8-2 (マリオン)

『アベリル=ドラクル=ヘルツベリとマリオン=ジュールス=ディンケラは以下の契約を履行する。


 ・ディンケラに対する魔王たちの干渉を無くすべく、アベリル=ドラクル=ヘルツベリは行動し、これを成す。

 ・上記が成された場合、マリオン=ジュールス=ディンケラはグレタ=ハフグレン=ディンケラの居場所を教える。


 契約の神と真祖の名のもとにこの契約は承認される』


 魔王相手に何をやってるんだとは思うし、勝手にグレタを利用したことは悪いと思っているが、この際仕方がないだろう。

 しかし、


「彼女の名前はグレタというのか。グレタ・・・早く会いたいものだ」

「6歳、いや7歳になったか?まあとにかくそんな年の幼子を魂の番などという等、まさか今の姿のまま時を止めるなどと言わないだろうな?」

「望むのなら望む年齢になるまで待つのも良いが、どのような姿であっても俺は彼女、グレタを愛する自信がある」

「ロリコンに妹を娶らせるつもりはないんだがな」

「ロリコンではない、グレタを愛しているのだ。しかし、娶る・・・なるほど、番になるのだから婚姻を上げるのはよいかもしれないな」

「は!?」


 この魔王は何を言った?

 魂の番なのだと言っていたくせに娶るつもりもなかったというのか?そんな侮辱をこの私が許すとでも思ているのだろうか?

 いや、しかし今それも良いといってし、娶ってはくれるのだろう。

 ああもう、すまないグレタ。こんな厄介そうな男にお前を売ってしまったようなものだ。

 兄としてこんな情けないことはないが、仕方がないと諦めてほしい。斬首されるよりはましだろうと思うのだが、実際はどうなんだろうか。

 もう契約はかわされてしまったし、俺が一人で害を受けるのであれば不履行にしてもいいが、この契約の背後には革命という大きな変化が待ち構えている。

 もう動き始めているそれを止めれば、それこそグレタの語った未来のような悲惨な末路をたどることになってしまうだろう。

 よく一人を救えないで大勢を救えるものか、というものがいるが、大勢を救うために一人を犠牲にする覚悟もない人間が、多くの人を導けるのかと私は思う。

 生贄と言えばそれまでだが、グレタを生贄に私は国民を、国を救う道しか残されていない。

 敵を愛せよ?はっ馬鹿々々しい。利害が伴えば敵も味方に変わることもあるだろうが、敵である内は敵でしかない、愛するなどもうさんざん努力してその度に踏みにじられてきた。

 この国では多神教だが、隣国は一神教だ。すべての人は平等であり、人を愛せよと、戦いをさけ話し合えと教えながらも、それを信仰する人々は階級を作り、争い合っている。

 私が愛した人は隣国の王女で、国のためにという名目で他国に売られるように嫁いでいった。まだ10歳だったのにだ。

 そこでは隣国と同じ一神教だったが、側室の争いに巻き込まれた彼女は死んだ。

 幼い彼女は抵抗することもできずに、狡猾で強かな側室の争いに、負けて死んだのだ。なにが敵を愛せよだ、ばかばかしい。

 私はこの国に生まれてよかった。様々な神を信じるこの国では争いの神ももちろんいるのだから、今私はその神に願いを告げる。


「革命をおこしこの国を良き方向に導く。そして、人々の平穏を守る!」

「そうか。では俺はこれから早速魔王どものところに行ってくる」


 そう言って立ち去って行った吸血鬼の魔王を見送って、その場に行儀悪くドサリと座り込んで頭を抱える。

 革命を起こすのは簡単じゃない。今の自分では求心力も大したことはない。善良な貴族や冒険者は協力してくれても、それ以外の平民は私を疑うだろう。

 なんといっても王族だというだけで、平民にとっては敵なのだ。

 灰の麗人などと言われていても、それは冒険者や貴族での間でのことだ。むしろ顔を見せないグレタのほうが平民には親しまれているかもしれない。

 だが、もし革命が成功して、その後はどうなる?私が国王になるのがいいのだろうが、それでは革命ではなくクーデターというものもいるかもしれない。けれどもこれは革命だ。

 そしてその主導者として私は国王になる覚悟を決めなければいけない。

 そして、・・・妻をめとらなければいけない。

 彼女以外の女性を愛して子供をもうけなければいけない。

 ああ、情けないな。たったこれだけの事なのに心が死にそうに苦しくなる。何のことはないことなのに、私は彼女の死がまだ克服できずにいる。

 婚約を申し込めばよかったと何度後悔したかわからない、この国に残れと引き止めればよかったとなんと後悔したかわからない。

 それでも私はこの国を変える責任を取らなければいけないのだ。


「はは、は・・・」


 おかしな話だ。

 壮大な夢、革命という夢を見なければいけないのにその先の出来事にもうすでに後悔するなんて、ばからしい。


「くそっ!」


 それでも立ち上がれ、と自分に言い聞かせて立ち上がり国のある方角を見据える。


「すべて終わらせてやる」


 そのためにまずは名を売り信頼を勝ち取らなければならない。

 こんなところで後悔をしている余裕なんてない、私は前に進む足を止めてはいけない、少なくとも今は歩き続けなくてはいけない。

 グレタへの後悔も今は忘れて、今度誕生日の手土産と一緒に謝罪をしよう。

 そうだ、目の前のことから片づけていかなくてはいけないんだ。大局を見て足元をすくわれるわけにはいかない、逆に足元を見て大局を見失うことも許されない。

 細い刃の上を私は歩き続けるしかない。

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