第7話

何分立ったか分からない。何時間かもしれない。自分なりの最後の色を乗せて、筆を止めた。



既に夕日は沈み、いつの間にか、教室の明かりが付いていた。

息が、切れていた。椅子から立ってもいないはずなのに、不思議だ。

乾いた眼をしばたたかせる。麻痺していた思考が、じわりと周りに感覚を広げていくような、変な感覚がした。


背中に、片時も離れなかった気配を感じる。

恐る恐る見上げた。

彼は、絵を食い入るように見ていた。

僕が顔を上げる気配を感じたのだろうか、しかし目は画用紙をとらえたまま、彼の喉が震えた。ゆっくりと唇が動く。

「綺麗だ」

険しいともとれる表情を浮かべた、彼の横顔を凝視する。


「綺麗だ」


少し掠れた、でも穏やかな彼の声。ゆっくりと言葉を咀嚼する。身体の中から、震える感情が沸きあがってきた―――。


僕はまだ、その感情が、何かわからなかった。

ただ、彼の言葉が、嘘などではないことと、今までのどんな誉め言葉よりも――自分を一人の人間として認めた賞賛の言葉だと、感じた。


いつの間にか、涙が落ちていた。彼を見上げながら、僕は泣いていた。彼は少し驚いたような表情を浮かべ、やがてその目がふわりと細まった。すっと手が伸びて、僕の頬を包み込む。優しくぬぐうそれは、さっき彼が白い紙に触れたときの彼そのものだった――。愛おしそうに、大切なものに触れる時の、彼。

もう限界だった。僕は椅子を蹴立てて立ちあがった。そのまま、彼の手をすり抜けて走る。

「え、ちょっと…、!」

後ろを振り返らないで教室を飛び出る。

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