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 吸血鬼の魔王が復活したという話しをしていると、不意にスミレをくれた方を思い出して胸が温かくなりました。

 そう言えば吸血鬼の魔王と特徴が一致しておりますものね。

 けれど、そのような大物の魔族がこの国の王城に来ていたとは思えませんし、別の方でございましょう。


「まあ、魔王が復活ともなれば冒険者の方々はこちらにあまり来なくなりますし、王都にいる冒険者の数も減りますわね」

「そうなりますね」

「そうなった場合、サーヴが依頼を受ける量も増えるのでしょうか?」

「もともと依頼は受けない方向で活動しておりますので、大丈夫だとは思いますが、断定は出来かねます」

「そうだなあ、でも動くのは高ランクの奴らだろうし、下っ端はあんま行かないだろう。お使いの依頼なんかは別に大して変わんねーよ」

「そういうロルフはお父様にお会いしたいとは思わないのですか?」

「思わない。全く持って思わない。捨てたやつらはどうせ親父に殺されてるだろうし、行く意味を感じねーな」

「そういうものなのですか?まあ私もお母様が生きていると言われても、会いたいと思うわけではありませんけれど」


 サーヴもいますし、母親への思慕というものはありませんわねえ。母親と言えば後宮にいらっしゃる女性を思い浮かべてしまいますので、幻想を抱いていないという方が正しいかもしれませんわ。

 もっとも、今はもうお会いすることもないお爺様とお婆様曰く、清楚で可憐で美しく誰もが羨む美貌を持った清く正しい女性だったそうなのですが、信じてはおりません。

 というか、信じられませんわね。

 ソファに座って優雅に紅茶を頂きながら、美味しい焼き菓子をつまみ、それが終わったら水で刺繍をするというのが最近の日課となっております。

 相変わらず料理はさせては下さいませんが、お茶を入れることは許してもらえるようになりましたのよ。

 ロルフは料理はそこそこできるのですが、お茶の味がひどいので、サーヴがいない間私の喉が渇いてしまわないように、とのことだそうです。

 実は、水を高温にするという練習も兼ねておりますの。

 火を使わずにお湯を作るということが出来ると、魔法の辞書に載っておりましたので実行しているのですが、水がぬるま湯になる程度にしか出来ておりません。

 もうちょっとコツを掴めば熱湯にできると思うのですけれども、そうすれば蒸気というものも魔法で仕えるようになるかもしれませんわ。

 紅茶の湯気も蒸気というものだそうですわ、同じものでも言い方が違うなんて面白いですわよね。

 お茶の時間が終われば、刺繍の時間となります。

 布地を手に取り、刺繍を始める前に構図を考えます。透明な水で刺繍をいたしますので色で味わいを出すことが出来ませんので、糸の太さで違いを出すようにしております。

 実は、私のこの水刺繍はひそかな人気商品らしく、ハンカチに家紋を刺繍てほしいとか、ドレスの裾に刺繍をしてほしいと依頼が来ておりますの。

 とはいえ、これを本業にするつもりもございませんので、無理のない範囲で依頼を受けております。

 もちろん依頼を受けて来てくれるのはサーヴですわ。

 今回刺繍する物は自分で使うハンカチにしようと思っておりますので、スミレと蝶の図案にいたしましょう。

 そう考えながら刺繍を始めていると、いつも時間が立つのを忘れてしまって、食事の時間になってサーヴかロルフに声をかけられて、やっと時間がたったことに気が付くという感じなのです。

 私、集中すると時間を忘れてしまうのですよね。

 それに、子供の体ですので長時間集中しているととっても疲れてしまって、モンスターを倒しに行く気力がわかなくなってしまいますの。

 食事の後はお風呂に入ってすぐに寝てしまう日もあって、なんとも子供らしい生活を送っていると思いますわ。

 王城に住んでいるときは、習い事ですとか決まった時間にならなければ寝室には行けないとか、いろいろ決まりごとがあって、面倒な生活でございました。

 今日もサーヴが夕食の時間だと言って声をかけてくださるまで、自室のスペースの椅子に座って一心に刺繍をしておりました。おかげで刺繍はあと数針で完成いたしますので、先に完成させてから夕食を頂くことにいたしましょう。


「今日の夕食は何でしょうか?」

「牛肉とピーマンと玉ねぎとタケノコの炒め物、水菜のサラダに、ライ麦パン、ミネストローネスープでございます」

「デザートはないのね」

「必要なら用意いたしますが、本日は焼き菓子を随分召し上がっていらっしゃいましたので」

「そうね、あまり食べすぎるのも良くありませんものね」


 サーヴの言葉に納得して最後の1針を縫い終えて刺繍を完成させると、サイドテーブルにハンカチを畳んでおいて、サーヴのエスコートで夕食の席に着きます。

 ロルフは配膳をしてくれていたようで、最後のお皿を並べ終えて自分の席に座っておりました。食べるのを待たなくていいと言っておりますのに、待ってくれているのはロルフの優しさですわね。

 3人がそろったところで神への祈りを捧げて食事を頂きます。

 ちなみに、この神への祈りなのですが普通の方はしないのだそうです。そもそも神という概念がほとんどないのですが、私は何故か神への信仰心というか、神を信じる心がございますので、神への祈りを食事の前にささげているのでございます。

 昔は神への信仰もあったと言いますのに、今は神への信仰は忘れられて堕落への道へと進んでいくこの国の人間は、いいえ、王侯貴族は夢の中であったように革命者に処刑されるのが良いのかもしれませんわね。

 まあ、私は死にたくないので逃げましたけれど。

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