助けを求める裏コード

 やっべぇ。この身体いい……! 


 憑依を発動し陽彩ひいろの身体を乗っ取った私は恍惚としていた。


 暖かい。まるで陽だまりにいるようにポカポカで。とても、気持ちいいんだ。

 私と違い、体温が高いのはムチムチとしたいい肉付きをしているせいもあるだろう。でもそれだけでなく、不思議と心まで暖かい。一緒になってとても安心できる。

 陽彩はきっと太陽みたいな心の持ち主なのかな。


 うら若き乙女の身体はかくも心地よいものなのかと驚きを隠せない。もしくは、陽彩が特別なのかもしれない。


 さて、夢は叶った。あとはやりたいことをやりたい放題するだけ。


 ……とは言ったものの、なにをしよう。憑依するところまでは妄想しまくってたけど、憑依してからのところは全く考えていなかった。

 とにかく走り回ってみるか? ……なんだそれは小学生かよ。とにかく薄い本みたいにこのお胸を……いや、センシティブなところがどれくらいできるか分からないし。


 とりあえずステータスぐらい見ておきますか。スキルは分かってるけど、それ以外で自分が何ができるかの把握は大切だからね。


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『陽彩(ルナ)』


 状態:憑依


【パッシブ性癖スキル】:【巨乳】Lv.1


【アクティブ性癖スキル】:【憑依】Lv.1


【装備品】

 武器:なし

 防具:普通の制服(ブレザースタイル)


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 なるほど? ステータスにもバッチリと憑依状態と出ていてよきよき。そして今着てる制服は防具扱いなのね。装備品までタダでくれるとは大盤振る舞いだ。それにブレザー なのも私の癖を突いている。


 じゃあ何をするか思いつくかといえば……。


 無理だ、私の頭では思いつかない。そういうことなら、この頭に聞いてみよう。

 陽彩は元々サポートキャラとして私に授けられたキャラ。だから、『何をすべきか』、そのあたりの情報はインプットされているはず。現にさっきも案内してくれようとしてたしね。


 何をしたらいいか考えてみると、唐突に『掲示板を見に行く』という天啓が降ってきた。


 掲示板か、なるほどね。まずは情報を調べてみろってことか。ありがちだけど、ちょうどいい。


 これが元々この身体かのじょが私にさせようとしたことチュートリアルだろうと思い、私はそのまま『掲示板』に向かうことにした。


 ◇


 私は陽彩の身体に憑依したまま歩き出す。

 噴水広場を出て大通りに入ると、一味違った賑わいを見せていた。


 石畳の道に沿って建ち並ぶのは、木造の家々。二階から高くても三階建てで、みな揃えたように三角形のトンガリ屋根だ。所々、一階部分がおっ広げになっている建物もあり、そこでは見たこともない青果が並んでいたり、人の背丈を軽々超える巨大な豚の丸焼きをランドマークのように軒先に吊るしていたり、まあ色々。そういった八百屋や肉屋的な店々が軒を連ね、ここはちょっとした商店街のようだ。


 どこもかしこも人と笑顔が溢れていて、とても楽しそう。後でゆっくり見て回るだけってのもアリだね。


 一番最初に見えていた八百屋の前へと差し掛かると、なにやら店内が騒がしい。見れば、店主と思わしきおばちゃんと猫が喧嘩していた。──日本語で。


「やいやい。このバケモロコシ、ここに傷があるんじゃニャーて? こんなんじゃ、我のレストランには使えないニャ」

「なに言ってるんだい! うちの野菜は鮮度が命。そんなことあるわけないさ! そんなこと言って、また不当に値切る気だろう? 300Gからビタ一文まけないからね」


 一触即発の険悪ムード。

 と、


「まあまあ、よしましょうよ。お二人さん」


 そこへ、颯爽と仲裁者が現れた。

 その女の人は上半身はカッチリタキシードを着こなしている、イケ女。なのに、なぜか下半身はパンツのようなアンダー一枚だけしか身に付けていない。


 まるで訳が分からない。

 おばちゃんと喋る猫と多分、変態。これは関わったらダメなやつだ。


 思わず頭を抱えたくなるような光景から目を逸らして周りをよく見れば、普通の街の人たちに紛れて、教会のシスターさんみたいな人や、鎧を着た骸骨なんかが普通に歩いている。それだけでなく、髪の毛や服を含めて全身コバルトブルーの剣士や、カブトガニを散歩させているドレス姿のお姫様も当たり前のようにいる。


 カオス。実にカオス……。

 それはまるで、同人即売会のコスプレエリアのよう。


 普通なものから奇妙なものまで、どんなものであろうと全てが許容され、特になにもなくあるがまま放置されている。そのあたりのカオスさに、まだ開始数分ではあるがこのゲームの真髄を見た気がする。


 こうなってくると、憑依して歩いてるだけの私なんか、とても可愛い方ではないか。

 そんなことを考えていると、目当てのかどにたどり着く。


 誰もいない鍛冶屋がありその隣にはブティックがある。そこを曲がって路地に入ると、ウサギの看板を付けたレストランがひっそりと佇んでいる。初めて来た街なのにどこに何があるのかちゃんと『知っている』。なんとも不思議な感じ。


 陽彩との感覚の共有という感じだろうか? でも、それよりかは彼女が持っていた知識や経験、そういったものを丸々手に入れたと言う方が近いのかもしれない。


 ウサギの看板が目印の建物の前にたどり着くとそれらしきものが見えた。メインの大通りから一本入ったところだというのに、大きな看板のようなものの前には、これまた様々な格好をした人たちがそれなりに集まっている。


 普段であればこんな人混みはスルスルと移動できるが、この身体では胸やお尻が周りにぶつかって上手いこと進めない。仕方がないので自慢のボディで周囲を押し除け、前へ前へと躍り出た。


「……んっ、しょっ。これだね」


 掲示板といっても、俗に言うスレのことではない。ここにあるのはマジもんの掲示板。ホログラムサイネージや拡張現実ARインフォボードに取って代わられて、今や見かけ無くなった過去の遺物であり、もはやこのような創作物の中にしか存在しない代物。


 掲示板には多くの貼り紙や書き込みがあって、中には風化してほとんど判読不能なものもある。ずいぶん長いこと使われているんだな。


 貼り紙や書き込みの内容を確認しようと掲示板を注視すると、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。そこに描かれているのは目の前にあるのと全く同じ掲示板で、ウィンドウの右端には『マップ』『クエスト』『インフォメーション』と書かれたタブがある。


 そこで、私はようやく仕様に気付いた。

 どうやらこの掲示板は特殊なオブジェクトで、ある程度近づけば手元に掲示板メニューを開くことができるようになっている。

 つまるところそこにある実物はただの飾りで、つい感心した貼り紙や落書きもただの雰囲気作り。

 もっと言えば、身体を使って道を切り拓く必要も皆無だったというわけ。


「私の苦労は一体……」


 私の中にやり場のないフラストレーションが溜まる。まだ何もしてないというのに、果たしてこんな調子で大丈夫か……?


『クエストを受注する』


 そんなところに、また天啓が降ってきた。

 一つこなせばまた次へ。私の様子はお構いなしらしい。ため息一つついて、改めて掲示板メニューを見ることに。


 『クエスト』タブに触れると、ズラッとリストが現れる。リストには『畑を荒らす厄介者を退治せよ』だの『お使いを手伝ってください』みたいな件名があり、その隣には依頼者の名前が入っている。タイトルに触れると個別に目的や報酬を確認することができるのだけれど、でもこれはどうなんだろ。


 報酬欄に並ぶ、『500G』、『1000G』……。報酬が安い。依頼は数多くあるものの、報酬相場が大体1000Gくらい。トウモロコシが一本300Gの世界で、それはずいぶん控えめな額ではないだろうか。


 自分の願望がなんでも叶う世界に来てまで金銭問題がつきまとうのは、なんとも悲しい話だね。


 もしかしたら、クエストメニューには無い依頼があるかもなんて思って掲示板の掲示そのものを見た。しかし、そんなことは別になく、掲示にあるのは依頼リストと全く同じ依頼書だけ。


 どうせこっちは飾りなんだから見たところで何も変わりはしないのにね。それでも何かあるかもと思ってしまうのが、人間ゲーマーの悲しきサガってもの。


 掲示板には所々傷があったり、やや黒ずんでいたり、場所によっては日焼けしていたり。たかが装飾もよく見るとかなり手が込んでいる。


 よくよく考えてみれば、このゲームって稼働開始からまだ一ヶ月経っていない。だから時間経過で劣化するようになっていたとしても、こんなふうにはならない。つまりは、元々こういう感じでデザインされたのだ。演劇の世界には小道具を年代物のように見せる『汚し』なる技術があるって聞いたことがあるけど、この作り込みにはそれに通ずる変態的なものを感じる。


 とすれば、このいたずら書きも最初からの作り込みなんだろうか。書き殴られたような『自警団参上!!』という言葉や、『カフェにいます。ロミ男』なんて待ち合わせに使われた痕跡もあり、掲示板そのもののダメージ加工とは明らかに毛色が違う。他にもまあいろいろあって、みんな好き勝手に書いてそうだなとは思う。


 ふと、その中に不思議な書き込みを見つけた。それは掲示板の隅に小さく書かれた『ABC』という三つのアルファベット。気づかれないようなところに本当に小さくちょこんと書かれているものの、掠れている様子もなく力強く書かれている。

 なんか他の落書きとは違う。そんな雰囲気を感じずにはいられない。


 手を伸ばして書き込みに触れてみる。意味深なものはとりあえず調べる、そんなゲーマーとしての癖には逆らえない。

 すると、触れた途端に今まで開いていた掲示板のクエストウィンドウが切り替わり、『ABC』という名前のリストになった。


 隠し要素だ。やっぱりあった。

 気持ちがホクホクとして、ついにやけそうになるがぐっと抑える。周りを見た感じ、他の人のウィンドウにはプロテクトがかかっていて中身こそ見えない。でも、反応から察するに、この『ABC』のリストを見ているのは私だけのようだ。


『ABC』のリスト。そこにはただ一つ、『挑戦者求ム』とだけあった。それを開いてみると、


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【クエスト】:挑戦者求ム


『初めまして、私の名前はミスターX。この依頼を見つけるとは、あなたも相当な好き者と見た。そんなあなたを見込んでお願いがあります。どうです、受けてくれますよね?』


【目的】スライム一体を倒す

【場所】はじまり平原

【報酬】100000G


【条件】

 ・まだ一度もクエストを受けたことがない

 ・総プレイ時間1:00未満

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 クエストの詳細が画面に現れた。


 これは……ヤバくね? だって、報酬100000Gって相場の100倍じゃん! しかも、スライム一体倒すだけ! 

 どうやら総プレイ時間が1:00未満という条件が付いているものの、始めたての私にとっては問題ない。


 きっとこれは初心者向けの救済クエストなんだろう。こんなに美味しい話が目の前に転がっているなら、乗らないわけない。


 目の前に浮かぶ【受注しますか?】という問い。私は迷うことなく、【はい】と選んだ。


──しかし、それが地獄への入口だということをこのときの私はまだ知らなかった。

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