第3話 憧れの職業

 職場に辿り着き、コーヒーを飲み、その時を待った。

 普段はずっと護衛をしてくれているSPも帰宅し、久しぶりに一人になった。思い返すのは、運転手の輝いた目だ。キラキラと輝く瞳に、子どもの時に出会った白髭のお爺さんのことを思い出した。


* *  *


 それは、シアンがまだ5~6歳の頃。友達とゲームをする約束で待ち合わせ場所まで走っていたところ、途中でゲーム機を落とし、壊してしまった。ショックで座り込んでいると、白髭のお爺さんが「大丈夫?そのゲーム機……少し見せてくれるかい?」と声をかけてきた。

 そして、不思議に思いながらも恐る恐るゲームを渡すと、お爺さんは、あっという間に直してみせた。楽器でも弾くかのように軽やかな手さばきに、思わず胸が躍った。


* * *


 そこから、機械いじりが好きになった。

 より高度な機械を扱ってみたい、そして多くの人の役にたちたいという想いは日に日に高まり、シアンは電管を目指すことに決めたのだ。

 

 しかし、実際に電管になってみると、実務は年にたった1度、さらに、複数の人間で作業を行うと魔が差す可能性があるということで、仕事は1人きり。憧れの仕事ではあったものの、この仕事に楽しさを見いだせているのだろうかと、ここ最近思い悩んでいたシアンにとって、あの運転手は輝きが強すぎた。


 時がきて、シアンは管轄地区内のネットワークの最終確認を行った。

 それから、生命の維持に必要な装置や常時稼働している必要があるもの、緊急時の作業に必要な最小限度の灯りと設備を、ネットワークが遮断されても稼働するよう切り替えた。そして、ひとつひとつ丁寧に確認しながら、ネットワークを遮断していった。

 シアンはなるべく冷静に、慎重に、確実に作業を進めた。

 最も、才能があり、研修も真面目に受けてきたシアンにとって、この1年に1度の大仕事は、難しいものではなく、拍子抜けするほどだった。それでも、多くの人の命や生活が懸かっている責任重大な仕事である。シアンも、そのことは充分に理解していたため、感じたことのない、異様な緊張感に包まれた。


 そうして、全ての作業と点検が終わった頃には夕方になっていた。


 街の灯りはすべて消え、電化製品のほとんどは鉄の塊と化した。スイッチが切られたように街は静まりかえった。今頃は、家族も友達も、今朝挨拶をかわしたお隣さんも、今朝送ってくれたF1レーサーを目指す青年も、みんな各家庭に備え付けられた専用カプセルの中だろう。


 カプセルに入ることで脳とのWi-Fiが切られても一定期間身体の機能を維持することができる。ちなみに、脳だけが起きている状態は恐怖でしかないため、人々はみんな、国から配布された睡眠薬を定められた時間に飲む。そうすることで、電波を切られている間も、体感としてはぐっすり眠っているのと変わらない状態となるというわけだ。


 シアンにとっても、去年まではそれが当たり前のことだったため、大晦日の正午を過ぎて起きていることは、なんだか不思議で実感の湧かないことであった。

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