第8話 お坊ちゃま、初心者卒業間近

「お疲れ様、問題無く済んだみたいね」


 道中も記憶になく、ずっと自分の手を眺めていたらギルドに着いていた。これまで魔法が全ての世界で家柄だけを頼りに生きて来たが、まさか自分自身の力で他人の役に立つなんて思ってもなくて、未だに夢の中何じゃないかって気がしてる。


「感動の嵐みたいだから気にしないでくださいまし」

「そうみたいね。それじゃあ用紙をこちらに頂戴。確認印を貰ったらまた呼ぶから」


 話は聞こえていたが右から左へ流れて行く。パルヴァに腕を掴まれながら移動し食堂の椅子に座る。現実感があまりにもなくて頬っぺたを抓って見るが痛い。


勘当されてからひと月近いが、驚いてばかりいる。パルヴァがお金の管理をしてくれているが、買い物の練習や適性価格の見方や考え方を教えてくれたり、一日どれくらい掛かるかメモを取るなど教えてくれているので、やっと少しずつ普通の暮らしが分かって来たところだ。


屋敷に居れば自分がするのは婆やたちが用意した幾つかの服から選んだり、顔を洗ったり用を足したり食べたり風呂に入ったり寝たりするくらいしかない。


ここではそんなものはない。屋敷を追い出された時のままの格好だし、食事も自分で選ばなければならず、お風呂も銭湯に行ってお金を払わないと入れない。


「ちょっとご主人様、聞いてますか?」

「あ、ごめんなんだっけ」


 気が付くと目の前に食事が載ったトレイが置かれていて、美味しそうな匂いと湯気を立てている。


「感動するのは良いですが、あんまりボーッとしていると隙を突かれますわよ?」

「気を付けるよ」


 とは言え今日一日くらいは夢見心地のまま居させて欲しい。何しろ自分で初めて依頼をこなした日なのだから。


「あ、あの……」


 パディアが持って来てくれた食事を食べていると俺に誰かが声を掛けて来た。辺りを見ると目線の先にはこちらに声を掛けた感じの人は居ない。


「あの、こんにちは」


 声のする方を追って見ると、テーブルの高さより低い子供が居た。ちょっと汚れた茶色のマントとシャツにスカートを履いた女の子で、申し訳なさそうな顔をしていた。


「こんにちは。何か俺に用かな」

「……お花、要りませんか?」


 女の子は後ろに隠していた小さなカゴを俺の前に出して来る。そこには色とりどりの花が沢山入っていた。俺に話しかけなくとも買い取って貰えそうな摘みたての花だが何故俺に話しかけたんだろうか。


もう無くなったとは言え、多少高貴な感じが残っていたのだろうか……と言うのは冗談で、恐らく話しかけやすかったんだろうな。パルヴァの言う様に相当抜けた顔してただろうし。


「パルヴァ、俺の取り分は?」

「お嬢さんそれ御幾ら?」


「えっと……一つ銅二枚でどうでしょうか」

「貴女お花を育ててるの?」


「いえ……お花を見つけて取って来てるんです」

「なら適正ですわね。ご主人様、今日の報酬の金額の四分の一は好きなように」


 生活費を引いたりした分で四分の一、つまり銀二五枚は俺のお小遣いか。育てるのも大変だろうが、こんなに綺麗なものを探してきて摘んでくるのも大変だろうから銅二枚は適正。


「じゃあ銀一枚で買えるだけ頂こうかな」

「い、良いんですか!?」


 女の子はパァッと表情が明るくなり小さく一度飛び跳ねた。こんな小さい子ですら生きる為に働いているのに、俺は十五になるまで働くどころか人に自分の世話をさせて頂けなんて情けなさで穴に入りたいくらいだ。


 女の子にパルヴァから渡された銀貨一枚を渡すと、カゴの花を全て俺に渡そうとして来たが難しいと考えカゴを渡して来た。


目の前の食堂の花瓶に移した後、他のテーブルにも花を移して周り、最後に一輪をパルヴァに渡してもう一輪を女の子に渡してカゴも返した。


女の子は何度も振り返ってお辞儀をしながら食堂を出て行く。それに対して俺も笑顔で見えなくなるまで手を振る。


「良いんですの? 明日も来るかもしれませんわよ?」

「良いよ別に。その分稼げば良いんだからさ」


「アンタ、中々良い奴じゃないか」


 後ろから声を掛けられたので振り向くと、三角巾にエプロンを付けた体格のいい女性が立っていた。よく見るといつも食堂で食事を作ってくれてる人の内の一人だ。


「そうでもないですよ。偶々気分が良かっただけです」

「あの子の家はね……母親が病気で寝込んじまっててね。父親はそれを治す治療費を稼ぐ為に出て行ったきりなんだ。ああして山の方まで花を摘みに出かけて売り歩いている。アンタが全部買ってくれたお陰であの子も早く休めるよ」


「ご主人様、良い行いをなさいましたね」

「良い御金の使い方が出来ただろ?」


「ええ……ですが気を付けてくださいましね? 相手はまた買ってくれると思ってご主人様のところに来ます。生活が掛かっているのですから。買い続ける覚悟はおありですか?」

「頑張って稼ごう」


 働く理由がまた一つ増えたけど、食堂の人が言っていた話がとても気になってしまった。山の方まで花を摘みに行ってるってあのゴブリンとかが出て来た山に?










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