新しい装備、新しい性癖《スキル》【変身】

 煌めく照明に負けないくらいにお洒落な服が陳列された棚の間には、センスの塊みたいな服を身につけ、宝石や小物で着飾るマネキンがポージングをしている。

 店内に漂う『よう』のオーラを一身に浴びた隠キャわたしは一刻も早くここから逃げ出したかった。


「あのー、キバさん。本当にいいんですか?」

「いいもなにも、せがんだのは君の方じゃないか」


 そう告げられ、私は自分の言ったことを後悔する。


 掲示板広場での一悶着の最中、「何でもする」と述べたキバさんに突きつけたのは『私の装備を買ってくれ』という要求だった。


 だってそりゃそうだろう。スライムに装備を壊されてそのまんまだったんだから。


 シャツは半分以上溶かされ、インナーが丸見え。ボロボロのブレザーは上着のテイを成していないし、スカートなんかボロ布を腰に巻いてるのと変わらない。

 それでいて身体中にまとわりついたスライムの糸を引く感じといい、若干の色の濁りといい、光沢といい、必要以上に事後感を醸し出してる。


 一応、申し訳程度に布を纏ってはいるものの、データ上はすっぽんぽん。ダメージを軽減することもなく、ただ見た者の劣情を煽ってしまうだけ。

 そんな今のこの格好は私一人が眺めて愉しむならいいけど、これ以上誰かに晒し続けるなんてもってのほか。陽彩は誰かの慰み役ではなく、私だけがじっくりと堪能していい存在なんだから。


 だから、こうなる原因を作ったキバさんには少しだけ報酬を上乗せしてもらうことにした。このゲームの装備がいくらするか知らないけど、更新費用は問答無用で全額払ってもらうというプラスアルファを。


 というわけで私はキバさんの言うがまま、このブティックへと連れ込まれたのである。


 彼が金銭的な出費より女の子のパンチを選ぶ変態ではなくてよかったと、条件を飲ませた時点では思ったものの、まさかこうなるなら後者であって欲しかった。


「いや、私みたいなブサイクインキャがですね、こんなところに来ちゃいけないんですよ!」

「そんなことはないさ。表の世界の都合はどうあれ、今の君は魅力的だよ」


 店の入口で尻込みしている私をよそに、キバさんは顔色ひとつ変えず店員さんを呼んだ。タキシードを着こなし、老紳士という言葉がピッタリの店員さんだ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「へっ……あっ、そのぉ……」


 やはり、何も言えない。

 苦手な服屋の店員との応対に、私のリアルスキル【コミュ障】が発動し受け答えもままならない。

 そんな私を見かねて、キバさんが話し始める。


「セバス、この子の装備を一式見繕って欲しい」

「作用でごさいますか。では、ルナ様。どのような装備を御所望で?」


 店員さんの老紳士は私に販売装備一覧のカタログを差し出す。カタログ、と言っても紙の冊子ではなく、装備の画像を空中に浮かび上がらせるホログラムスクリーンのようなものだ。


 何から何までしてもらい、なお申し訳なさが立つ。私は確認がてらキバさんの顔を見た。


「いいんですか……?」

「いいから、好きなの選びな」


 私の不安を拭うように、彼は笑顔で答えてくれる。その様はなんだか子どもをおもちゃ屋に連れてきたパパのようで、どんなものを買い物カートに入れてもいいようなそんな気がした。

 ならば思い切り甘えてしまおう。そうするほうがきっと向こうも喜んでくれるし、そうすることを望んでる。そう思うと少し身体が軽くなった。強ばりもなくなり自然とカタログに手が伸びる。


 カタログをスワイプしながら眺めると、普通の服やら、金属製の全身鎧に、果てはボンテージまでさまざまなものが並んでいた。そういうところを見ると、このゲームの特殊性とここがゲーム内の装備屋だということを実感する。


 実に豊富で多種多様な装備一覧を捲って探していると、そこには私が求めるものもちゃんとあった。


「ブレザースタイルの学生服で!」

「セーラーじゃなくていいのかい?」

「可愛い子に着せるのはブレザー派なんで」

「セーラーもいいだろう!」


 なぜかキバさんがやや食い気味に割り込んできた。セーラー服も捨てがたいが、私は根っからのブレザー派。譲るつもりはないし、魅力をたっぷり語ってやろうと思っていたら、私たちに聞こえるくらいにわざとらしい咳払いが外野から聞こえてくる。


「それで、等級はいかがなさいますか?」

「も、もちろん一番いいやつ!」

「一番いいやつって、これまた遠慮がないねぇ……」


 やれやれと言わんばかりのキバさんに、まぁねと満面の笑みで答える。


「でしたら、こちらはいかがでしょうか?」


 老紳士がパチンと指を鳴らすと、ボロボロだった私の服は真新しい黒いブレザー服に一瞬で様変わり。その魔法みたいな変わりように思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「黒ブレザー! 紺のブレザーが王道だけど、白いシャツとの組み合わせがいい感じ! それに赤いネクタイもいい!」

「実によくお似合いでございます。

 最高級コースということでルナ様のご性癖通りお仕立ていたしました。スカートはキワのキワ、ギリギリまで短く整え、胸周りも見た目の大きさを強調するようなサイズに調整済みでございます」


 店員さんが姿見を持ってきてくれると、そこには新しいブレザーを来た陽彩わたしが映る。


 いいですね、いいですねぇ。おニューな姿が嬉しくて、ついにんまりとしてしまう。


 このね、着ているブレザーの胸元が押し広げられ、はちきれんばかりにシャツがテントを張っているこの感じが堪りませんのよ。乳袋にならず、自然な感じになっているのもポイントが高い。乳袋も乳袋でエロさを強調してていいんだけどねぇ、私は正しく着ているがゆえに醸し出されてしまうえっちさという破壊力が好きなのだ。


 細かいけどこういうところに応えてくれるところも、このゲームは実によく解っている。


「耐久性、防御性能共に申し分なし。これぞ、我々ができる最高の仕事というものです。いかがなさいますか?」


 この変態的な技が光る至極の逸品。彼らができる最高の仕事ということに嘘偽りはないだろう。ならばこれにしない理由もない。


「これでお願いします」

「じゃ、支払いはこっちにつけてくれ」


 かしこまりました、と老紳士はキバさんの言葉に頷く。


「それでは装備を変更いたします。ルナ様が既に装備なされていたものは自動的にアイテム欄に移動されます」


 そんなものあったかとアイテム欄を覗くと、そこには『スライム』という文字が。


 装備品扱いならどうりで外せないわけだ。しかし、こんなものを好き好んで装備する奴なんて……。

 いそうだな、このゲームには。そういうスキルがあるか知らないし知りたくもないけど、ちょっと粘っこい液体を“ぶっかけて”興奮する層が。


 それはそれとして、気色の悪いドロドロから解放されたのは普通に嬉しい。


「ありがとうございます!」


 鏡の中には新しい装備の陽彩わたしがいる。清楚な文学系少女がミニスカ生足JKへと大変貌を遂げ、なんだかいけないものを目にしているようでドキドキする。


 これでもだいぶ十分。でも、服だけでこんなに変わってしまえるなら、他を変えたらどうなっちゃうんだろうか。

 もっと。もっと、変わってしまった姿が見たい。この手で陽彩を変えてしまいたい。

 そんな、現実では胸に秘めていた欲望が止めどなくムクムクと溢れてきている。


「あのー、キバさん」

「なんだい?」

「ちょっと聞きたいんですけど……。あっ、いや、聞いてくれなくてもいいんですけど」

「どっちだよ」

「実は髪型とかメイクとかも弄れないかなぁー、なんて思いましてね」

「……分かった、その分も出そう」

「えっ!? いいんですか?」

「まぁ、苦労かけたからな。じゃあセバス、そっちの方も頼む」


 かしこまりました、と店員さんは私を店の奥の方へ案内する。棚やマネキンの群れを抜けると、そこには鏡の前に椅子がある美容院のような空間が広がっていた。

 店員さんに促されるままに、その椅子に座るとどデカいパーマの機械を頭に被せられた。


「それではヘアスタイル、メイクを一括変更いたします。パーツごとにお客様自身に調整していただく方法もございますが、今回は私のオススメでお仕上げいたします」


 服も私の要望通りにしあげてくれたのだ。店員さんに任せておけば何も問題ないだろう。

 それで構わないと彼に告げると、パーマ機が起動しウォームアップを始めた。唐突に、機械がカウントダウンを始めたと思うと、ゼロのタイミングで激しいフラッシュが焚かれた。


「お疲れ様でございます。さぁ、ご覧ください」


 店員さんが私の頭を覆っていた機械を外すと、


「うそっ……!」


 鏡越しの姿に、感極まってそれ以上の言葉が出てこなかった。


 そこにいたのはまさしく“ギャル”。

 二次元イラストでしかお目にかかれないようなピンクの髪をツインテールに束ね、ラメ入りアイシャドウが強めに彩るパッチリお目目に、派手色ルージュに染められたぷっくり唇。そんな偏差値の低そうなギャルが鏡の中に映っていた。


 まるで戦うヒロインアニメの主人公が力を開放して戦闘着になるように、全く違う姿に変身してしまったみたい。


「これが、陽彩……!?」


 変わってしまった姿にときめき、心臓が大きく鳴る。胸の奥にあったかいのがじんわり広がってゆく。


 すごい。

 誰かの姿を変えてしまうのって、こんなに楽しいんだ。前々から誰かに憑依してそうしたいって思っていたけれど、これは想像以上に……。


 ──興奮する。


 息は荒く、鼓動は早く。胸の奥のあったかいのは全身に広がり、そよ風に肌を撫でられただけでゾクゾクと気持ちいいのが駆け巡った。


「こんなの……初めて!」

「目覚めたようだね」


 キバさんは顎に手を当て、興味深そうに呟く。すると、私の目の前にスケスケウィンドウがパッと現れた。


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性癖スキル開花】

『新たな世界への扉を開き、性癖スキルに目覚めました!』


【アクティブ性癖スキル】:【変身イメチェン】:Lv.1

 〔状態:変身〕を付与し対象の見た目を変化させ、見た目の変化に応じて変身させたものの能力値を上昇させる。


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 快感にどっぷり浸かっていた私は何が起きたかテキストを読む余裕もなかった。しかし、興奮の波が引いていくにつれ、頭も冷静になり状況も飲み込めてくる。


「これって、新しくスキルを習得したってことですか?」

「そうさ。この世界ゲームでは、性癖開花をすることによって新たな【性癖スキル】を習得できる。

 しかし、そのトリガーは単にレベル上げすることだけではない。性技スキルアーツを受けて身体に性癖を刻み込まれたときや、今のルナ君のように街でのなんてことない行動をしたときに起こったりと、その条件は様々だ。でも、一つだけ誰しもに共通することがある」

「なんですか?」


 キバさんは私の肩に手を当て、力強く私の瞳を覗き込んだ。その瞳にはこれから言うことを忘れるなと言わんばかりの真剣さが宿る。


「性癖に触れ心が輝いたときだ」

「心が輝いたとき……」


 確かにイメチェンを終えて変わってしまった陽彩の姿を目の当たりにしたとき、私の心はときめき、そして輝いていた。テレビを眺めていた幼いあの日に負けずとも劣らない、キラキラとした輝きで。


 これは私だけの輝き。誰にも理解されない、でも私だけが理解していればいい宝物。


「その心の輝きを大切にしな。きっと、君を救う力になる」

「はい!」


 私たちは店員さんにお礼を言い、店を後にした。

 新しい装備と新しい性癖スキル、この二つが揃った今、することはただ一つ。ゲーマーなら絶対分かってくれるこの衝動に身を任せ、私はフィールドへと飛び出してゆく。


「さぁ、試し斬りの時間だ!!!」


 ━━━━━━ステータス━━━━━━━


『プレイヤー:ルナ』

『バディ:陽彩』


 所持金:100000G

 装備:特上級ブレザー服


【パッシブ性癖スキル

【巨乳】:Lv.5


【アクティブ性癖スキル

【憑依】:Lv.5

変身イメチェン】:Lv.1


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