたと思うんだけど」
その言葉にうなずくと、アトラスは続けた。
「その影響で、この街にそこのエネルギーが流れ込んできたの」
「エネルギー?」
「いわゆる大気ってやつだね。天上世界の大気が現実世界に僅かだけど漂っているから、テラスたちは活動できているの。だけど神はその大気が大量に必要になる。そのせいで私は一人で現界できないのよね」
「なるほど。つまりこの街にしか天上世界の大気、エネルギーが流れていないから、テラスは出られないってこと?」
「そういうこと」
それであれば、確かにこの街のどこかに怪物たちがいるということになる。そこで僕はもう一つのことに気付いた。
「だとしたら、このまま放置しておけばテラスは勝手に自滅するんじゃ?」
エネルギーを使い切って飢え死にするキメラの姿が思い浮かんだ。
「残念だけど、それはない」
僕の希望的観測は、あっさりと否定されてしまった。
「テラスはこちらの世界の大気を天上世界に近づける力、言わば環境を変える能力を持っているの」
「えっ!?」
「テラスは自ら天上世界の大気を放っているの、エネルギーにしながらね。この世界の大気を喰らって、あっちの世界へと変化させてしまう。つまり、彼らが生き続ければ……」
だんだんと事の重大さが分かってきた。そして無意識に呟く。
「この世界が天上世界そのものになる……」
そうなってしまえば、世界が終わる。この街だけじゃない、地球上の全人類があの怪物に蹂躙され、滅んでしまう。彼女が初変身の際にも急いでいる理由も理解できた。
僕は口に入っていたパンを野菜スープで流し込むと、自分と母さんの食器を片付け、朝の支度を済ませた。
一人で焦る僕を尻目に、彼女は話を続ける。
「あと、私の正体や布令との関係は知られないようにね」
「えーっと、人体実験でも警戒してる?」
これまで開発されてきた対変異体用の装備は、多くの動植物の犠牲のもとに生まれたと聞いている。僕が女神と契約し、特別な力を持っていると他の人間に知られれば、同じような運命を辿るだろう。ただ、彼女の答えは僕の予想とは違った。
「テラスの中には人間を利用するやつがいるのさ」
「人間を?」
「そう、人間を生かしたまま利用し世界を支配をする。そいつに正体がバレてしまったら、布令は格好の獲物だ」
「……なるほど」
それに関してはすんなりと理解できた。神話の中には人間を貶める話や、人間に試練を与えるというのはよくある話だ。
「とりあえず、人前では変身せずに調査を進めよう」
「分かった」
僕は玄関で靴を履くと、二階に向かって「行ってきまーす」と叫ぶ。本来であれば出勤の時間。いつもは家の前に瀬里奈がいて、無職(自称デザイナー)の彼女と雑談しながら職場に向かうのだが、今日はどうしたものか。
そう思いドアを開くと、いつも通り瀬里奈が立っていた。
「おはよっ!」
「あっ、僕さ、もう小隊をクビになっちゃったから……」
特に気にしていない様子。だが様子が少しだけおかしい。
「それは知ってる、それよりさ……」
彼女は急に寄ってくると、背伸びをしながら僕の耳に口元を寄せてきた。
「えっと?」
少し乱れた息遣いがくすぐったく、自分の顔が熱くなるのを感じた。表情はよく見えないが、これって……。
「布令君って、巨人に変身できるんだね」
火照った顔から血の気が引くのが分かった。
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。
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