第2話-2 ヒュドラ狩り
「どうやって変身したの? 正体はなんなの? どんな感覚なの?」
動揺する僕を意に介さず、瀬里奈は畳みかけるように質問を投げかけてくる。
「ぼ、僕は……」
何とかして切り抜けなきゃいけないのにどもってしまう。着替えたばかりのTシャツに、じっとりと汗が染み込むのが分かる。
「勇者なんだ」
口が勝手に動いた。
「勇者?」
「そう、女神っていうのに憑りつかれちゃってね。そいつと契約して変身する能力を昨日手に入れたの」
腕輪の仕業だ。この女神、口まで勝手に……。
そう思っていると、今度は自分の手が、無意識に彼女の首元に伸びているのに気付く。
「そして今、君はそのことを知ってしまったね」
自分が、いやアトラスが何をしようとしているのかを瞬間的に理解した。
「やめろ!」
叫びながら腕に力を込めると、あっさりその手が下がった。腕輪からは「すごいね、私の力捻じ曲げるなんて」と呑気そうな声が聞こえてくる。
僕は息苦しくなり、大きく呼吸を繰り返しながら腕輪を抑えた。
瀬里奈の身体が震えている。明らかに常軌を逸した僕の行動に、恐怖心を抱くのは無理もない。とにかく謝ろうと顔をあげる。
だがそこには、ニヤニヤと微笑む彼女がいた。
「「え???」」
口から出た僕の声と、脳内に響くアトラスの声が綺麗に重なった。こんな拍子抜けした声が出るんだ……という言葉は心の中に仕舞い込む。
瀬里奈は目を一瞬見開くと、得意げな表情を浮かべた。これはもう専門分野のことを語るモードだ。興奮したように息を荒くしながら話しかけてくる。
「すごいじゃん!勇者とか女神とか、神話みたい!内緒にしたほうがいいのは分かったけど、一緒に活動させてほしいな」
「い、一緒に活動ってどういうこと?」
「協力させてってこと。私の推測なんだけど、もしかしてこの前みたいな巨大な怪物を探しているんじゃないかなって」
それに対し、口がまた勝手に動く。
「へぇ、なかなか肝が据わってるね。一緒に行動する代わりに、我々の情報を公表しないってことでしょ?」
図星だったらしく、彼女はへらへらとだらしない笑みをみせた。何か惚れ惚れしているようにも見える。たが僕はそんな彼女の顔を見て黙っているわけにはいかなかった。
「待って、怪物だよ?しかもあんなに大きな……。この前だって危なかったし、また襲われるかもしれないんだよ?」
「えー、じゃあバラまくよ、布令君があの巨人に変身したんだって」
彼女の脅しに対して、腕が動こうとするのが分かる。力を込めてそれを止めると、今度は口が動いた。
「分かった。じゃあ手伝ってね。怪物探しにレッツゴー」
予想外の言葉までは止められない。抗議の声をあげようとするが、周囲には通勤通学中のサラリーマンや学生が居る。こんなところで独り言を言って、白い目で見られたくはない。
結局、僕は二人に流されるまま家をあとにした。
* * *
「さーて、こういう時に便利な場所を知ってるんだ」
瀬里奈はそう言いながら、遺跡が集中している地域のうちの一つ。
第8特別区へと入っていく。
当然のように人気はない。ここは一般人はおろか、パーティですらあまり来ないような危険な地区だ。小隊をクビになった僕は武装なんてしていない。今、変異体に襲われたら逃げることしか出来ないだろう。細心の注意を払うが杞憂に終わった。
入り組んだ地形を経てたどり着いたのは、数メートルはあるだろう大きな看板の前で立ち止まった。看板には大小さまざまな紙が所狭しと貼られている。
「うーんこれは違うな、こっちはどうかな」
「えっと、なにこれ?なんでこんなところに来たの?」
記事に目を通す瀬里奈に恐る恐る声をかけると、「革命派の裏看板」とだけ返される。何も理解できず首を傾げる僕に気付いたのか、彼女はさらに話し始めた。
「革命派の裏看板って情報の宝庫なんだよね。ちょっとした新聞から求人票、捜索願まで貼られてるんだよ」
「へぇーそうなんだ」
「危ないから帰ろう」なんて言えそうにない。反抗したら何をされるか分からないし、第一今の僕には情報を集める手立てはない。
「うーん、やっぱり昨日の怪物と巨人……布令君たちの話題でいっぱいだね」
「他に目ぼしい情報はありそう?」
「うん。このボディガードってやつと……お、なんかそれっぽいのある」
「どれ?」
張り紙は『城南大学附属病院で行方不明者多数、謎の巨人の仕業か!?』というもの。
二度目のキメラ出現は市街地だったが、一瞬で決着がついたため病院への被害は無かったはず。なのにわざわざ巨人と結び付けようとするのは不自然だ。右下には「IBEX」とスタンプが押されている。
「なるほど、信じてみる価値はあるかも。IBEXっていうのは革命派の間では有名な情報屋で、意外と信頼できる情報ソースなの」
「怪しいけど、これくらいしか手がかりがないしなあ……とりあえず病院に行ってみようか」
この情報屋の素性は分からないが、今は頼るしかなさそうだ。
「うん。実は、見舞いに来いって出炉から連絡来ててさ、ちょうど良かったー」
「そ、そうなんだ」
瀬里奈のスマホには「とにかく病院に来てください」とメッセージが表示されている。
出炉ってそんな寂しがり屋だったっけ?
* * *
病院に着くと、妙な違和感を覚えた。あまりに静かすぎる。
仮にも先日、キメラの襲撃があったばかり。患者の家族や取材陣が来ていてもおかしくはないのに、人影すらない。
「誰もいないね、休みなのかな」
「それにしては駐車場の車が多い気がするけど」
駐車場には一般乗用車や中継車、シャトルバスまで停まっているが、それに見合うほどのひと気は感じられない。
不審に感じながらも病院へ入る。
院内は相変わらず静か、というか人が明らかに少ない。売店は閉まり、廊下はしーんとしていて、待合室には誰もいない。
受付の前で待っていると、やけに表情が硬い女性の看護師が横から話しかけてきた。
「本日はどうなされましたか?」
「この前から入院してる出炉さんのお見舞いに」
「そう、私じゃないのね」
「え?」
「いえ、何でもないわ。ちょっと待っていてね」
微妙に噛み合わない会話を済ませると、彼女は診察室をぐるぐると探したのち電話をし始めた。普通、患者の病室くらいすぐに分かるものだと思ったけど……。
15分後。今度は何人かの医師を引き連れて戻ってきた。ただお見舞いに来ただけなのに、これじゃあまるで回診だ。
「それじゃあ、案内しますね」
医師たちは僕らを囲みながら歩き、3階の奥の部屋まで案内してくれた。カーテンを開けると、出炉に横たわっている。
寝ているのかと思って近づくと、そのまま立ち上がってふらつきながら僕にしがみついてきた。
「よかった、ありがとう」
「ど、どうしたのさ、出炉らしくないね」
彼がここまで感情を露わにするのは初めて見た。特徴的な糸目から大粒の涙が流れている。小さい頃からの付き合いである彼に、ここまで頼られることに悪い気はしなかった。
少し落ち着かせようとそんな彼を引き剥がした瞬間。
僕の身体は周囲にいた看護師や医師を吹き飛ばしながら、病室の外へと駆け出していた。
「な……え?」
訳も分からず狼狽える僕の脳裏に、声が響き渡る。
「話はあと、逃げるよ!」
背後からは数人が追ってくるような足音が聞こえる。
「な、なにさ、一体!?」
この病院で何かが起こっている。それは確かだった。
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
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